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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 1 : Мисс фэа дюзнэсн виротон вотюн !
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#4 Тлэст сналу 《曖昧な理由》


「シェオタル語の表記体系がキリル文字で、英語を書き表すのがラテン文字だ。」

「えー?でも、ローマ字も正しい名前じゃないの?ろーまん・あるふぁべっとって言うし……」

「その名前じゃ、極東語の転写と紛らわしいだろ。」


 三良坂はなにか釈然としない様子だった。これ以上この話題を続けても多分彼女は理解できないだろう。


「そもそも、お前は何年生なんだ?」

「高校二年だよ、でもなんで?」

「いや、その貧相な体付きだったらきっと一年の後輩だろうなと。同学年とは。」


 頭からつま先まで、人差し指で三良坂を指し示す。すると、彼女は何を思ったのか両腕で胸元を隠すように覆った。顔は赤面していて、こちらを直視できないようであった。


「ボクのはこれから育つの!」


 そんなこんなで、車椅子を持ってきたクリャラフが廊下の先に見えた。クリャラフは赤面する三良坂を不思議そうに一瞥したが、普段の彼女に似合わず三良坂に何一つ質問することはなかった。

 三良坂と先生の介抱を断って、自分の力で車椅子に乗る。みっともない姿を見せていると思ったが、彼女たち二人は怪我人に優しかった。俺がやっと車椅子に乗れると、三良坂が車椅子のハンドルを持った。


「これくらい俺一人で動かせるから。」


 車輪の横のハンドルに手を掛けて、車椅子を前進させようとする。だが、俺の予想と反して車椅子は45度回転して止まった。三良坂もその様子を見ていたクリャラフも一緒になって笑っていた。


「ふふふ、大人しく三良坂に連れて行ってもらうんじゃな。ヴェル。」

「中途欠席の票、書くの面倒だから先生が連れて行ってくれ。」

「すまんがそれは無理なお願いじゃな、わらわはこれから教員会議があるのじゃ。」

「……精々、議題が机の上のフィギュアの撤去じゃないことを祈ってるよ」


 クリャラフは俺の皮肉など気にも止めない様子でいたずらっ子の憎たらしい笑顔で手を振って去っていった。それもスキップで、中身はいい年した大人の教師がスキップで。

 結局俺は三良坂に連れて行かれることになった。


「ねえ、私もヴェル君って呼んでいい?」

「それだけは止めてくれ。」

「なんでさ?」


 三良坂は自分を車椅子で運びながら、俺に問いかけていた。表情は見えていなかったが、不満そうに唸る声が聞こえる。車椅子の車輪が廊下の上を走るのを止めた。


「先生もそう呼んでたけど?」

「先生は……しょうがないけど、その呼び方では本当に呼ばれたくないんだ。それ以外なら自由に呼んでくれればいい。」

「……分かった、じゃあゴスロリのじゃ先生と癒着するラテン文字マンで。」

「なんでだよ!?っててて……」


 ツッコミがてら体を振り向かせようと力を入れた足首が痛む。三良坂はそうな俺を見ながら、心配そうに眉を下げた。

 そりゃ確かにさっきラテン文字の話をしたが、それにしても安直過ぎるだろ。


「普通にクラン君って良いんだよね?」

「そう呼びたければそう呼べばいい。」


 一々話し方に棘が出てしまうのは、三良坂の姿に姉の姿が見えてしまうからだった。彼女自身はそれほど気にしていないようだが、自分にしてみればあまり顔を合わせたくはない存在だった。


 保健室の先生が手当てを始める。痛む足首にそっと湿布を貼ると、備え付けのシンクで手を洗う。三良坂の心配そうな顔がずっとこちらを見ていた。いつの間にかその両手には購買に売っているメロンパンがあった。個数限定で入手困難で有名なものを二つも。


「はい、とりあえず手当は終わりだ。終日安静にしろ、クラン。」

「ありがとうございます。」


 保健室の先生は手当は丁寧だったが、態度はどことなく不器用だった。悪意があるわけじゃないが、人とあまり上手く話せないのだろう。自分と似たような感じを覚えて、この人と話す時は何かと安心した。

 保健室の先生はどうやら教員会議に呼ばれているようで、俺が動いて帰れるように松葉杖を置いて、自分たちを保健室に残して行ってしまった。


「このメロンパンあげる。」


 三良坂は満面の笑みで手元にある二つのメロンパンを両手とも差し出した。


「ありがとう。」


 右手のメロンパンを受け取る。だが、彼女は左手を振れて、取ってとばかりにアピールする。


「こっちもキミにあげるよ。」

「お前の昼飯はどうするんだよ。」

「これで十分だよ。」


 バッグから取り出したのはミューズリーバーだった。パッケージには「ハンメルブルク エクストラミューズリーバー」と文字がある。チョコレートコーティングされたミューズリーバーのようだった。包みを切って、かぶりつくと彼女は非常に幸せそうな顔になった。

 差し出されたままの左手を見ながら、俺はため息をついて一応メロンパンを受け取っておいた。ビニールの包装を破いてかぶりつく。


「……どうでもいいけど、三良坂はなんで転校することになったんだ?」

「転校の理由……そうだなあ……」


 三良坂はこちらから視線を外して、日の差し込む窓の方に遠くを見るように目を向けた。


「瀬小樽に興味があったからかも。」

「かも……?」


 彼女はまたミューズリーバーにかぶりついた。それ以上転校してきた理由を言うつもりは無いように見えた。


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