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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第20話 虎の罠

「おい、カズン。冗談の使い所を間違えるなよ」


 猫助の首を摘み上げていたカズンは、アースにその胸倉を掴まれて引き起こされた。アースの不機嫌さを充分に満たした視線とドスの聞いた声とが、カズンを圧迫する。


「猫が帰ってきて鳴きだしたと思えば、アンネが罠にかかっただと? 人が心配している時に悪ふざけも大概にしろ!」


「冗談ならもう少し笑える文句にするってんだ! こっちは大真面目で言ってんだよ!」


 だが、アースの威圧を前にしてもカズンが怯む事は無く、むしろ押し返すように真剣な眼差しでアースを見据えた。


「猫助、いったい何があったんだ」


 カズンはアースを見返す視線はそのままに、猫助へ詳細の説明を促す。男二人が突如始めた睨み合いに呆気にとられていた猫助だったが、慌てたようにカズンに説明を始める。


「私とアンネ君は森の散策をしていた。それはおまえも知っているな。帰路に着きかけた時だ。アンネ君から瑠璃毛の密猟について聞いていた矢先、私は迂闊にもその罠の張られた区域に踏み入ってしまった」


 猫助は苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。


「罠の発動に気付きいたアンネ君は、私をかばって代わりに網をかぶって木の上へと吊り上げられてしまったのだ。すまない」


 悔しげな猫助のその言葉をカズンがガレット夫妻に伝え、異界の門の影響を受けて猫助との会話が成り立つようになった事も話す。


 不審な顔のまま黙って聞いていたアースとリンダだが、しばしの沈黙の後リンダが口を開いた。


「猫助君とカー君は話すことが出来る、ね。まずは信じてみようじゃないの、アース」


「おまえ、昔から俺に散々疑ってかかれとか言いながら……」


 不満を洩らそうとするアースの口は、リンダの指一本で止められた。


「何でもかんでも信じちゃうアンタの為を思ってよ。でも今は信じようが信じまいが、アンネがいない事は間違いないんだ。信じてみるのが近道かもしれないでしょ?」


「む……」


 その一言で信じてしまうのがアースの弱点と言える。アースが言いかけた文句からすれば、彼の疑心の薄さは冒険者時代からのもの。組んでいたリンダも気苦労が絶えなかっただろう。


「信じてもらおうがもらえまいが、俺は行くぞ。猫助、案内しろ」


「うむ」


「ま、待て待て! 行かないとは言ってないだろうが」


 アースの腕を振り払い歩き始めるカズンの肩を、アースが改めて掴んで止めた。


「カズンも猫助も疑ってスマン。俺も同行させてくれ」


 そう言って深々と頭を下げるアースを前に、カズンと猫助はお互い驚いた顔を見合わせる。そして、どちらからともなく溜息をついた。


(このお人好しは絶対に冒険者向きじゃない……)


 口にせずとも考えたことは双方共に同じ。いや、リンダも含め三方。


「わかったから頭を上げてくれよ、旦那。アンネを待たせちゃ可哀そうだ。さっさと行こうぜ」


 カズンはアースの鍛えられた胸板を軽く叩き、彼の同行を促した。


「おう、そうだな。それじゃ、リンダ。行ってくるわ」


 アースが妻のリンダに軽く手を振る。それを合図に二人と一匹は森へと駆け出した。


「カズンよぉ。おまえさんの話を信じると決めたが、異界の門ってのはどんなものなんだ?」


 猫助を先頭に、続いて走るカズンに背後からアースの声がかかる。


 その問いはカズンの異界の門の話を疑っているというものではない。信じた上で、どんなものか知りたいという好奇心から出たものだ。


「どんなって、なぁ。俺もこの前見たのが初めてだし、それほど詳しくは無いぜ。ただ、猫助が光る変なカビと評したのは言いえて妙だったな」


 走り続けるカズンはそう前置きすると、異界の門と遭遇した時の事をかいつまんで話し始める。


 猫助との出会い。猫の化け猫化。封印師エニー。化け鼠と双頭大鼠。そして、封印の儀式。


「ふぅむ、異界の門に関わると何が起きても不思議じゃないと聞いていたが、聞いてみると確かに滅茶苦茶だな。この森に門が出てこない事を祈るばかりだ」


 一通り話を聞いていたアースは唸り声を上げた。封印師のエニー・カーチスやその従者サリディ・ゼロとの出会いはさておき、異界の門との関わるのはカズンも今後避けたいのが本音だ。


