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どうもあなたに助けてもらったフクロウです(フクロウだとは言っていない)

作者: ばけ

 

「どうも広瀬くん。私、先日助けてもらったフクロウなんですが恩返しにきました」


「え、知りませんお帰りください」


 即答して玄関を閉じようとしたが、自称・フクロウ女子がすかさず足をねじ込んできたことにより阻止される。


「待てやテメェ!! こんな美少女が男子垂涎のシチュエーションでやってきたんだぞ!!! もっとなんかあるだろ!!!!」


「いや、ヤクザみたいに扉に足挟んでくる美少女はちょっと」


「お前がおとなしく話聞いてりゃこんな事になってねーんだよ!! 痛い目に遭いたくなきゃとっとと家上げろ!!」


「やり口が完全にその筋の人じゃないですか」


 何をどうひっくり返しても垂涎にはなり得ないシチュエーションだった。

 まぁ休日で家族もみんな出かけている中、ただごろごろと不毛に時間を過ごしていた身である。こんなところでいつまでも状況を長引かせるよりはと、自称・フクロウを家に上げることにした。


「粗茶ですが」


「あ、えっと、お、おかまいなく」


 リビングのソファにちょこんと座った彼女にお茶を出すと、玄関口での剣幕はどこへやら、少し頬を赤らめつつ、もじもじと落ち着かない様子で髪をいじったり、スカートの裾を整えたりしている。


 そんな彼女と向かい合う位置にこちらも座り、自分用に入れたお茶に一度口を付けてから、「それで」と話を切り出した。


「ご用件は?」


「ふぇ!? あっ……いや、つまりだから、私は広瀬くんに助けてもらったフクロウでですね」


「まずフクロウを助けた記憶がないんですけど」


「ほら……あの、覚えてない? 去年の冬にさ、フクロウカフェ行ってたでしょ」


 流行ものが好きな友人の誘いで、フクロウカフェには確かに行った。まぁ自分はさほど興味がなかったから途中で帰ったのだが。


「そこで広瀬くんがおやつをあげたフクロウ……そう、それが私なのです!」


「しょっぼい恩ですね」


「やかましい!!!」


「ていうか同じクラスの袋田さんですよね」


「ちがうわたしふくろう」


「言い忘れてましたけど私服かわいいですね」


「……………ごぁ…………」


 言葉にも呻き声にもならない音を漏らしながら、両手で顔を押さえた彼女が身を小さくする。その動きに沿ってさらりと流れた髪の隙間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。


 そのまま沈黙が落ちた室内に、時間を刻む針の音だけが響くこと数秒。


 自分は今一度お茶を飲んで口の中を湿らせてから、ひとつ息をついた。

 それを溜息と捉えたのか、目の前の小さな肩がびくりと揺れるのを見てから、ゆっくりと口を開く。


「フクロウを助けた覚えはないですけど」


 去年の冬。

 あのカフェの前で。


「氷で滑って転んだ同級生の女の子を助けた記憶なら、あります」


 目の前で、それはもう盛大に転んでいた。

 パンツなど完全に丸見えだったがもうそんなものどうでもよくなるくらいの勢いで、その女の子は転んだ。思わず「10,0!」と叫びたくなるほどの芸術的な転倒だった。あの場で叫ばなかったのがもはや奇跡だ。


「まぁ助けたといっても、大したことはしてないんですけど」


 というかそれだけ見事に転べば当然のことながら結構大した怪我で、その場で自分に出来ることがほぼ無かったともいう。

 とりあえずハンカチで傷口を押さえてみたりはしたがその程度だ。あと救急車呼んだ。


「………………」


「………………」


「傷残りませんでした?」


「その節は大変お世話になりましたチクショウが!!!!!」


 さらに小さく縮こまった彼女が、羞恥で体を震わせつつも叫ぶ。


「ところで袋田さん」


「ちがう……わたしはふくろう……わたしはふくろう……無様にすっころんで後頭部五針ぬった女じゃない……そのときのはげだってもう消えたもん、ちがうもん……」


「そうですか」


 己に言い聞かせるようにぶつぶつと呟く彼女をよそに、自分はつい先ほど、彼女が来る直前まで手に持ってゴロゴロと転がっていたせいで、随分とよれてしまった小さな紙袋をソファの端から机の上に移動させた。


「ところで、これをどう思いますか」


「……ふぇ?」


 顔を上げた彼女が、涙目のままその紙袋を見る。

 そのまま何度かこちらの顔と紙袋を見比べたあと、そろりと手にとって中を開いた。


「あ、フクロウのぬいぐるみ……かわいい……」


 手のひらサイズのそれを手にとって、思わずといったように、ほわりと笑った彼女から視線を逸らす。


「それはとある人へのプレゼントなんですけど」


「え……。そ、そっか、うん……いいんじゃないの、これ可愛いし、喜ぶと思う……よ。だ、誰にあげんだか知らないけどさ……」


「フクロウが好きな女の子ですよ」


「おんなのこ……」


 そらした視線をちらりと戻せば、何やら重苦しいオーラを放って、絶望したように涙目で俯く自称フクロウがいた。

 自分はひとつ咳払いをする。


「そう、フクロウと触れ合えた嬉しさのあまりでしょうかね、店を出た直後、軽快なスキップをしようとして氷で滑って、世紀の大転倒を披露してくれた女の子です」


 かちりと、時計の針が進む音が聞こえた。


「ご存じの通りフクロウが大好きらしいので、そのプレゼントで釣って告白でもしようかなと思いつつも、直前で怖じ気付いて自宅で転がり回っていた次第なんですが」


 それこそフクロウのように目を丸くした彼女が、はく、と言葉もなく空気をはんだのを見て、肩をすくめる。


「まぁでもあなたはフクロウだそうなので関係ない話ですね」


「どうも無様にすっころんで後頭部五針ぬった袋田です!!! ハゲもまだあります!!!!」


「え、あるんですか」


「髪上げてよーく見るとちょっと……じゃなくて!! おい広瀬いまの! まじか!!!」


「何がですかフクロウさん」


「袋田だっつってんだろ!!!」


 色んな意味で顔を赤くしながら詰め寄ってくる彼女。

 その腕に大事そうに抱えられているフクロウのぬいぐるみのつぶらな瞳には、彼女と同じくらい真っ赤に染まった、自分の顔が映っていた。



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