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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第二章 瑠璃色の森
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第16話 カズンの恩返し

 男の名はカズン・リックフォート。職業、冒険者。


 黒目、黒髪、黒眼鏡。衣服もコートも全て黒。そんな彼が身に付けている物の中で、唯一白いコイン型のイヤリング。その印象的なイヤリングから『スノウコイン』という通り名が付けられている。


 そして、今日も彼の肩耳には純白のコインが揺れている。


 ――ジャブジャブ。


 時として危険の中に身を置くのが冒険者である。相手に押し負けないよう、常日頃から威圧的な態度をとる者も冒険者の中には存在する。


 カズンの目つきの悪さもそこから来るもの……と、言いたいところだが、彼の目つきの悪さは生来のもの。いや、冒険者という職に就いて、尚更悪くなったと言える。


 そして、今日も眼光鋭く、敵を射抜くような目で対象を見据えている。


 ――ゴシゴシ。


 冒険者カズンを語る上で欠かすことが出来ないのが、彼の得物であるボウガン。それは常に彼の手元にあり、幾多の危機を退けてきた。


 だが、見誤ってはならない。カズンのボウガンは、彼自身の手で多少の細工はされているものの、基本的には市販品と大差無い。特筆すべきはボウガンではなく、カズンのボウガンを扱う技術である。弦を引き、矢をつがえ、狙い、撃つ。その一連の動作を瞬時に、しかも連続して行う化け物はそうはいない。


 加えて特筆するなら矢の弾数。漆黒のコートは元より、衣服にも仕込まれた矢は幾百とも噂されており、当人もそれを否定していない。冒険者の中には『スノウコイン』の通り名とは別に『無限の矢尻』と呼ぶ者もおり、事実同行した冒険者の誰一人として彼が弾切れする姿を見た者はいない。


 さらに驚異的なのが、古代遺跡の遺産を改良した特殊ボウガン『カーニバル』だろう。魔術の力により打ち出される銛のような矢は発射速度、威力共にボウガンを凌駕する。


 そして、今日のボウガンとカーニバルは彼の傍らに寝かされていた。


 ――ぎゅぎゅっ! ポタポタ。


 冒険者に来る依頼は遺跡の調査、失せ物探し、妖魔退治など多種にわたる。そんな中でカズンがたまに選ぶのが盗賊退治。カズンは正義感と呼べる程では無いが、曲がった事は好まない性格である。そんな彼が奏でる弓弦の音色に、怯える盗賊も少なくは無い。


 そして、そんな盗賊達の中で一体誰が、カズンの洗濯する姿を想像できただろうか。


 ――ぱん!


