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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第一章 斑の猫の館
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第10話 異界の門へ

 封印師エニー・カーチスのはるか頭上、夜空の頂には満月が登っていた。だが、昼にあっても日を通さずに鬱蒼と薄暗い森の中では、いかに満月であろうと照らし出すのは無理だ。


「サリーさん。大丈夫ですか? ちゃんと見えてます?」


 ランプを片手に森を進むエニーは、自分の肩にとまる鸚鵡サリディ・ゼロに声をかける。


「むう、申し訳ございません、お嬢様。なにぶん我輩は鳥目なもので……わぷっ!」


 闇を見据えながら謝るサリディの顔に、木の枝が直撃した。その枝先にシルクハットを盗られそうになり、慌てて両翼で死守する。


「大丈夫ですか、サリーさん?」


「なんのこれしき……と言いたいところですが、さすがにこう何も見えないとなると、お嬢様のお役には立てそうもございません。まったくもって情けない。カズン君と猫助殿に封印師の心得など説いていた自分が恥ずかしい限りです」


 深々と溜息をついてうなだれるサリディ。そんな自分の従者にエニーは微笑みながら首を振った。


「何を弱気な事を言っているんですか、サリーさん。私は、サリーさんがいつも傍にいてくれて心強いです。いざという時も頼りにしていますよ」


「……ありがたいお言葉。我輩のような者には勿体無い」


 エニーの言葉に目頭を熱くしたサリディは片羽で目元を覆う。


「かー! 泣かせる主従愛じゃねぇか!」


 突如背後から放たれた男の声に、エニーは驚き飛び上がった。つられて肩から跳ね上がったサリディが幹に直撃する。


「カ、カズンさん! 猫助さんも! どうしてここに?」


「おう、エニー。このままアンタらがトンズラすんじゃねぇかと心配になってな。急いで後を追ってきたんだが……いやー、いいもん見せてもらった。涙無しにゃあ見ていられねぇよ」


 サングラスを持ち上げ、目尻を押さえる素振りを見せるカズン。もちろん、涙など一粒たりとも出ていない。


「か、からかわないで下さいよ! それに私、約束はちゃんと守ります。逃げたりなんかしません!」


「まあまあ、そう怒らないでくれ、エニー君。この男はどうにも素直になれんだけだ。本当は、ただ君達が心配で付いてきたのだよ」


「うるせーよ。俺は報酬が心配なだけだ」


 カズンに睨みつけられた猫助。動じる様子もなく「ほらな」とエニーに言ってみせる。


「正直なところを言えば、私も心配だ。確かにエニー君は異界の門を封印できるかもしれないが、その道中ともなれば別の話」


「妖魔の類でも現れたら、お供がサリディだけってのは頼りないだろ?」


「それはサリーさんに失礼です! 妖魔が出た時だって、いつもサリーさんが私の事を守ってくれてきたんです! ねぇ、サリーさん! ……サリーさん?」


 当人に同意を求めようと肩を見たエニー。対するサリディは、シルクハットで頭をすっぽりと覆ったまま気絶していた。


「あわわ、サリーさーん!」


 慌てて介抱するエニー。そんな主従を眺めながらカズンが溜息をついた。


「言わんこっちゃない……」


「まあ、なんだ。我々もつい先日異界の門の脅威を目の当たりにしているし、それ自体は手に負えない事ぐらいはわきまえている。道中の露払い役と割り切って……」


 猫助は言い終わる前に言葉を止め、周囲を威嚇するように見回した。彼の三毛に覆われた肌が、自分達を獲物と定めたモノがいる事を感じ取ったのだ。


「……言ってるそばから、お客さんか」


 猫助に一瞬の遅れをとったが、カズンもまた周囲の異変に気付いて戦闘態勢に入る。


 周囲の木々の陰、風に揺れる草むらの奥、枝葉の隙間、姿こそ見せないがカズン達を見る視線が無数に存在する。もちろん、その視線に友好的なものは感じられない。良くて値踏みされているような、悪ければ明らかな敵視。


