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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 4 : Дэлю харме зэност лкурфтлэсс ?
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#33 Етесто 《契り》


 駆け足で降りていくと、玄関には買い物袋を両手に持った三良坂の姿がそこにあった。三良坂は俺の姿を見た瞬間、居心地悪そうに顔をそらした。らしくもなく、ため息までついていた。


「三良坂、まず最初に謝らせてくれ。」


 三良坂は全く何も答えず、居心地悪そうに身動ぎするだけだった。全く聞いていないという様子でもなく、逃げ出そうともしなかった。


「俺は本当にお前のことをなんにも知らなかった。何も知らない上、勢いに任せて酷いことを言ってしまった。」

「……ボクも。」

「え?」


 良く聞こえなかったが、三良坂は何かぼそっと言っていた。彼女の顔は、完全に赤く染まっていた。彼女は顔を上げて、しっかりと俺の顔を見た。


「ボクも、家とか研究ノートとか全部燃えちゃって混乱してる時に、色々勝手なこと言っちゃってごめん。」

「……あぁ。」


 どうやら三良坂も自分が悪いと思っていたようだ。お互いに謝ってしまって、気まずいままの雰囲気で口をつぐんだままだった。俺は話を進めようと思い立って、すぐにリビングに戻って置いてきたバッグからクリアファイルを取り出して三良坂の前にまで持ってきた。


「これは……?」

「研究ノートの一つが燃え残っていたらしい。中にある論文に書いてあった共同研究者の瀬戸川という研究者はまだ瀬大に居るらしいから、彼から話を聞けるかもしれないんだ。誰が俺の家を燃やしたのかとか、砂像はブラーイェなのかとかな。」


 三良坂は俺の言葉に目を見開いて、顔面たっぷりの希望を表情に表した。こちらに身を乗り出すようにして近づいてきた。


「つまり、あのブラーイェの止め方を一緒に探してくれるの!?」

「ま、まあ、そういうことになる。」


 落ち込んでいた三良坂からの瞬間火力に少し押され気味になるも、しっかりと答える。今、極東で暴れている砂像がブラーイェなのかどうかは分らない。だが、そんな野暮なことをわざわざ言う必要はないだろう。

 肯定の言葉は、三良坂を更に喜ばせたのだろう。彼女は買い物袋をその場に落として、抱きついてきた。いい匂いがする。抱きついてくる全身が柔らかかった。小さい頭が俺の胸に収まっている。彼女の全てが愛らしく感じた。


「お前の父親から過去を聞いた。お前は……皆が幸せになるように考えていたんだよな。シェオタル人も、極東人も関係なく幸せに、自分自身であれる社会を作りたかったんだよな。」


 胸元にある可愛らしいツインテールの頭は答えなかった。アホ毛が右肩を包み込むように動いた。良く考えれば不思議な事もその時はすんなりと受け入れることが出来た。

 三良坂の頭は震えていた。小さい泣き声が聞こえてくる。涙が床に落ちる音が聞こえた。しがみつく彼女の手は更に強く俺の服を掴んでいた。


「俺は一人では何も出来なかった。でも、お前が居てくれるなら、苦しさも楽しさも共有してどこまでも先に進めると思うんだ。」


 彼女の頭を撫でる。彼女は、自分と同じだった。社会を変えようとして、失敗してきた人間だ。だが、ここに来て決意ははっきりした。もう揺らぐことはない。


「俺と一緒についてきてくれるか?」


 その瞬間、唇になにか温かいものを感じた。三良坂の顔が目の前にあった。幸せそうな顔で、頬に涙の筋を残していた彼女は目を瞑ったまま、唇を合わせていた。頭が真っ白になって、身動きできなくなる。数秒が数分に感じた。彼女が唇を離すと俺はすぐに我に戻った。顔が熱い。きっと、外から見れば真っ赤な顔になっていることだろう。だが、三良坂もそれは変わらなかった。


「お前……」

「クラン君となら何処までもついていくっていう契りだよ。」


 三良坂の顔もトマトのように真っ赤になっていた。声も震えている。だが、心なしかその顔は嬉しさで満ちているように見えた。俺が、『似た者』が隣りにいてくれるのがそれだけ三良坂にとって嬉しいことなのだろう。 そして、俺達が二人で未来を作る。誰もが幸せになれる社会を必ず。


「ありがとう、三良坂。」


 俺は感謝を表したつもりだったが、三良坂は首を横に振った。俺が意味を掴みそこねていると、彼女は俺の胸元に手を当てて目を瞑った。


理沙(Лиса)って呼んで、それが私の使命で、存在意義で、名前だから。」


 その時、俺は全てを理解した。いや、最初から理解してしかるべきであった。彼女の名前「リサ」は極東語の名前「理沙」とシェオタル語の名前「Лиса」を掛けているのだ。母親と父親が意図してつけた名前なのだろう。極東とシェオタルを繋ぐという使命が、彼女の名前にすら重くのしかかっている。しかし、彼女は逃げなかった。無力でも真っ向から立ち向かって行く。それが、三良坂理沙という存在だ。

 いつから彼女を大切な人だと思っていたのだろう。もう思い出すことはできない。だが、それほど彼女は自分にとって欠かせない存在に成ってしまっていた。否と答えることはあり得なかった。


「ああ、理沙。世界を変えよう。」


 心の中に強い決意が響き渡る。稲妻のように体中を走り回る意思の刺激が、体を震わせていた。心地よい高揚感が心の中にあった。まるで頭の中から靄が取り払われたような感じだった。




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