 冒険者カズン・リックフォート。またの名を『スノウコイン』『無限の矢尻』。彼が今手にしているのは、洗いあがったばかりの純白のシャツだった。


「よっしゃ♪」


「似合わんな……」


 両手で洗濯物を広げ、自分の仕事の出来栄えに満足げに頷くカズンの傍らで、猫助がボソリと呟いた。


「ん? なんか言ったか、猫助?」


「いや、なにも」


 尋ねるカズンから目をそらして猫助が答える。余程綺麗に洗えたのか、カズンはとても機嫌が良さそうだった。


「しかし、おまえが洗濯とは……。無縁のものと思っていたが」


「なーに言いやがるか。俺は小さい時から掃除、洗濯はお手のものだったんだぞ」


 猫助の感想に反論するカズン。そんな彼の言葉に、猫助は幼き日のカズンを思い浮かべていた。


 片手にハタキ、小脇に洗濯板、洗濯桶を背負った黒の半袖シャツに半ズボンといういでたちの、目つきの悪い少年。


 そして、改めて今のカズンを見る。


「うわっ、ケチャップじゃねぇか。こいつはシミが残っちまうかなぁ」


「むぅ……」


 洗濯籠から取り出した次の洗濯物を見てぼやく彼を見て、猫助は複雑な顔で唸った。


「それより、おまえは何をボケッとしてんだよ。一宿一飯の恩返しだ。キリキリ働け」


 そう抗議しながらもカズンの手は止まらず、ケチャップ付きのシャツを熱心に摘み洗いしている。


 一宿一飯の恩返し。その返す相手は、森で木こりを営むガレット一家。


 さかのぼること数日。路銀が皆無に等しいカズンと猫助は、十分な装備を整える事もできずにラナイ村を旅立った。食料は現地調達すればいいと豪語して近くの森に入ったカズンだったが、その思惑は大いに外れて食料難に陥った。食べ物を求めて森を彷徨いながら力尽きたカズンと猫助。そんな彼等を偶然にも発見したのが、ガレット家の主、アース・ガレットだった。


 アースは空腹に目を回すカズン達を家に招き、食事と寝床を与えた。すっかり調子を戻し、なんとかお礼がしたいと申し出たカズン達に与えられたのが今の仕事である。


「言われずとも、こちらの仕事は順調に進んでいる」


 猫助が自慢げに猫背をそらし、前足で器用に仕事の成果を摘み上げた。


 彼が持っているのは鼠三匹。すでにこと切れているらしく、ピクリともしない。


 猫助に与えられた仕事である鼠捕り。その収獲を目の当たりにして、カズンはラナイ村近隣に発生した化け鼠騒動を思い出し渋面を作る。


「いちいち俺に見せんでいい。鼠は当分見たかねぇんだよ」


 そう言ってカズンは足元の洗濯物へ視線を戻す。


 ピンポイントで攻めたのが功を奏したのか、ケチャップの跡はほとんど洗い落とせた。カズンは満足そうに頷いて、手にしているシャツを洗濯板に乗せる。


「んで、もう一つのお役目はどうした?」


「う、うーむ……」


 再び問うカズンに猫助は困ったような唸り声を上げた。


「なんだよ。煮え切らない返事だな。鼠捕りの時の威勢はどうした?」


「私には、どうも不向きな仕事だ」


 溜息混じりに猫助がそう洩らす。


「つっても、俺かおまえがやらなきゃならないんだ。んで、俺よりはお前のほうが向いている仕事だ。何より、俺は今忙しい。諦めろ」


 カズンが洗濯物を洗濯板に押し付けながら、猫助を諭した。


 カズンに与えられた仕事が洗濯と掃除の二つなら、猫助に与えられた仕事は鼠捕りと子守の二つ。ガレット家の一人娘、アンネ・ガレットの遊び相手である。逞しい両親と深い森に育てられた少女アンネは、頑強な身体と尽きない好奇心と無邪気な笑顔の持ち主。おてんばとも言う。


