第11話 戦乙女
カズンは、周囲に群がる化け鼠を無視して鸚鵡のサリディに目を向けていた。
鳥らしくない紳士っぽい服飾。鳥とは思えない流暢なしゃべり。憎たらしい性格。変な鳥ではあるが、その外観はやはり鸚鵡でしかない。
そんな従者サリディに対して、主人エニー・カーチスがサリディに向かって発したその言葉。
(戦闘装甲って……)
周囲を敵に囲まれて、エニーの気がおかしくなったのではないかと心配になるカズン。
だが、隣に立つエニーの表情は期待と自信に溢れている。
(見ていればわかる、か)
彼女が言ったその言葉を信じるにせよ信じないにせよ、生憎とそれをのんびり眺めている余裕は無い。
カズンはボウガンに矢をつがえながら、エニーの隣にいる猫助へと視線を移す。その視線が猫助と交錯した。
一秒にも満たない無言のアイコンタクト。
現状の戦力差は多大。化け鼠の数は、村に駐屯する警備隊をかき集めても苦戦する量。そんな状況でサリディがどう変化するのか知れないが、役に立たないと判断した時点で即座に撤退開始。猫助は敵包囲を撹乱し突破口を作り、カズンはボウガンで追跡の牽制。そして、それを行動に移す可能性は濃厚。
一人と一匹は頷き合うとエニー達を庇う形ように立ち、周囲を威嚇するように戦闘の構えに入る。
カズンが構えたボウガンの先、化け鼠達の生みの親である双頭の大鼠は、目を細めて獲物を値踏みするようにカズン達を見据えている。
(さて、どこから襲ってくるつもりか……)
視線を左右に振り周囲の動きを警戒する猫助。どこを見渡しても漆黒の森は、敵意の溢れた赤黒い眼光が不気味に光っている。
そんな中、薄緑の淡い光が猫助の視界に入った。その異変の原因を探るべく、猫助は緑光の出所を追い……。
「ハニャッ?」
突如背後から響いた気の抜けた猫助の声に、カズンは思わずボウガンの狙いをずらした。
「猫助! 変な声出すなよ。こっちの気まで抜けっだろうが」
「いや、しかし……」
猫助とて出したくて出した声ではない。目の前の光景に、思わず口から出てきたのだ。
「ふむ。カズン君と同意見というのは不満だが、今しがたの声は確かに気が抜けますな。こういった状況では一瞬の気の弛みが勝敗を分かつものですぞ、猫助殿」
「ほへ?」
サリディのその言葉に、今度はカズンが声を上げて振り返っていた。
気の抜けた声どころの話ではない。一寸先は闇の戦場で、無警戒に振り返るなどもってのほかだ。そう思いながらも、カズンは振り返らずにはいられなかった。
背後から聞こえた言葉。その口調は知ったもの。だが、発せられた声は明らかに異質。耳にしたのは鸚鵡ならではの甲高い鳴き声ではなく、大人の女性を思わせるアルトボイス。そう、目の前の女性が発しそうな声だ。
「何をしているカズン君。敵を前にして余所見など言語道断ではないか。ほら見なさい。言っているそばから……」
唖然とするカズンを叱責した長身の美女。話を中断して地を蹴った彼女は、カズンの脇を駆け抜けると、彼に襲い掛かる化け鼠の顎を蹴り上げた。
そのなびく髪がアイツと同じ薄緑でなければ。その口調がアイツと同じでなければ。その服装がワイシャツ、蝶ネクタイに黒ベストでなければ。その黒ベストの背中から髪と同じ薄緑色の羽根が生えていなければ、彼女の正体に気付きはしないだろう。
だが、それだけ情報が揃っていれば、カズンも猫助もこの女性が何者なのかわからないわけがない。
それでも、あまりの変化にカズンも猫助も目の前の事実を受け入れられないでいた。
「何を呆けておられるのだ、御二方! それでは死を待っているようなものですぞ!」
改めて彼女、というか彼の口から飛んだ叱責にようやくカズンと猫助が我に返り、慌てて戦列に加わる。
二人が呆然としている間も女性は、襲いかかってきた化け鼠達を張り飛ばし、蹴り倒していた。否、彼女の掌を当てた部位は打ち抜かれ、弧を描く蹴りの軌道にいた化け鼠は切り裂かれている。体術と呼ぶには凶悪な攻撃だ。
