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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第18話 守る者

「しっかし、夫婦共々冒険者とはねぇ」


 ガレット一家の家から離れた森の中、木々のざわめきや小鳥達の囀りに紛れてカズンの声が響いた。


 服の上からでも見てとれる鍛え上げられた筋肉質のアースの体。木こりとして鍛えられたものかと思っていたが、それだけでも無いようだ。それを証明するかのように、体のそこかしこに細かな古傷が付いている。その傷の中でも、頬に付いた真新しいリンダの引っ掻き傷が一際痛々しく見えるのは気のせいだろうか。


「昔の話さ。名が知れ渡っていたわけじゃなし、知らなくても当然だろ」


 言いながら木こりのアースは、手にした斧を横殴りに振った。斧の刃が樹木を打ちつけ、森に木霊が返る。


「それに、知らなかったってんならこっちも同じ事だ。スノウコインって通り名は、俺も聞き覚えがあるよ。一目見た時に冒険者だってのはわかったが、よもやおまえさんがそうだとは思わなかったな」


 斧を担いだアースがカズンに笑いかける。カズンも名を知っていると言われて悪い気はしない。照れくさそうに笑い返してみせた。


「通り名をご存知とはそりゃ光栄ッスね。そういうアースの旦那はなんで冒険者やめたんスか?」


 残念ながらカズンは、アースやリンダといった名を冒険者の噂で聞いた覚えが無い。


「カズン、おまえさんも人が悪いなぁ。言わなくても大体わかるだろ?」


 アースにそう答えられては、カズンの頭に浮かんだ理由は一つだけだ。


 冒険者として芽が出なかった。これに尽きる。


 冒険者は、知恵だけや腕力だけの一辺倒では選べる依頼もそれだけ減る。こなせる依頼が減ればその分信頼を得る機会も減る。そもそも、信頼を得ないうちから好き勝手に自分で依頼を選べない。運良く得意分野の依頼を受けて名を上げていける者など、一握りもいるかどうかである。


 どのような依頼内容もそこそここなせなければ、冒険者を続けていくのは厳しい。無理をして困難な依頼を受けると、そのまま死に繋がる事も多い。それを思えば、早いうちに見切りをつけて冒険者から足を洗ったアースやリンダは懸命だったかもしれない。


「冒険者もそれはそれで面白かったが、どうやら俺には今の仕事の方が性に合ってる」


 なんの憂いも無く笑ってみせるアースの顔を見る限り、冒険者への未練は無いようだ。


「それに、木こりの他に森番も任されているしな。かみさんと娘と森の客人相手に毎日愉快なものさ」


「森番?」


「ああ、冒険者をやっていた経歴を買われてな」


 尋ねるカズンにアースが頷いて見せる。


 聞けばこの森は、乱獲によってその数を減らした虎、瑠璃毛の保護区域になっているらしい。他にも希少種の動物や植物がいくらか生息しており、もちろんそれらも保護指定。だが、瑠璃毛の毛皮を筆頭に希少価値の増したそれらを狙う密猟者は後を絶たない。


 そういった経緯もあり、森番なる保護区域の警備隊が組織された。アースもその一人。


 話を聞いていたカズンは、内心冷や汗をかいていた。


 あわよくば瑠璃毛を捕獲して路銀を稼ごうと思ったなどと、目の前にいるアースには言えない。言えば、そのままひっ捕らえられて役所に突き出されるだろう。


「……危ないところだった」


 思わず口から漏れてしまったカズンの言葉を、アースが笑い飛ばす。


「なんだ、ひっ捕らえられて役所に突き出されるとでも思ったのか?」


 冗談めかしてアースが言うが、見事に図星。


「あ、いや、その、俺も森の招かれざる客だと思われたのかなぁ、と……」


「おまえさんが密猟目当てで森に踏み入ったなら、最初に出会った時に気が付いただろうよ。おおかた、冒険者が食料を求めて森に迷い込んだんだろうなと察しはついたさ。密猟者なら、森に入る前にそれなりの装備を整えてくるからな。野垂れ死にしそうになる奴なんぞ聞いた事も無い」


