第12話 双頭大鼠
(少し……無茶をしたかな……)
エニーは、忙しく鳴り響く心臓を落ち着かせようと胸を抑えた。
双頭大鼠の生み出した子鼠達を一掃した道術の代償。心言によって周囲の動・植・鉱物と霊的につながるには精神集中が重要になり、集中の際に発生する精神的な疲労を生む。
そして、心労は実行する道術の規模に比例して増加し、度が過ぎた心労は身体疲労へと変換される。今現在エニーが襲われている動悸、息切れ、眩暈がそれだ。
(私は……まだまだだなぁ)
父親の友人である道士に資質を見出されて修練を積みはしたが、彼女の道士としての能力はまだ発展途上だ。
「エニー!」
息を荒げてうなだれていたエニーに、突如カズンが抱きついた。
「え? な! カズンさん!」
カズンの不意打ちに、成す術も無く押し倒されて慌てふためくエニー。先ほどとはまた違った意味の鼓動の高まりを感じ、思わず頬を赤らめる。
気が動転して動けないエニー。そんな彼女の視界の中、倒れた二人の上を何かが飛び越えていく。
目標を見失って飛び去った物が折れた木の幹だと気がつき、赤面していたエニーは青ざめた。直撃していればただではすまなかった。
「す、すみません、カズンさん」
あらぬ勘違いをした事を謝罪するエニー。
「あんだけの術を使えば、そりゃキツイだろ。本音を言えば、もう一発ぶっ放してほしいところなんだが……」
それを油断していた事を詫びていると解釈したカズン。
「そうしたいところですけど、今は木一本動かすのがやっとで……」
力無い顔で申し訳なさそうに答えるエニーに、カズンは気にするなと言いたげに首を振り彼女を抱き起こす。
「この下郎! お嬢様を押し倒すとはいい度胸だ! 何回殺してほしい!」
「アホ抜かせ! ちっとは状況見ていいやがれ、このアホウドリが!」
がなるサリディに叫び返しながら、カズンはボウガンを撃ち放つ。
ボウガンから撃ち出された矢尻の向かう先。エニーに樹木を投げつけた張本人である双頭鼠は、二尾で足場を打ち鳴らしながらその巨体を跳躍させた。
「猫助!」
「わかっている!」
カズンに言われるまでもない。猫助は、双頭鼠の着地にあわせて飛び掛っていた。
いくら猫助自慢の爪と言えども所詮は猫の爪。熊並みの巨体を持つ大鼠相手に、致命傷を負わせるのは困難な話だ。だが、狙い所によっては戦闘をいくらか有利に運ぶこともできる。
(まずは左頭の視界)
猫助は大鼠の頭に乗り、剥き出しにした爪を煌かせ……。
「!」
本能的に危険を察知した猫助は跳躍。彼を打ち払おうと振るわれた双頭鼠の尾が風をまとって襲い掛かる。
(まるで別の生き物だな)
鞭のようにしなやかに振るわれる尾は、まるで蛇のようだ。自分を襲ったその尾に着地した猫助は、なおも続く危険信号に大跳躍。二本目の尾が虚空を切り裂いた。
双頭鼠が繰り出す尾の連撃を動物的直感でかわした猫助は、双頭鼠の背に着地すると改めて攻勢に転じようとする。
だが、双頭鼠の背筋の躍動を肉球ごしに感じ取り、攻守交替を諦めた。
(左前方、跳ねる気か!)
