第15話 二つの道
「うーん、空は快晴。腹一杯。天下泰平、問題無し」
そう言ってカズンは、雲一つ無い空を見上げながら伸びをした。
ラナイ村の昼下がり。料理屋で一足早い昼食をとったカズン達は、他の客と入れ違えるように店を出たところだ。
「ご馳走になったな、エニー君」
「いいんですよ。約束だったんですから」
頭を下げる猫助に、手と首を振ってみせるエニー。
異界の門の情報量ということで、昼食の支払いは全てエニー持ちだった。だが、奢った本人であるエニーはそれでも満足していない様子で、カズンと猫助に尋ねる。
「こちらこそ、良かったんですか? あそこまで手伝ってもらってお礼がサンドイッチだけなんて」
食事一食奢りは、異界の門の情報提供に対しての謝礼だ。異界の門への同行、封印の儀式協力という二点への報酬と呼ぶには安い。
「気にすんなって。俺達は勝手に付いてっただけなんだからよ」
「でも……」
「何より、こんだけ食わせてもらったしな。あれで充分だ。もう食えない」
不満が残るエニーの言葉を、カズンはぽんぽんと腹を叩きながら笑い飛ばす。そんなカズンの腹を見ながら、溜息をつくサリディ。
「確かに、あれだけ食べれば充分だろうよ。ひょっとして、カズン君の腹は異界の門の影響で人の企画から外れたのではないかね?」
「やかましい、アホウドリ。大食らいで悪かったな」
「この下郎。この期に及んで、まだ我輩をアホウドリと呼ぶか」
睨み合って「アホウドリ」「下郎」の言い合いを始めるカズンとサリディ。その脇で呆れ顔の猫助が、溜息をつきつつやれやれと首を振った。
「それで、これからエニー君とサリディはどうするのだ?」
事態を微笑みながら見守るエニーに猫助が尋ねる。
「えーっと、私達は王都フォーマスの封印師協会に戻ります。カズンさんと猫助さんはどうなさるおつもりですか?」
「さて、どうしたものやら……おい、カズン。どうするのだ?」
「んあ? 知らねぇよ、そんなもん。風の向くまま、気の向くままだ。と普段なら言う所なんだが、コイツの弾を調達したいんでな。この近くだとワーバンかセクロアってところか……」
言って腰に下げたカーニバルをチラつかせるカズン。
「どちらの街にしても私達とは逆方向ですか」
少し残念そうにうつむいたエニーだったが、すぐにいつもの穏やかな微笑を浮かべてカズン達を見た。
「でも、縁があればまたどこかでお会いするかもしれませんね。それまで、お二方ともお元気で」
「おう。エニーもな。サリディ、嬢ちゃんに迷惑かけるんじゃないぞ」
「要らぬ心配だ、カズン君。キミは次会うまでに、もう少し礼儀を学んでおきたまえ」
「んだと? テメェこそ、その態度をちっとは、テェッ!」
サリディに食ってかかろうとしたカズンが、脛を押さえて悲鳴を上げた。そんな彼の足元で自慢の爪を煌めかせているのは、言わずと知れた猫助。
「カズン。別れ際ぐらい仲良く言葉をかわさんか」
「サリーさんもですよ。協力して異界の門を封印した仲間じゃないですか」
猫助とエニーに諭され、不機嫌ながらも顔を合わせるカズンとサリディ。しばらく睨み合いを続けていたが、やがてどちらからともなくニヤリと笑みを浮かべた。
「今回の案件。カズン君と猫助殿がいなければ、危ういところだった。エニーお嬢様が無事に職務を終える事が出来た事、心から感謝しよう」
サリディは握手を求めて片羽を差し出す。それに応じるようにカズンも手を出した。
「俺としても、なかなかに楽しい仕事だったさ。おまえのご主人様のおかげで、無事にメシにもありつけたしな」
双方、翼と手が近付き……。
刹那。
カズンはサリディの羽根を毟り、サリディがその手に嘴を突き立てた。
「イッテェ! 何しやがる、このアホウドリが!」
「それは我輩のセリフだ! 羽根を毟るな、この下郎が!」
不毛な喧嘩を再開するカズンとサリディ。止めに入ったエニーと猫助も織り交ざって、穏やかな陽光が射す村の広場は喧騒に包まれた。その喧騒を打ち消すように遠くで鐘が鳴る。
「む? カズン。あの鐘はなんだ?」
「何って、街道馬車が出る合図だろ?」
猫助の問いに、カズンはサリディの片足を掴みながら答え、その言葉にエニーが顔色を変える。
「大変! 王都行きの馬車が出ちゃいます! 急ぎましょう、サリーさん!」
「承知しました、お嬢様。カズン君、勝負は一旦預けるぞ!」
慌てて荷物を抱えたエニーが走り出す。カズンから逃れたサリディは、あたふたと走るエニーを追って羽ばたいた。
