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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第17話 ガレット夫妻

「あーあー、これは一体何事? というか、ゴメンね、カー君。ウチの子が邪魔したんでしょ?」


 家の勝手口から姿を現したのはアースの妻にして、アンネの母。リンダ・ガレット。


 彼女はウェーブがかったブロンド髪を組紐で束ねつつ、散らかった洗濯物の中に立つカズンに謝った。


「ははは、まあ子供は元気が一番ッスから。っつーか、カズンですって」


 少し苦笑いを浮かべながら、そう言い返したカズンは洗濯物を拾い上げる。


 ガレット家へ招かれた際に自己紹介してからというもの、カズンはリンダから『カー君』、アンネからは『カズおじさん』と呼ばれている。何度と無く訂正してはいるのだが、双方一向に改善する気は無いらしい。この親ありて、あの娘ありといったところか。


「ホントに、旦那に似て元気だけは人一倍なのよ。んで、ウチのおてんば姫はどこに行ったのかな?」


 手早く洗濯物を掻き集めたリンダは、それを洗濯籠へ戻してカズンに渡す。


「あ、すんません。それで、アンネなら猫助をお供に森に探検へ」


「森? またあの子ったら、懲りないんだから」


 やれやれと溜息をつくリンダ。彼女の言葉に疑問を感じたカズンは、小首を傾げてみせた。


「懲りる?」


「前に森で虎に追い掛け回されてんのよ」


「虎ぁ?」


 洗濯籠を抱えたまま驚きの声を上げるカズン。


「この一帯に生息している瑠璃毛っていう種別の虎でね。文字通り瑠璃色の毛並みで、見た目はすっごく綺麗なの。毛皮にしたらかなりの値打ち……」


「いや、種別がどうこうの前に、虎に追われてよく生きていられましたね、アンネは」


 話が脱線しそうになるのを止めたカズンに、深々と溜息をつきながらリンダが頷く。


「まったくよ。瑠璃毛って普段は温厚だけど、怒らすともの凄く獰猛だからね。カー君も腕が立つみたいだけど、まともにやりあったら殺されるわよ」


 怖い事をサラリと言う。


「何がお気に召したのか。アンネや私の時は、機嫌を直してくれたから良かったようなものの……。今思い出してもおっかないわ」


 カズンは、ぼやく彼女の言葉を聞き逃さなかった。


「……リンダさんの時?」


「いやー、私もさ。アンネぐらいの頃に、一度やらかしてんのさ。アハハハ!」


 過去の失態を笑って誤魔化すリンダ。


 先ほど、彼女がアンネを『おてんばは旦那の元気を引き継いだ』と評したが、カズンには断言できる。アンネは両親の血を均等に受け継いでいる。やはり、子の親有りてあの娘あり、だ。


「なんつー怖いもの知らずの親子だ」


「ああ、俺も手を焼いているよ」


 呆れるカズンの呟きに、呼応するように男の低い声が響いた。声の出所へとカズンが振り返る。


 斧を担いだ肩をすくめながら立っていたのは、ガレット家の主人アース・ガレットだった。


「こうして笑っている時は可愛いもんだろ? だが、怒らせるとこいつがまたとんでもなく恐ろしい。どっちが瑠璃毛だか、わかったもんじゃない」


「ちょっとアンタ! カー君の前でそういう人聞きの悪い事を言わないでよ!」


 愚痴と一緒にアースが深い溜息を吐くと、聞き捨てなら無いと言わんばかりにリンダが膨れっ面で抗議する。


「何が人聞き悪いだ。これを見ろ、これを!」


 アースも負けていない。彼は自分の頬を指差して怒鳴り返した。


 日に焼けた頬に、クッキリと付けられた真新しい引っ掻き傷。


「それ、ひょっとして……」


 カズンの問いかけを最後まで聞く事無く、アースがそれで合ってると言わんばかりに頷いてみせた。


「ご明察の通りさ。こいつに引っ掻かれた」


「あれはアンタがいけないんじゃないの! 食料の買出しに行くとか言って町に出たと思ったら、お酒飲んで財布スッカラカンにして帰ってくんだから!」


「そういうおまえも生活用品買うとか言って町に出たと思ったら、ケーキ三昧で財布スッカラカンにして帰ってきただろうが!」


(どっちもどっちだろ……)


 いきなり始まった痴話喧嘩に、カズンは一人頭を抱えた。


 いくらカズンが腕に覚えがある冒険者と言っても、この手の話は手に負えない。とりあえず、二人の事は無視して洗濯を再開する事にした。


 洗濯物についた土埃を手早く洗い落としていく。その背後では、ガレット夫妻の論戦が続いている。


(まあ、あれだな。喧嘩するほど仲が良いと言うし。それにしても、瑠璃毛ねぇ……)


 瑠璃毛の毛皮。それは高値で取引されており、資産家のステータスシンボルの一つとも評される品。


 お目にかかったことこそないが、商品価値が高い事はリンダに言われるまでも無くカズンも知っていた。もっとも、高価であるという事ぐらいで、この地が瑠璃毛の生息地である事は知らなかったが……。


