第14話 封印の儀式
「んで、なーんで俺だけこんな事してんのかねぇ」
カズンは足元に転がる大振りな枝を掴み上げ、誰にとも無く呟いた。
「すみません、カズンさん。やっぱり私も手伝いましょうか?」
草むらに座っていたエニーが恐縮しながら挙手するが、カズンは首を振って拒否する。
「おまえさんはいいさ。なにせ、この後で本番が控えてんだから、よっと」
そう言いつつ新たな枝を掴んで、他所へと放り投げるカズン。
「そうだな。エニー君は今のうちに休んでおいた方が良い」
「そうですぞ、お嬢様。ここはカズン君に任せて、休息をお取り下さいませ」
エニーの横でくつろぎながら好き勝手に喋っている猫助とサリディを、カズンが恨めしそうに睨みつける。
「うるせぇぞ、外野。つーか、ちっとは手伝おうって気にならんのか、おまえらは」
カズンは、自分の周囲を指差しながら抗議した。
彼の周りには、横倒しになった木々がいくつも転がっている。異界の門の影響を受けた廃屋の成れの果てである。
化け鼠達をなんとか撃退したカズン達だが、今回の案件はそれで終了というわけでもない。むしろ、これからが本題だった。
第二、第三の化け猫、化け鼠を出さない為にも、早々に異界の門を封じてしまわなくてはならない。その為には、異界の門を覆うように鎮座する小屋の残骸をどけてしまう必要があった。
「あの、やっぱり私手伝います」
再び挙手するエニーに対して、カズンがもう一度首を振る。
「だーかーら、エニーはいいってんだよ」
「そうだぞ、エニー君。ここで疲弊して封印作業に支障が出てはいかん」
「まったくもって猫助殿の言うとおりでございます。ささ、どうぞごゆるりとお休み下さいませ」
「猫助、サリディ! 俺はテメェらに手伝えっつってんだよ!」
叫びながら幹を担ぎ上げるカズン。その様にサリディが感嘆の声を上げた。
「おお、カズン君。思ったより腕っ節があるのだな。我輩、少し見損なったぞ」
「褒めてぇんなら見損なうな! 見直せ、このアホウドリ!」
「手伝えと言うがな、カズン。私やサリディにそれを持ち上げられると思うか?」
「む……」
猫一匹と鸚鵡一羽、対するは成人男性がやっと持ち上げられる樹木。猫助の言い分ももっともである。カズンは反論の糸口を絶たれ、不貞腐れながら担ぎ上げた幹を投げ捨てる。
「さあ、わかったなら馬車馬のようにキリキリと働きたまえ、カズン君」
「おまえはいちいち俺を怒らせんと気がすまねぇのか。もういい、手伝えとは言わん。せめて黙ってろ、外野ども」
話し合うだけ自分が疲れると悟ったのか、カズンは撤去作業に集中する。
「あの……」
集中するはずだった。速やかに作業を終えてしまおうと思った。そんなカズンを妨害するかのように、三度エニーが手を上げる。
「お嬢……おまえもか。おまえもなのか。俺の邪魔はそれほど楽しいのか」
カズンの心は憤りを超えて、なんだか泣きたくなった。
「ち、違います、カズンさん! その、手が……」
幹に手を付いてうな垂れるカズンの姿に、エニーが慌てて弁解する。
エニーの声に誘われてカズンが視線を上げると、幹に触れているその手が、厳密には漆黒の手袋が、ほのかな光を発していた。