「元気でな、エニー! サリディ、次会った時は容赦しねぇからな!」
カズンの声に、エニーとサリディは一度振り返って手を振ると再び走り出した。
「やれやれ、出会いも喧嘩なら別れも喧嘩か。本当にサリディとは相容れぬらしいな、カズン」
おかげで別れを名残惜しむ間も無かった。水臭い別れを嫌い、そこまで計算しての喧嘩だったとしたら迫真の演技と言える。無論、とても演技には見えなかったのだが。
呆れながらカズンを見る猫助に、カズンは首を傾げた。
「なんだろうな。どうにもあいつとは、やりあわないと気がすまねぇんだよなぁ」
そんな黒衣の男の横顔と、見えなくなりつつある薄緑の鸚鵡を見比べる猫助。
短気で傲慢な自信家。
「ふむ、近親憎悪か……」
「ん? なんか言ったか、猫助?」
猫助の呟きを聞き逃したカズンが問うと、猫助はなんでもないと首を横に振った。
「それより、だ。ワーバンかセクロアか。どちらにせよ、馬車はいつ出るのだ?」
問いかける猫助に、カズンは大げさに溜息をついてみせる。
「何言ってやがる。街道馬車に乗る金がどこにあるよ。歩きだよ、歩き」
その答えに猫助が不服そうに唸る。どちらの町に向かうとしても、一日二日では辿り着けない距離だ。
「強がらずにエニー君から謝礼を貰っておいたほうが、良かったんじゃないか?」
「強がってない。異界の門への同行は自発的なもんだ。エニーに貰う気は無い」
「やれやれ、強情な男だな」
「うるせ。文句があるなら付いて来るなよ。つーか、そもそもなんで付いて来てんだよ、猫助」
カズンの言葉に猫助はきょとんとした顔をした後、ゆっくりと首を傾げる。
「カズンを見ていると面白い……から?」
「なるほど、よくわかった。面白くなくしてやろう。それがいい。そうしよう」
猫助の返答にカズンは引きつった笑みを浮かべ、コートからボウガンと矢を取り出す。そんな彼に向けて、猫助が回答を追加する。
「あと、カズンの歌声をもう一度聞いてみたい、だな」
その言葉にカズンはセットしかけた矢を落とした。
「なんだと?」
「封印の儀式の時、おまえも歌っていただろう」
猫助に言われてカズンは力いっぱい首を振ってみせる。
「歌ってない。断じて歌ってない」
「いやいや、聞こえていたぞ。手拍子を入れ始めたなーと思ったら、実に遠慮がちな小さな声が……」
「嘘だ!」
声を張り上げて否定するが、カズンも確証が無い。エニー達につられて、気付かぬうちに口ずさんでいたかもしれない。
「嘘ではない。その歌声は、例えるなら春の到来を喜ぶ小鳥のさえずり」
生まれてこのかた歌を褒められた事が無いカズンにとって、猫助の評は意外なものだった。思わず照れ笑いを浮かべてしまう。
「そ、そうか?」
「……いや、違うな。冬眠明けで腹をすかせた熊が呻くような……」
「俺が悪かった。頼むからその話は忘れてくれ」
訂正された猫助の評にカズンは泣きたくなった。
猫助に聞こえていたなら、当然エニーやサリディにも聞こえていたのだろう。しかし、封印の儀式後も、食事の時もカズンの歌については話題に上がらなかった。それは、話題に上げるのも可哀想という同情の念からではないだろうか。傷心のカズンには、そう思えてならない。
羞恥心にいたたまれなくなるカズン。しばらく無言でうな垂れていた彼は、やがて思い出したように顔を上げる。
「そうだ。旅に出よう……」
この赤面したくなる過去の記憶を、新たな旅の記憶で塗り替えるために。
決意に拳を固めるカズンの隣で、猫助がうんうんと頷く。
「そうだな。行き先はワーバンかセクロアか」
「だから、なんでおまえが付いて……いや、付いて来ていいですから、あの話は忘れて下さい」
再び抗議しかけたカズンだが、ニヤニヤと笑う猫助を見て再びうな垂れた。そんなカズンを尻目に、猫助は二歩三歩と歩みだす。
「それで、どっちに行くのだ?」
カズンは羞恥に苦しむ心を吐き出すように溜息をつくと、猫助に苦笑いを向ける。
「ま、旅は道連れ。おまえとなら、道中飽きねぇか」
耳元へ手をやったカズン。
カズンは白い硬貨を模したイヤリングを外すと、青空めがけて高々と放り投げた。
エピソード1のエピローグとも言える今回。これでエニーとサリディは一旦退場です。
再会が何話後になるかは、エピソード2次第でしょうか。
というわけで次回から新章突入です。
あと、来月あたりに別のファンタジーを出す予定です。中華風英雄譚です。時間と気持ちに余裕が御座いましたら、読んでみてくださいまし。