「エニー、件の小屋はもうすぐだ。囲みを破って一気に突っ切るぞ」


 言いながらカズンはコートから矢を取り出し、ボウガンにセット。隣の猫助も、毛を逆立てて周囲を窺っている。


「わ、わかりました。やってみます」


 気を失ったままのサリディを抱えてエニーが返す。その返事に頷いたカズンだったが、改めて周囲を見回すとその表情を曇らせた。


「とは言ったものの……なんか集まりが良くねぇか?」


「まあな。あいつらは群れるから」


 同意を求めて問いかけたカズンは、猫助の受け答えに眉を寄せる。


「なんだ、猫助の知ってる奴なのか。おまえの恋人か?」


「断じて違う。まあ、好きか嫌いかで問われれば、私は好きだが……」


 猫助は双眸を光らせ、藪に潜む敵を見据えた。


「それはあくまで、好感ではなく好物という話だ」


 その言葉を合図にしたのか、潜んでいたそれらが飛び掛ってきた。


 敵の姿を見た瞬間、カズンも猫助の言葉に合点がいった。カズンは小さく悲鳴を上げるエニーを庇うように立つと、手にしたボウガンを敵影に向けて構える。


「ハッ! 道理で、猫助が俺より早くこいつらの出現に反応したわけだ!」


 そう叫びながらボウガンを四連射。放たれた矢はどれも的確に敵影を撃ち抜いたが、飛び掛る敵の数が勝っている。次の矢を取り出すカズンの隣から猫助が飛び出し、その爪で残る敵影を引き裂いた。


「こいつらと私。どちらが捕食者なのか。わからせてやらんといかんな」


 猫助が亡骸と化した敵をちらりと見て呟く。


「鼠?」


 猫助同様、敵の姿を見たエニーが呟いた。その言葉に疑問符が付いたのも無理は無い。普通の鼠とは違い、人の頭ほどの大きさをしている。そして、死して尚赤黒く不気味に光る眼。


「……この鼠達も、門の影響を受けています」


「おおかた瓦礫の隙間を縫って進入したんだろな」


 足元の大鼠から飛び掛る敵影第二波へと視線を移し、再びボウガンを連射するカズン。その隣へと帰ってきた猫助がぼやく。


「やれやれ、異界の門感染者を作っておいて仮封印とはよく言ったものだ。事が知れたら謝礼返済を求められるんじゃないか、カズン?」


 その言葉にカズンは狼狽し、取り出した矢を落としそうになる。


「余計な心配してる暇があったらおまえも迎撃しろよ、鼠捕食者!」


「言われんでも一掃してやる。流れ矢を当ててくれるなよ、カズン!」


 言うが早いか、猫助はカズンの肩に飛び乗ると、大鼠の一団が潜む茂みへと大跳躍。甲高い悲鳴がいくつか聞こえたかと思った次の瞬間、漆黒の森の中に新たな獲物へ向かう三毛三色の軌跡が描かれる。


「ヨッシャ! 一点突破だ。走れ、エニー!」


「は、はい!」


 縦横無尽に暴れる猫助によって開いた包囲の穴。エニーは、カズンがボウガンで指し示したその道に向かって駆け出した。彼女の背中を守るようにカズンもまた走る。


 背後から追ってくる大鼠の集団に対し、ボウガンを掃射し牽制するカズン。彼の脳裏に一つの疑問と、その答えとなる仮説が浮かんでいた。


 浮かんだ疑問は大鼠の数。猫助が暴れ、自分もそれなりに仕留めている。それでも大鼠の気配は、減るどころか少しずつ増えている。仮に異界の門に感染して繁殖力が増したとしても、この増え方は尋常ではない。細胞分裂のようにして増えているなら、それこそ鼠算式に増えるのだろうが、戦闘開始してから今までその姿を目の当たりにしていない。そうでないというのならば……。


(大量に子を生む親鼠がいる……のか?)