「サリディ、おまえ……!」
「雌だったのか!」
「猫助! それ以前に驚きどころ満載だろうが!」
「些か失礼ですな、猫助殿。我輩は見紛う事無き雄ですぞ!」
「見紛いまくりだ、このアホウドリ! っつーか、なんなんだよ、おまえ!」
「エニーお嬢様の従者だと何度言えばわかるのか、この下郎!」
「誰もテメェの職業なんぞ聞いてねぇ!」
驚きを欠片も隠せない様子で叫ぶカズンと猫助。負けじと声を張り上げる女サリディ。各々無駄口を叩きながらも、迫りくる敵は退けている。
戦乙女と化したサリディの掌と脚。鼠相手に捕食者の本能を剥き出しにする猫助の爪と牙。
己が身に宿した武器を繰る二者。それ故か、初の共闘にも関わらずお互いの呼吸を熟知したかのように目まぐるしく位置を変え、旋風の如く乱れ舞う。その荒れ狂う暴風域に侵入した化け鼠は、その存在を許されず血煙を上げて滅されていく。
カズンはエニーを守りながらボウガンを連射しつつ、彼等の戦い様に感嘆の息を吐いた。
「こいつは驚いたな。化け猫、化け鼠の次は化け鳥だ……」
その呟きが聞こえたのか、サリディはカズンに向けて大きく両翼を広げる。
血みどろの戦場の中で、淡く光る薄緑の翼は場違いとも思える程に美しかった。だが、同時にこの場に相応しいと思える程の殺意を、カズンに感じさせた。
「お嬢様、伏せて!」
その言葉と共にサリディが羽ばたき、両翼の輝きが膨れ上がる。言われるままに伏せるエニーに続いて、隣にいたカズンも慌てて身を屈めた。
次の瞬間、両翼を覆っていた薄緑の光は弾けて無数の羽根が打ち出された。羽根は一陣の突風となってエニー達の頭上を通り過ぎ、後方から迫っていた化け鼠達を一掃する。
羽根の行方を追おうと顔を上げたカズン。その視線の先では、全身に羽根を浴びて針鼠のように変わり果てた化け鼠達の屍が転がっている。悲鳴を上げることもなく絶命していった妖魔の亡骸に、カズンは戦慄を覚えた。
「チッ、外したか……」
「外したって、全弾命中だろうが! どこを外した! 何を狙った! っつーか、誰を狙った!」
忌々しげに告げるサリディにカズンが叫ぶ。彼の抗議を無視した元鸚鵡は、眼前の敵の迎撃に集中する。
「しかし、サリディの参戦で圧倒的不利の状態は免れたが、このままではいずれは我々が折れるな」
サリディが翼を展開していた間、周囲の鼠を相手にしていた猫助が誰にとも無く言う。
確かに猫助の言葉通り。
カズン、猫助、サリディ。三者三様の奮闘によって、数で勝る化け鼠達に押し込まれこそしていないが、押し返してもいない均衡状態。化け鼠はカズン達が休み無しで倒し続けているにも関わらず、未だに木々の間で様子を窺うものがいる程の量。いつ終わるとも知れない戦闘をこのまま続ければ、カズンのボウガンの矢は尽きる。猫助やサリディも無限の体力を有しているわけではない。
猫助に同意しようとしたカズンだったが、その前にサリディが否定した。
「それは杞憂ですな、猫助殿」
「どこがだよ、サリディ。ったく、ちょっとは腕が立つと感心したが、オツムはやっぱアホウドリのままだな」
「この一件が片付いたら、この下郎は抹殺すべきか……」
サリディは怒りに拳を震わせ、襲ってきた化け鼠へ八つ当たりとばかりにその拳を叩き込む。
「この戦いに勝算があるのか、サリディ?」
化け鼠を殴り飛ばしたサリディの背後で戦っていた猫助が問う。サリディは、自信に満ちた顔でカズンと猫助を見た。
「無論ですよ。ここからが我々四人の反撃の時です。さあ、一気に押し返しましょうか、お嬢様!」
高らかに叫ぶサリディ。従者の言葉に、カズンと猫助は鸚鵡の主エニーへ目を向ける。
サリディの変貌から今まで、終始無言で守られ役の傍観者になっていた彼女。
いや、目を閉じていた彼女は傍観さえしていなかった。