「むぅ、元気なのは結構な事なんだがなぁ。髭は引っ張るわ、耳は引っ張るわ、尻尾は引っ張るわ……」


 そう愚痴る猫助の耳がピクリと揺れ、慌ててカズンの背後へと駆け込んだ。


 何事かと驚くカズン。だが、猫助の鋭敏な耳が聞き取った声が誰のものか理解し、苦笑いを浮かべつつ洗濯作業に戻る。


「ネコッケ~、ネコッケ~」


 猫助を呼ぶ舌足らずな声が家の中から響いている。


「私はネコッケではない。そもそも猫助でもないのだが……」


 猫助の小さな抗議を背中越しに聞いたカズンが笑う。


「それならアンネの元に出て行って、そう言ってやるんだな」


「馬鹿を言うな。それに、アンネ君には私の言葉は伝わらんだろうが」


 猫助の反論にカズンは「ああ」と納得。猫助と話しているせいか、普通の人は猫と話が出来ない事を忘れがちになっている。


「カズン。私の居所はくれぐれも内密に……」


 アンネが近付いているのを野生の直感が感じ取っているのか、三毛を小さく震わせている。


「わかってるよ……」


 笑みを浮かべながら返すカズン。正面から彼を見ていれば、その笑みが意地の悪いものだとわかっただろう。


「あ! カズおじさん! ネコッケ見なかった?」


 元気良く勝手口を開いたアンネは、何食わぬ顔で洗濯を続けるカズンを見つけてそう尋ねた。対するカズンはその問いに……正しくは自分の呼ばれ方に頬を引きつらせる。


「カズンお兄さん、な」


「うん、おじさん。ネコッケ見なかった?」


 カズンの訂正など聞いていない。


「お兄さんだっての。猫助なら、ほれここに……あれ?」


 数秒前の約束など無かったかのように、自分の背後を指し示すカズン。だが、そこに猫助の姿は無かった。


「妙だな。今の今までいたんだが……」


 そう言いながら辺りを見回すカズン。やはり、三毛猫の姿は周囲のどこにも無い。


 アンネもカズンと同じように周りを見回し、一点で視線を止める。


「ネコッケ、見ぃ付けた!」


 嬉々と叫びながらアンネが洗濯籠へ飛び込む。身の危険を感じた猫助は、隠れていたシャツの下から飛び出そうとして籠の淵に蹴躓く。


「キャァァァァァッ!」


 洗濯籠に突撃したアンネ。見事に捕獲された猫助。そして、悲鳴を上げたのはカズン。


 アンネと猫助によって洗濯籠はひっくり返り、洗ったばかりの洗濯物達が盛大に散らばった。


「ネコッケ、かくれんぼヘタ~」


「むぅ、不覚。それにしても、カズン。内緒にするように頼んでいたのに、よくも舌の根も乾かぬうちにばらしてくれたな」


 アンネの両手に髭を引っ張られながら猫助が抗議する。とうのカズンは地面に両手をついてガックリとうな垂れたままである。


「おい、カズン。聞いているのか?」


 不満顔で尋ねる猫助。カズンはゆっくりと立ち上がり、猫助にずいっと顔を近付けた。


「そういうおまえは、なんで俺の背中でなく洗濯籠に隠れていた?」


「それは、その……カズンならバラしかねないと……」


 アンネに聞こえないよう小声で問うカズンに、猫助もどもりながら答える。こちらは負い目から声が小さい。


 猫助の回答にカズンは意地の悪い笑みを満面に浮かべると、アンネに向き直った。


「アンネ、カズンお兄さんは洗濯で忙しい。邪魔をして欲しくない」


「あう、ごめんなさい、おじさん」


 散らかった洗濯物を見て謝るアンネ。カズンは少女の素直な謝罪に微笑むと、彼女の頭を撫でる。


「よし、いい子だ。あと、お兄さんって呼べばもっといい子だ。とにかく、ネコッケはどこか別の場所で遊びたがっている。ネコッケと一緒に遊んでやってくれないか?」


「うん、わかった! ネコッケ、森に遊びに行こ!」


 頭を撫でられ気を良くしたのか、アンネは無邪気に笑うと猫助を抱えて歩き出す。


「おい、カズン! 私が何時そんな事を言った? それと、おまえまでネコッケと呼ぶな。そもそも猫助でもないと何度言……あ、ちょっと待ってくれ、アンネ君! そこは触っちゃダメだ。おい、聞いているのか、カズン! アンネ君になんとか言ってやってくれ!」


 カズンに抗議する猫助。アンネにしてみればニャーニャーと鳴いているだけだ。


「アンネ、森という提案はネコッケも気に入ったみたいだぞ。たっぷり遊んできな」


「うん!」


「言ってない! 断じて言ってない! って、そこは触っちゃダメだ、アンネ君! 助けてくれ、カズン! 話を聞け! この薄情者! 裏切り者!」


 森に向かってスキップするアンネと、彼女に抱えられて右へ左へ身体を揺らす猫助。カズンは笑顔で手を振りながら見送った。


「駄目にされた洗濯物の恨み、思い知るがいい」


 そんな事を呟きながら。




新章突入です。

今回の話のイメージイラストとして『洗濯に勤しむカズン』を描いたのですが……誰だ? この満足げな顔の青年は?

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