七色に色彩を変えるその光は、はたから見れば綺麗かもしれないが、その理由を知る者からすれば由々しき事態である。発光の原因は、異界の門の侵食を受けている為だ。そのまま侵食を許せば、人体にまで影響が及ぶ。
「げっ!」
カズンは大慌てで手袋を脱ぎ捨てる。しばらく光を放っていた手袋は、やがて輝きを失い灰に変じて崩れ落ちた。
「うへぇ、やばいトコだった」
両手が無事な事を確かめ、安堵の息をつくカズン。いつの間に立ち上がったのか、彼の隣にエニーが歩み寄って異界の門を覗き込む。
カズンがどけた木々の下から姿を現した異界の門。猫助が奇妙なカビと評したが、見た目は確かに否定できない。
細かな根が広がり、ところどころ塊になった箇所には産毛のような小さな枝が無数に伸びている。胞子でも飛ばしたかのように、その空間全体を淡い光が包む。中心辺りをよく見れば、異界の門の干渉が大きいのか、空間が歪んで七色の光が渦巻いていた。
「うん。これだけ見えていれば大丈夫です。ご協力ありがとうございました、カズンさん。ここからは私の出番ですね」
満足そうに頷いて礼を言うエニー。異界の門が放つ光に照らされたエニーの微笑に、カズンはドキリとした。
普段より凛々しく大人びた顔。宿屋で出会った時にも一度見た封印師エニー・カーチスの顔だ。
不意打ちを受けて呆然としているカズンをそのままに、エニーは小ぶりなナイフを取り出すと自らの指に押し当てる。
「な! お、おい……」
慌てて止めようとする猫助。サリディは片羽を上げて猫助を押し留めると、心配無いと言いたげに首を振って見せた。
不思議そうに眺めるカズン。心配そうな猫助。落ち着きはらったサリディ。三様の視線を一身に浴びたエニーは、ナイフを滑らせた。
彼女の白い指につけられた傷口からは、当然のように血が滲み出してくる。エニーは指先に走る痛みに顔をしかめつつ、その手を異界の門の上へとかざした。
一滴、二滴。
エニーの指から滴り落ちた血が、異界の門の歪みの中へと消えていく。
「……よし」
一言そう呟くと、エニーはカズン達へ視線を移す。
「え? おい、エニー。ひょっとして……」
「これで……もう、終わりなのか?」
カズンと猫助が口々に問う。
あっけない。封印の儀式などと大仰な名で呼ぶには、あまりにもあっけない。
「何をおっしゃいますやら」
サリディはそう言って羽ばたくと、エニーの肩にとまる。
「カズン君、猫助殿。ここからが大事な作業ですぞ」
「そうですね。ここからはお二方にも手伝ってもらいましょうか」
楽しそうに話すエニーとサリディ。
対するカズンと猫助は、双方を見て眉をしかめた。二人の脳裏には先程のエニーの所作が焼き付いている。わずかばかりとはいえ、自分を傷つけるのは勘弁願いたいところだ。
「まあ、無理にとは申しません。でも、気が向いたら、途中からでも結構ですから参加してくださいね」
少し残念そうな顔になるエニー。だが、それも束の間。儀式を始めるべく封印師の表情に戻ると、改めて異界の門へと向き直った。
エニーは目を閉じて一度大きく深呼吸すると、ゆっくりと手拍子を打ち始める。
―― 大地が、海が、空が生まれるよりも昔。まず七人の女神が生まれた。 ――
うっすらと目を開けたエニーが静かに歌い出し、カズンはその歌詞に驚いて彼女を見た。
(これは……創造の唄?)