それに無言でもなかった。この戦闘中、エニーは目を閉じて、両手で印を組み、耳に出来ない言葉を紡いでいた。
そして今、途切れる事無く動いていたエニーの口が閉ざされ、閉じていた目が見開かれ、組まれていた印が解かれる。
「……爆ぜて」
彼女の口から漏れた言葉。それを促すかのようにポンと両手で一拍。
刹那。エニーの声と拍手に呼応して大地が、森が、大気が震える。
「な……?」
何をする気なのか。そうエニーに問おうとしたカズンの言葉は、周囲を包む轟音と振動に途切れた。
彼女の要求を聞き入れた大地が大量の土砂を噴き上げ、木々は急速に枝を伸ばし、複数個所に集約した大気が爆発。化け鼠達は土砂の散弾に打ち抜かれ、枝の槍に刺し貫かれ、大気の爆風に弾け飛ばされていく。
時間にしてみれば、ほんの数秒の出来事。その数秒で起きた大惨劇を目の当たりにして、カズンと猫助は呆然と立ち尽くすことしかできないでいた。
「これは、なんというか……」
轟音と振動が止み、元の静寂を取り戻した森を一瞥した猫助が息を呑む。
立ち上る砂煙で全ては確認できないが、この場に立っているのはカズン達のみ。化け鼠達は、エニーの一撃で一網打尽にされていた。
「どうなったんだ?」
砂塵から垣間見える化け鼠達の変わり果てた姿に、カズンはそう呟いていた。
「エニーお嬢様に道術の心得が有るのは、挨拶の席で聞かれたと思うが?」
「確かに聞いた。聞いちゃいたが、これだけ大規模なもんは見たことねぇぞ」
得意顔で言うサリディにカズンが返す。
カズンは冒険者として道士と仕事を共にする事があった。その時に道士が術を使って見せたこともあったが、それは木々数本といった程度であり、道術とはそういうものだと認識していた。よもや森の一角を掌握し呼応させるなど思いもしなかった事だ。
「そこはそれ。カーチスの血を受け継がれるエニーお嬢様だからこそです。そこいらの馬の骨と一緒にされては困りますな、カズン君」
腕を組み得意満面で仰け反るサリディ。ただ、当のエニーは地面にへたり込んで力無く首を横に振っている。道術を行使するのに余程の力を消耗したらしく、顔を上げる元気も無いらしい。
「それほど……でも……無い……ですぅ」
肩を大きく揺らしゼーゼーと息を荒げていた彼女は、大きく深呼吸するとサリディに目をやった。
「サリーさん。前にも言いましたが、道士の能力に血縁の影響は皆無と言われています。お二人に間違った知識を植え付けちゃダメですよ。それに……」
そこまで言ったところで、深呼吸一つ分回復した体力が尽きたらしい。エニーは改めてうなだれながら言葉を続ける。
「それに……私は……まだまだ……です」
再び荒くなる彼女の息と共に溜息が吐かれた。その視線をゆっくりと持ち上げると、一点を見据える。
「いや、エニー君はよくやった。少し休んでいなさい」
エニーの視線の意味にいち早く気付いた猫助は、彼女を労いながら再び戦闘態勢をとる。
「どうしたのだ、猫助殿?」
猫助とエニーの様子に首を傾げて問うサリディの隣、カズンが納得顔でボウガンを構え直した。
「なーるほど。そりゃあ異界の門に感化されてりゃ、三霊の理も効きにくいわな」
そう言いつつ、カズンはサリディにそちらを見るよう指差した。
収まりつつある砂煙の先にあったのは木々。エニーの術によって変貌した一帯にあって、術の行使前と変わらず、その時からすでに異形であった場所。
そして、この地に踏み入った時と変わらずその場に鎮座する一頭。
「キィィイィィィイィィィィッ!」
数え切れない子等を滅ぼされた事への恨みか、食べ応えのある獲物の到来への歓喜か。双頭の大鼠は、カズン達に向かって高らかに吼えた。
物語は子鼠掃討戦から親鼠との決戦へ移ろうとしています。さて、二人と一匹と一羽は如何にして対決していくのか! そして、その先の話はどうするつもりだ、私!




