第13話 鼠退治
振り下ろされる双頭鼠の前足を、横っ飛びで辛うじて避けるカズン。そのカズンの肩からさらに跳躍していた猫助が、少し離れて着地した。
カズンは双頭鼠から猫助へ僅かに視線をずらす。用件は聞き入れたと頷いてみせる猫助を見て満足げな笑みを浮かべると、カズンは改めて双頭鼠へと向き直った。
「というわけで、今からしばしのチークタイム。今は亡き旦那ほど足並みは合わないだろうが、良ろしければ一曲。ご一緒いただけますか、マダム?」
カズンは脱いだ黒コートを猫助に放り投げると、双頭鼠に真っ直ぐ突進する。
この行動に猫助が慌てた。カズンの黒コートが想像以上に重いというのもあったが、むしろ彼が正面切って突っ走った事にだ。
カズンの持っている武器はボウガンのみ。それさえも効果が薄い双頭鼠に対して、時間を稼ぐと言っても接近戦を選ぶのは愚行と言える。
「カズン、このバ……!」
バカモノ。そう続く筈だった猫助が言葉を詰まらせる。
(速い!)
猫助は疾駆するカズンの速度に驚嘆した。カズンと出会った時、彼に追い回された事があったが、今見せている動きは当時の健脚を上回って余りある。
双頭鼠へと一気に距離を詰めたカズンは、迎え撃つように振り回された二尾を難無くかわすとその後ろ足に蹴りを入れる。
「何をボケッとしてやがんだ、猫助!」
カズンの動きに驚かされていた猫助は、そのカズンに怒鳴られて我に返る。
「おっと、すまん。それにしても重いな、このコートは。いったい何本の矢が入っているんだ?」
疑問を口にしつつコートを運ぶ猫助。
コート裾の裏表、袖に襟、いたるところに設けられたホルダーに仕込まれたボウガンの矢。戦闘によって消耗していると言っても、重量はなかなかのもの。普段このコートを着て行動しているというのだから、コートを脱いだ今のカズンのフットワークも納得がいく。
「んなもん企業秘密に決まってんだろ? 早くしてくれ、猫助。俺とコイツをオールナイトで躍らせる気か?」
軽口を叩いているカズンだが、内心は落ち着いていられない。
ボウガンの矢は武器だが、コートに仕込んだそれらは時には身を守る防具にもなる。いくら高速移動を得る為でも、武器と防具を手放して勝負を挑むのは気持ちの良いものではなかった。
(上着に仕込んだ矢は一、二……足で稼ぐのが一番か)
そのカズンの足を噛み砕こうと、大きく開かれた双頭鼠の大口を跳躍して避ける。虚空に食らいついた大鼠の頭を踏み台にして、今度はトンボ返り。
宙を舞うカズンは、ボウガンを投げ上げると上着のポケットに両手を突っ込んだ。
ポケットから引き出された両手が持つのは改良型袖箭。バネ仕掛けで打ち出す小ぶりな矢は、一丁装填数四発。左右で二丁の合計八発を双頭鼠の顔めがけて連射。
「ギィィアアァァァ!」
悲鳴を上げる大鼠を前に、カズンは落ちてきたボウガンをキャッチしながら笑みを浮かべる。
(駄目元だったが、こいつは幸運……)
撃ち放った矢の一本が、双頭鼠の右目を打ち抜いていた。
しかし、喜びも束の間。双頭鼠の上げる声の色が変わるに従い、カズンの笑みも徐々に引きつっていく。
(これは……まさか、相方死んでてもできるのかよ!)