鼠の目を狙うはずだった爪を、双頭鼠の背に立てながら身を伏せる。猫助の思惑通り、双頭鼠は彼を振り落とそうとその巨体を揺すりながら走り出した。
右へ、左へ、時には跳躍。その間も二尾による攻撃は留まらない。それでも猫助は双頭鼠の背に食らいついて離れない。全神経を回避に集中させての事とは言え、それをやってのける猫助は賞賛に値するだろう。
だが、回避に専念している限り猫助が攻勢に転じる事はありえず、双頭鼠も彼が攻勢に移る事を許さない。
しかし、猫助はそれに焦る事も無く、視界の隅を走る影を認め僅かに笑みを浮かべた。
自分が厳しく攻め立てられればこそ打てる手もある。
それが、この一手。
背中にまとわりついた猫助に注意を向けていた大鼠の双頭。その片割れの首が鷲掴みにされた。
「問おう、醜いドブ鼠。お嬢様を傷つけようと思ったのは、どっちの頭だ?」
冷ややかに響く女性の声。
新たな敵を見定めようと頭を振る双頭鼠の一頭だったが、喉元を掴まれてはそれもままならず、逆に五指に締め上げられて悲鳴を上げる。
「それに同意したのはどっちだ!」
その叫びに呼応するかのように、双頭鼠を掴んでいたサリディの掌が一瞬白く瞬いた。光が消えると同時に、掴まれていた大鼠が口から鮮血を噴き出す。
サリディは力を失った双頭の片割れを無造作に放り出すと、残る一方へと狙いを移しその大柄な鼠面を睨みつけた。睨み返してくる双頭鼠の赤黒い瞳に、サリディの姿が映る。
「どちらだろうと、身一つなら同罪!」
振り回される双頭鼠の前足を紙一重に避け、サリディは腰溜めにした掌を打ち出した。
狙い違わず。多くの子鼠を屠り、双頭の相方を死に追いやったサリディの掌は、目標である双頭鼠の下顎を掴むと白く煌めく。
ぷすん。
そんな呆れる程に軽く小さな音と共に、サリディから薄緑色の一条の煙が上がりその身を包む。
「む?」
異変に声を洩らすサリディ。その声は鸚鵡の時のものであり、それを証明するように緑煙の収まった地には鸚鵡姿のサリディ。双頭鼠を絶命に導くはずの掌は翼に変わり、大鼠の顎にぺたりと添えられている。
「サリーさん!」
従者の危機を察してエニーが声を上げる。
彼女の道術と同様、サリディの戦闘装甲も限度がある。力の消耗を抑えれば長くその姿を維持できるが、一度に大量の力を行使すれば戦闘装甲の持続時間は大幅に減少する。
そして、戦闘開始から刺し貫く掌、切り裂く脚、翼の矢尻と様々な力を行使していたサリディが限界を迎えるのは必然。
問題なのは、限界を超えた彼には眼前の敵から逃げる気力も体力も残っていないと言う事だ。
「むぅ……時間、切れ……か」
双頭鼠を前に悔しげに呟くサリディ。その体から力が失われ、ポトリと落ちる。
窮地は超えた。双頭鼠は目前の存在が、脅威から獲物に変じたと知るや、緑翼の鸚鵡に襲い掛かる。
「させっかよ!」
サリディを踏み潰そうと巨体を持ち上げる双頭鼠に対し、カズンがボウガン四連射。双頭鼠が怯んだ僅かな隙をついて、背中から飛び降りた猫助がサリディを咥えて双頭鼠の降下地点から離脱する。
「うっし! 猫助、ナイスアシスト! なんだが……」
目前の獲物を逃がし、背中に張り付いた邪魔者も消えた。そんな双頭鼠が新たな獲物に選んだのは、ボウガンを構えたカズン。
猫助は気絶したサリディをエニーの元に送り届けると、双頭鼠と対峙するカズンの元へと救援に向かう。
「どうする気だ、カズン」
「わからん! どうする、俺!」
カズンは叫び返しつつ、突進してきた大鼠をかわす。
対峙したもののボウガンだけでは心許ない。猫助の爪と同様、ボウガンの矢では双頭鼠には致命傷を与えられないだろう。それがカズンの本音だった。
(何か、あいつに一発叩き込めるだけの武器……やっぱ、カーニバルかぁ)
カズンは自分の装備で最高の攻撃力を誇る武器を思い描いたが、弾切れとなった今では役に立たない。
双頭鼠の攻撃をボウガンで牽制しながら逃げるカズン。
「カズンさん!」
心配そうに声をかけるエニー。鸚鵡を抱く少女の姿を視界の隅に捉えた瞬間、カズンはニヤリと笑みを浮かべた。
道術を使う封印師エニー。そして戦乙女と化した鸚鵡サリディの一撃。カズンの脳裏でそれらが線となって繋がる。
「猫助、手ぇ貸せ!」
叫ぶカズンに、すでに駆け寄っていた猫助が彼の肩口に飛び乗った。
「如何なる秘策か知らんが、いつぞやのように私に蹴りを入れるような作戦だったら本気で引っ掻くぞ」
飛び乗りざま発せられた猫助の言葉に、カズンがうんざりとした顔をする。
「おまえ、そりゃあ飯奢ってチャラだろうが。とにかく、俺が時間を稼ぐ。その間におまえは――」
うぅ、一話で決着つかなかったです。双頭鼠延長戦、次回で今度こそ決着……のはず。