「あははは、恥ずかしい話その通りで」


 これまた当たり。自分の失態を思い出したカズンの乾いた笑いが、森の中にむなしく響いた。


「俺もな、冒険者の頃は食いつなぐのに難儀した時があった。だから、尚更おまえさんが同じ状況なんだろうなと思ったのさ」


 アースは冒険者時代に野垂れ死にしそうになった自分を思い出し、いたたまれなくなって思わず助けたそうだ。


 密猟者でなくとも、森に踏み入った見知らぬ者を躊躇いも無く連れ帰って介抱してやるなど、考えてみれば珍しい話。普通なら、野垂れ死にしそうな男を保護したという名目で、やはり役所に連れて行かれる。でなければ病院に搬送される。


 アースは、カズンの冒険者としての今後の信用等を配慮して上で自宅に連れ帰ったのだ。カズンがアースに助けられたのは本当に幸運と言える。


「それとも何か? これから密猟する気か?」


 その問いにカズンが力いっぱい首を横に振る。


「いや、いやいやいや。そんな事しないッスよ」


 危うく森の土になりかけた命を救われ、冒険者としての信用も守ってもらい、どうして彼を裏切るような真似が出来ようか。


「むしろ、事情を聞いたからには加勢させてもらいます。世話になっている間は、俺も森番手伝いますよ」


「おお! 嬉しい事を言ってくれるじゃないか。何せ広い森が相手で人手不足だからな。カズンなら大歓迎だ」


 アースは日に焼けた顔に満面の笑顔を浮かべると、カズンの背中を叩く。喜びを表現したスキンシップなのだろうが、鍛え上げられたアースの腕から放たれた一撃はかなりのもの。それを受けたカズンはたまらず咳き込んだ。


 盛大にむせ返るカズンとやり過ぎたと謝るアース。そんな中カズンは、アースが冒険者として開花しなかった理由に思い当たった。


 自分にくれた一撃からして腕力は申し分無い。だが、出会って間もない他人であるカズンの言葉を、疑いもせず素直に喜ぶ人の良さは問題だ。口の上手い者と組んで依頼を受けようものなら、良いように言いくるめられて大した稼ぎもなく終わってしまうだろう。


 もし、今の彼の笑顔と背中への一発が、カズンの企てかけた瑠璃毛捕獲を見抜いての仕打ちだとしたら、アースはとんでもない食わせ者である。ただ、咳き込むカズンに何度も謝る彼からは、気の良い木こりのおじさんという印象しか感じられない。