この声色は、双頭鼠と遭遇した時に一度聞いている。そして、この後どうなるかも予想できる。不規則にうごめく双頭鼠の腹部を見れば、その予想が当たっている事も確信できる。
慌てて上着から矢を取り出すカズンの目の前で、予想は現実のものとなる。
双頭鼠から産み落とされた子鼠四体。
化け鼠達は目の前のカズンを獲物と悟ると、生まれたばかりとは思えない動きで捕食行動にかかる。
「食われてたまっか、コンチキショー!」
迫る化け鼠に向かってボウガンを構えた。
初発、命中。二発目、同じく。三発目……折れている。四発目、同じく。
カズンは使い物にならない矢を化け鼠に投げつけると背中に手を回す。
「古代遺産の威力……」
背後に回した手が掴んだのは、腰に下げた残弾ゼロのカーニバル。
「思い知れぇっ!」
力任せにカーニバルを振り回し、化け鼠を銃身で張り倒す。
「オラッ、もう一丁!」
カーニバルの新たな使い方に目覚め、調子に乗ったカズン。次の目標めがけてカーニバルを振りかぶったものの、迫る双頭鼠に気付いて回避へと意識を切り替える。
接近と同時に袈裟懸けに振り下ろされる双頭鼠の前足。さらに追い討ちをかけるようにしなる二尾。その連劇を転がるようにして避けたカズンめがけて、今度は化け鼠が襲い掛かる。
ボウガンは間に合わない。カーニバルを振りかぶる余裕も無い。
「伏せろ、カズン!」
背後から響く声に、躊躇い無く従うカズン。その頭を踏みつけた猫助が跳躍し、迫る化け鼠と交錯した。
刹那の空中戦を制した猫助は、勢いそのままに双頭鼠に接近する。カズンは後ろ頭をさすりながら立ち上がり、先行する猫助に続く。
「加勢はありがてぇがよ。準備はどうした、猫助?」
「既にエニー君が待機している」
「上出来。後はアイツを舞台から降ろすのみ」
カズンは立ち止まって足元に転がる化け鼠の亡骸に足をかけると、突き刺さった矢を引き抜いてボウガンにセット。猫助が射程から外れたと見るや、すぐさま双頭鼠に向けて射出する。
「舞台袖はこっちだ。付いてきな、マダム!」
その言葉に従うと言うよりは、幾度無く寄ってくる小うるさい者達に苛立ちが頂点に達したというところだろう。双頭鼠は、カズンに向かって猛然と突進を開始した。
砂塵を上げて迫る双頭鼠に背を向けたカズンは一目散に逃げる。
「猫助!」
「任せろ!」
カズンを追う双頭鼠。それをさらに追う猫助が速度を上げて双頭鼠に飛び乗った。大鼠の背中を一気に駆け上がると、双頭の合間に飛び込む。
「閉幕だな……」
猫助が身を翻して振るった爪の軌跡は、双頭鼠の顔を薙いだ。唯一残っていた左目を切り裂かれ、猫助の宣言どおり双頭鼠の視界に幕が降りる。
光を失い、何一つ見えなくなった闇の中を尚も走る双頭鼠。カズンの放り投げたカーニバルに気付く事も無く、それに足をとられて前のめりに転倒した。
勢い余り二転三転と転がった双頭鼠。ようやく止まった先には一本の樹木。
種別を問えば、この森中どこにでも生えている木。ただ、違いがあるとしたら、真っ直ぐ天へと伸びた同種に対し、その幹を大きく仰け反らせて頂点を大地に擦り付けている事。
「カーテンコールだ! かませ、エニー!」
異形と化した樹木の脇。座して心言を紡いでいたエニーは、カズンの声にその目を見開き、目前に転がる双頭鼠を見据えた。
「……放て」
言葉と共に、両手で結んでいた印を解いて一拍。
エニーの合図に応えた樹木が音を立ててしなり、枝という枝が掴んでいた矢を双頭鼠めがけて一斉に投げ放った。
躍動する枝から一斉に放たれた無数の矢は、一陣の突風となり双頭鼠に向かって吹き荒れる。
その巨体を余す事無く、風を浴びた双頭鼠。風の勢いに圧倒されるように、その姿勢を崩していく。
そして、突風が過ぎ去っても双頭鼠がその姿勢を立て直すことは無く、そのまま地響きを立てて崩れ落ちた。
双頭鼠戦なんとか片付きました。現在、次のエピソードに向けて準備中です。
あと、私事ですが別作品『おいでませ音楽堂』の連載を再開しました。気持ちと時間に余裕が御座いましたら、見てやって下さいませ。