ゆったりとした手拍子に、時折足拍子も織り交ぜてエニーが紡ぎ出したのは、七人の女神がこの世界を作り上げる神話を描いた童謡。
時には宴で、時には囲炉裏端で、時には子守唄として、老若男女を問わず、民族を問わず、誰しもが口にし、誰しもが耳にした事のある神話。
―― 女神ティルシーとバレインは双子神。光の統治者、闇の管理者。昼が暮れて夜になり、夜が明けて朝になる。何かの始まりは終わりに向かい、何かの終わりが何かの始まり。それらは共にありながら、それらは決して交わらない。 ――
エニーに合わせるようにサリディも歌い出す。
封印の儀式の度にエニーが創造の唄を歌っているのなら、サリディが知っているのも当然だ。
―― 女神サデルには翼があった。金色に輝く翼で飛んだ先には何があるのか。始まりの先。終わりの先。枯れる事の無い好奇心を糧に、先を目指して羽ばたいた。 ――
いや、遥か昔から皆に歌い続けられているこの唄ならば、人でなくとも同じ事。旅人の歌ったこの唄を、路傍の石は聞いただろう。酔った木こり達が歌ったこの唄を、森の木々は聴いただろう。戯れる子供達が歌ったこの唄を、動物達は聞いただろう。
それを証明するかのように、猫助がエニー達の元へと歩み寄る。
「エニー君。手伝えと言ったのは、こういうことかね?」
―― 女神エイシェンが水を汲み、女神ノクスが木を育て、女神カフィーが火を焚いた。若木は水を得て大樹となり、火種は枝を得て炎となり、水は火を消す雨となる。 ――
歌い手に猫助が加わり、エニーは嬉しそうに手拍子を打つ。
(つまり、何か? 俺にも歌えと?)
エニー達の姿を見ながらカズンは困り果てた。生憎だが、歌唱力には全く自信が無いのだ。自分が音を外して封印に失敗したなどと言われようものなら、二度と立ち直れない。
大人しく聞き手に回ろうと決めたカズンの視線の先、異界の門に変化が表れた。エニー達の歌声に呼応して胞子の輝きが増し、エニーが血を落とした点に向かって次第に寄り添っていく。
―― 末の女神メディアナは一人佇む。姉達は何かを生む。姉達は何かを育む。自分の手には何も無い。握ってみても、開いてみても、そこにはやはり何も無い。 ――
―― 末の女神メディアナは考えた。姉の水はどこで汲む。姉の木はどこに植える。姉の火はどこで焚く。双子の姉が見守る中で、昼も夜も考える。 ――
エニー達の唄に合わせて、いつしか手拍子を打ち始めたカズン。
(ああ、そうか)
楽しげに歌っている彼女達を見ながら、カズンは一人納得した。
ただの童謡。だが、誰もが、何もかもが知っている唄。もちろん、この森も例外ではない。そして、創世神話を元にした唄でもある。
森に出来た綻びとも言える異界の門。異界の干渉で秩序を失った門に対して、この世界の成り立ちを歌う事で、本来あるべき姿を思い出させようというわけだ。
―― メディアナの足元に、金色の羽根が舞い落ちた。羽根を拾って気が付いた。私は大地に立っている。 ――
―― そして、女神は大地と共にあると決めた。 ――
異界の門が放つ光はさらに輝き、寄り集まって光の玉となって収縮していく。小さくなるにつれ光球は強く煌めき、ついには目を開けていられなくなる。
―― 暖かな日差しと穏やかな月明かりが、女神の大地を照らしだす。大地を流れる水が海を作る。大地に根ざした木々は森になる。大地から噴き出す炎が大地の毒を浄化する。そして、女神は今日も大地に立ち、金色の明日を迎える仕度を始める。 ――
留まる事が無いかに見えた光球の輝きも、唄の終わりと共に急速にその光を弱め、最後には消えた。
エニーは異界の門が存在した地をそっと撫でると、カズンに向かって頷いてみせる。
「門は閉ざされました。もう大丈夫ですよ」
彼女の言葉に気が弛んだのか、カズンと猫助は力無くその場にへたりこんだ。
「さすがに疲れた。徹夜作業ってのは、ちと堪えるな」
草むらに大の字になったカズンがぼやく。彼の視線の先、森の木々を縫って垣間見える空は白み始めていた。
今回、エニー達が歌っております『創造の唄』。この作品の世界を描く大事な唄ですので、本音を言えばちゃんと作詞したかったです。
でも、残念ながら今の私に詩を書ききる技量が無い。
いつか、ちゃんとエニー達に歌わせてやりたいものです。