「本当にスマン。嬉しかったもんだから、つい、な」


「だ、だいじょーぶッス……。でも、そんだけ喜んでもらえるとは、旦那は本当にこの森が好きなんスね」


「ん? ああ、まあな。正直言うと瑠璃毛がどうとかはあんまり考えてないんだが、何せリンダが育ってアンネが生まれた森だからな。やっぱり守ってやりたいもんだろ?」


 そう答えたアースは、言い終えてから自分の言葉を反芻して顔を赤らめた。


「……って、カズン相手に何言ってんだろうな、俺は。その、なんだ。今の話はリンダとアンネには内緒にしてくれ。恥ずかしい」


 照れくさそうに鼻の頭をかくアース。前言撤回、彼は気の良い家族思いの親父さん、だ。


「あーあー、ご馳走様だ」


「茶化すなよ、カズン! ほら、長話は終わりだ。仕事に戻るぞ」


 アースは照れた顔を隠すように木に向き直り、担いでいた斧を振りかぶる。幹を打ち叩く音が森に響き、四方から木霊が返り……。


「ひぃぃあぁぁぁぁっ!」


 上からも人の子に似た木霊が……。


「フニャアァァァァッ!」


 なんだか猫っぽい声も混ざりながら……。


「なぬ?」


 アースとカズンが同時に上を見上げ、そして目を疑った。


「アンネ!」


「猫助!」


 驚く彼らの視線の先では、アースの愛娘とカズンの相棒が枝をへし折りながら落ちてくる真っ最中であった。


「うわ、危ッ!」


 慌てて斧を投げ捨てたアースが、落ちてきたアンネを抱きとめる。その後ろでは、投げられた斧に躓いて盛大にこけたカズンの後ろ頭に、猫助が華麗に着地する。


「ア、アンネ! いったい何を……」


「何をしてくれやがるか、この猫助が!」


 カズンはすぐさま飛び起きると、頭に乗る猫助を掴み上げて怒鳴った。あまりの怒声に思わずアースも口を噤む。


「いや、すまん。ちょっと木の上で野鳥保護活動などを……」


「木の上にいた事なんぞ、どうでもいい! 俺が言いたいのは、誰に断わって人の頭に着地してんだってんだ!」


「重ねてすまない。ちょうど良いクッションに見えたもので……」


「俺の頭は救命器具か!」


 悪びれることも無く言う猫助にカズンが怒鳴る。


「俺としては、そのどうでもいいって言った方をアンネに叱りたいのだがなぁ……」


 怒るタイミングを見失ったアースは、カズン達から腕の中のアンネへと視線を移した。


「怪我とかしてないか?」


「うん、だいじょぶ……」


 そう答えるアンネだが、さすがに木から落ちるのは怖かったらしく両腕で体を抱えるようにして縮こまっている。


「まったく、瑠璃毛に襲われたかと思ったら、今度は木から落ちるとは……。びっくりさせるなよ、アンネ」


「ごめんなさい。でも、巣が……」


「巣?」


 アースの問いにアンネが守るように抱いていた腕を開いた。彼女が両手で抱きかかえていたのは、落下の恐怖ではなく編み上げられた鳥の巣。


「こいつは……ベニハタオリの巣か?」


 巣の作りからか、中に入っていた卵からか、アースが巣を作った鳥を言うとアンネが正解であると頷いてみせる。


「うん、この木の上にあったの」


「ベニハタオリ?」


 聞きなれない名に首を傾げるカズンの手元で、猫助もまた頷いている。


「うむ。この森でも少ない鳥の一種でな。細かく編みこまれた巣と、紅色の羽根と長い尾が特徴的な鳥だ」


「へぇ。詳しいな、猫助」


「まあな。これでも世界を放浪する野良猫だからな」


 褒められて胸を張る猫助。


「でもそれ、アンネに教わったんだろ?」


 カズンの指摘に、猫助はばれていたのかと残念そうな顔をした。


「まあな。放浪していようと知らんものは知らん。とにかく、アースが切ろうとした木にこの巣がある事に気付いてな。私が止める間もなく、アンネが巣を移そうと木に飛び移ったのだ」


「飛び移るってムササビじゃあるまいし……って、むっ!」


 顛末を聞いていたカズンだったが、ふと湧いた殺気を感じてその場を飛びのいた。


 次の瞬間、カズン達のいた場所を朱の軌跡が横切る。


「なんだ?」


「ま、待て、カズン! 撃つな!」


 咄嗟にボウガンを構えたカズンをアースが慌てて静止する。カズンも襲い掛かってきた赤い影の正体に気付くと、矢を仕込んだコートから手を出した。


 カズン達の目の前で弧を描いて羽ばたくのは、長い尾の先まで真っ赤な鳥。先ほど聞いたばかりのベニハタオリの特徴に合致している。


「こいつ、ひょっとして……」


「ああ、この卵達の親鳥だ。俺達が卵を盗ると思ってんだよ」


 アースの解説を肯定するように、ベニハタオリは長い尾をしならせて卵を抱くアンネめがけて飛び掛る。


「アンネ、それよこせ!」


 そう言って、アースは娘の了承を聞くまもなく巣を取り上げた。


 即座に目標をアースに変えて飛来するベニハタオリ。アースはそれをギリギリでかわし、目の前の幹に手をかけた。


「ちょいと、巣を戻してくる……って、もう来やがった」


 アースは急旋回して迫るベニハタオリから逃げるように、慌てて木をよじ登りだした。片手で器用に幹を登ってはいるが、もう一方の手に巣を抱えている彼にベニハタオリの嘴を避ける術も無い。


 子を返せと言っているのか、巣を戻せと言っているのか、ベニハタオリはけたたましく鳴きながらアースの体を嘴で突く。


「イテテ! 待て、戻すから! ちょっと待てって、イテテテ!」


「うんうん。子を思う親心は、人も鳥も同じものなのだなぁ」


 木漏れ日と共に枝の間から漏れ落ちるアースの悲鳴を聞きながら、猫助がしみじみと呟いた。


「なんだ? 旦那がさっき言ってた話、聞こえてたのか?」


「ん? アースがどうした?」


 不思議そうな顔でカズンを見返す猫助に、カズンはなんでもないと首を振った。


「いや、森番ってのも難儀な仕事だと思ってな」


「ああ、父親をやるのもな」


 目を丸くして猫助を見るカズンに、猫助は笑みを返す。


「心配するな。アンネには聞こえていない」



今回はアースお父さん奮闘記という感じでした。さて、そろそろ何かが起こりそう?

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