 カズンの脳裏に瑠璃毛捕獲で旅費獲得という案が浮かぶ。だが、自分と虎の戦力差を算出し、無理だと首を振った。


(虎相手にボウガン一丁じゃ、さすがに敵わねぇよな……)


 まだ見ぬ獲物を諦め、目の前の洗濯物へと意識を戻す。


 静かな森の中にポツンと一軒建つガレット一家の家。時折、どこからともなく響く小鳥の囀りの中、カズンは洗いあがった衣服を紐に吊るしていく。ちなみに、夫婦喧嘩の喧騒は終始響いている。


「ウッシ! これで、おしまいっと」


 最後の一着を吊るし終えると、カズンは朝陽を浴びながら満足顔で伸びをした。


(せめて、カーニバルが使えるならなぁ……)


 そう思いながら、立てかけてあるカーニバルを背中越しに見る。


 瑠璃毛の価値に未練が残るのか、カズンは自分の戦力に古代遺跡の遺産を上乗せして勝率の再計算。


 打ち出された数値は悪くない。悪くないだけにカーニバルが使えない事が惜しいところだった。


「少々魅力的な話だったんだが、諦めるしかねぇか」


 自分に言い聞かせるように呟く。その背後では、ガレット夫妻の闘争がエキサイトしている。


 引っ掻き傷の恨みから始まったガレット家の夫婦喧嘩。金銭的価値の違いからイビキや歯軋りの苦情、食事の塩加減等々、論点を変えながらガレット夫婦の過去の失敗談が次々と明かされていく。


 横で聞いているカズンからしてみれば、もはや喧嘩なのか思い出話を聞かされているのかわからなくなっている。


(このまま行くと、二人の馴れ初めにまで行き着くのかね)


 洗濯物を終えて手持ち無沙汰になったカズンは、そんな事を考えながらボウガンとカーニバルを拾い上げた。


 手にしたカーニバルを腰のホルダーに収めると、ボウガンを丹念にチェックする。


 ボウガンは彼にとって大事な商売道具である。どれだけ飢えていようと、どれだけ眠かろうと、有事に備えてその手入れは欠かしたことが無い。


 慣れた手つきで弦の張りを調整し、具合を確かめるように二度三度と弾いてみる。


「よし、問題……ん?」


 ふと湧いた違和感に、カズンの手が止まる。


 点検したボウガンに不備があったわけではない。賑やかだった周囲が、いつの間にか静かになっていた事に気がついたのだ。


 カズンは不審に思い、先ほどまで喧騒の発生源だった二人へ目を向けた。


「……どうしたんスか?」


 彼がそう問いかけてみるが、アースもリンダも返答は無い。お互いの頬をつねったままの格好でボウガンから視線を外そうとしない。


「ほぅ、そいつがカズンの得物か。Wハーツ社の……OG-03か?」


 頬をつねられたそのままの姿勢でアースが呟くと、リンダも頬をつねられたまま首を振った。


「残念。あのロゴは確かにWハーツのだけど、これはOG-07ね。確か、愛称はパレードじゃなかったかしら?」


「むぅ。さすがに、この手の武器だとおまえの方が一枚上だな」


「そりゃあね。でも、縁が無かった割にはアンタも詳しい方よ」


 お互いつねっていた頬を開放し、興味深げにボウガンの品評を始めだす。


 驚いたのはカズンである。よもや二人がボウガンについて詳しいとは思わなかった。そして、自分の武器が夫婦喧嘩を止めるとも思わなかった。


 ボウガンはガレット夫妻が言ったとおり、Wハーツ社製のOG-07。愛称もパレードで合っている。


 Wハーツ社は武器メーカーとして有名だが、それはあくまで冒険者や兵士といった武器を扱う者達の中での話。一般人でその社名を知る者は少ない。ましてや、種別まで言い当てるのは冒険者でも難しい。樹木の種類を言い当てるわけでもあるまいし、ただの木こり夫婦が知っているような部類の知識ではない。


「え? え? ひょっとして、二人共……」


 驚いた顔そのままのカズンに対して、アースとリンダは申し合わせたように同時に頷いて見せた。


「あれ? カー君に言わなかったかしら? 私も旦那も冒険者やってたのよ」



この物語はフィクションであり、実際に『Wハーツ社』があったとしても本作品とは無関係です。


作中で武器の名称が出てましたが、追記で紹介します。

カズンが普段使っているボウガンがWハーツ社の『OG−07:パレード』。撃ってヨシ、殴ってヨシな古代遺跡の産物『カーニバル』。

そして三つ目、二度ほど登場しております改良型袖箭。

パレードと同じWハーツ社製。作中では改良型と書いていますが、オリジナルの暗器・袖箭を改良したという事であり、れっきとしたWハーツ社の商品です。

型式は『SS−29』、愛称は『マーチ』で……え、何? 愛称が安直? そういう苦情はWハーツ社の製品開発部か苦情係へお願いします。

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