「ああ、全くだ。できれば相手にしたくない代物だよ。それじゃ、今度はこっちが尋ねる番だな。瑠璃毛捕獲用の罠ってのはどんなもんなんだ?」


「どんなもんだと聞かれてもなぁ。罠の仕掛け方も一辺倒ってわけじゃねぇからなんとも言えんぞ」


 カズンの問いに答えたいのは山々なのだろうが、アースもこればかりは見てみないとわからない。


「ブービートラップだったよ。地面一帯に網が張ってあってな。足元の糸に引っかかると網ごと宙に吊り上げられる。あのような罠にかかるとは、我ながら情けない話だ」


 そう答えたのは猫助。さすがに目の前で罠が発動しただけあって、説明も容易い。


「吊り上げるったって、瑠璃毛って虎だろ? それも、売り物にするからには成長した奴。それを吊るってんだから、また随分と大層な罠を仕掛けたもんだな」


「いや、瑠璃毛に身動きを取らせないようにしようとするなら、それぐらいはする。見返りを考えれば、それぐらいの労は惜しまないだろうよ」


 カズンが口にした疑問の言葉に、アースが当然だろうと言いたげに返す。その返答にカズンは溜息を洩らした。


「それだけやる元気があるなら、真っ当に仕事しやがれってんだ。ったく!」


「真っ当にやる以上の見返りという事なのだろう。もうすぐ問題の罠が……む?」


 目的地に近付きつつある中、二人を先導していた猫助が不審そうに髭を揺らす。


「ん? どうかしたか、猫助?」


「誰かいるな……」


 猫助の言葉を放つと足を緩め、カズンの足も合わせたようにブレーキをかけた。殺しきれない勢いに落ち葉が舞い上がり、後方を走っていたアースが止まりきれずにカズンの背中に衝突する。


「危ねぇな、カズン。いきなり止ま……」


 抗議しようとしたアースの口がカズンの手に塞がれる。


「静かに。どうやら罠の所に誰かいるらしい」


 説明しながらも、カズンの手はすでにコートの中に収められたボウガンを掴んでいる。


「罠にかかった獲物を回収に来たってのか? 冗談じゃねぇ。大事な娘を密猟されてたまるか!」


「え? あ! おい、旦那! 待てってのに!」


 カズンの制止の声など耳に入っていない。アースは得物の二挺斧を手に、カズンと猫助の視線の先へと突き進む。


「アースの加勢に入る。援護を頼むぞ、カズン!」


 猫助はそれだけ言い残してアースの背中を追って再び走り出した。


「応よ。っつーか、旦那が冒険者続けてたら絶対死んでるぞ」


 ぼやきながらも戦闘準備は留めない。カズンは取り出したボウガンに矢をセットすると、周囲の様子を窺った。


(気配は無い……隠れている奴がいないなら先に進むべきか)


 周囲を警戒しながら木々を縫うように進んでいくカズン。


(……始まった!)


 カズンの進む先、アースと猫助が先行した方向から聞こえる男の悲鳴。アースでも猫助でもないその声に、カズンは彼らが交戦に入ったと確信する。


 周辺に敵の気配が無いと判断したカズンは、目的地に向けて一気に走り出した。


(いた!)


 木々の隙間からアースと見慣れない男の姿。体勢を崩して地に腰を着いている男に対して、アースは斧を振り下ろした格好で止まっていた。


 一見勝負が決しているかに見えたが、カズンはすぐにその楽観を否定した。アースの斧は、男の脇ぎりぎりを通り地面深くに刺さっている。


(まずい、男に反撃される!)


 慌ててボウガンを構えて男に狙いを定めた。


「待て、カズン! 撃ってはダメだ!」


 ボウガンを握るカズンの腕が、突如脇から飛び出してきた猫助に引っかかれた。



年が変わりまして、今年も書き続けていきたいなぁと思っております。

ちなみに、本日は月始めで金曜日という事で、宝剣道中も更新しています。時間と気持ちに余裕のある方は、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

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