 そして、親鼠がいるとしたら、そいつが今どこにいるのか。


「あれは!」


 エニーが声を上げて立ち止まる。


 その声にカズンの思考は仮説から現実へ、視線は後方の森から前方の開けた野原へと移る。


 到達した。異界の門を内に秘めた小屋が存在した場所だ。


 だが、カズンが異界の門を封じるべく崩した小屋は、もはや見る影も無くなっていた。小屋があったであろう地には根が張り巡らされ、それを土台とした幹が何本も伸びて葉を付けている。そして……。


「雌雄一対とは……随分と効率的なこった」


 カズンは樹木塊の上に居座るそれを見て呟いた。彼の立てた仮説の親鼠。いや、その姿は仮説を上回っている。


 その体は熊にも匹敵する程に大きく、目は子鼠と同様に赤黒く光っている。そして、その赤光は四つ。双頭双尾の大鼠は、一鳴きすると化け鼠を四、五匹産み落とした。


「あいつを仕留めない事には終わりが無いわけか」


 ひとしきり暴れて戻ってきた猫助。双頭の化け鼠を睨みつける猫助の息が荒い。これまでの運動量を示すかのように、彼の自慢の三毛の毛並みが、鼠達の返り血で赤く染まっていた。


「弱りましたね。簡単には異界の門へ近寄らせてもらえそうにない」


 親鼠を守るようにして群れる子鼠達を前に、思案するエニー。


 そんな彼女に抱かれていた鸚鵡サリディが、思い出したように羽をばたつかせた。


「う、うーむ。我輩はいったい、何を?」


 痛む頭を片羽で押さえながら、サリディはフラフラと身を起こす。


「サリーさん!」


「む、ようやく目覚めたか」


 サリディの回復に、喜びの声を上げるエニーと安堵する猫助。その横でカズンだけは苛立ちながら舌打ちした。


「つっても鸚鵡一匹増えたところで多勢に無勢は変わりねぇだろうが。ここは一時撤退して警備隊でも連れてこにゃあ、ちとキツイぜ」


 親鼠の号令を待つかのように、遠巻きにカズン達を見ている子鼠。親鼠の実力はわからないが、以前この場で戦った化け猫と同等とすれば、こちらは古代兵器の出番となるのだが……。


(カーニバル、予備弾無ぇんだよなぁ……)


 古代文明の遺産を改良したカズンのボウガン『カーニバル』は、矢も特注品。生憎、前回の化け猫戦で全弾使い果たしている。そうなるとボウガンと猫助の爪が主力になるが、熊並みの巨体を有する親鼠相手には決定打に欠ける。戦力は量、質ともに不利。


 カズンの言葉に対し、エニーは自信に満ちた顔で首を振った。


「大丈夫ですよ、カズンさん。サリーさんは強いんです」


「おい、エニー。戯言は場所選んで言えよな」


 目覚めてから今まで朦朧としていたサリディが、カズンの一言に反応してカッと目を見開いた。


「お嬢様に向かってなんという言い草だ、この下郎!」


 両翼を目一杯広げて威嚇の姿勢をとるサリディ。その勢いに思わずカズンが怯む。


「サ、サリーさん! 私のことはいいですから!」


「しかしですな、お嬢様」


 食い下がろうとするサリディの両頬を、エニーの両手が包み込む。


「いいんです! それよりサリーさん、早く戦闘装甲を展開してください!」


 そう言う主エニーの真剣な瞳に、従者サリディが逆らえる筈も無い。


「承知致しました、エニーお嬢様。カズン君、先程の暴言については、後でキッチリ話をつけさせていただく!」


「それより、おまえ。戦闘装甲って?」


 サリディの文句よりもエニーの言葉が気になったカズン。そんな彼に、エニーは「見ればわかりますよ」と微笑みかけた。




明日のうちに更新できそうにないので、1日フライング更新です。サリディがどうなってしまうのか……。それは、また再来週に。

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