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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 3 : Фазил элм
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#27 Саланил лэр 《墓地より》


 三良坂のことを考えて、病院から出るとすぐに彼女とは分かれた。事態を受け入れるのには双方時間が必要だったからだ。学校には休むといったからこれから学校にいくのもおかしい。しかし、家で過ごすのも気が向かなかった。だからこそ、姉に会いに行こうと思った。

 家の近くに立てられた集団墓地。小学生たちには幽霊が出ると噂の場所だ。自転車を入り口の近くに止めて、ゆっくりと足を進める。


 極東式の墓がここには数百もある。全てシェオタル人の墓だ。大戦争のときに死んだシェオタル人は政府が極東の方法で墓を作っていた。だが、そんな死人を弔う極東人、シェオタル人は後先にも現れなかった。シェオタル人に偏見を持つ極東人の宗教家たちは彼らを弔うのを拒否し、シェオタル人は当時生きるので精一杯だった。だからこそ、この大量の墓を顧みる地域住民は少ない。墓石は汚れるままに、小学生達の夜の肝試し場と化していた。

 その一角には墓石が綺麗なまま残っていて、献花がされている墓があった。死んだ姉の墓だ。


 入り口から入って一直線にそこに向かおうとしたところ、既に先客が居たようだった。人影は小学生にも見えたが、その服装と目と髪が見えた途端に誰かは分かった。


「先生、学校はどうしたんだよ。」

「おぬしこそ、体調不良で休みじゃなかったかの?」


 ばつが悪くて目を逸らすと、クリャラフはいたずらっぽく笑った。その様子を見て、少し安心する。どうやら、怒っては居ないようだ。ただ、驚きは彼女が学校に居ないことにとどまらなかった。彼女とここであったことは一度もない。毎週、姉の墓を尋ねる俺が今まで見たことがないのに彼女が居ることは驚きだった。


「先生の大切な人もここに居るのか?」

「まあ、そうじゃの。ここに居るざっと三十人くらいはわらわが殺した。」

「そう……か。」


 クリャラフの表情は変わらなかった。いつものようないたずらっぽさも感動したときの血色の良い微笑みもそこにはない。ただ、並ぶ墓石を何も思わないかのような表情で見ていた。

 彼女は過去、生き抜くために極東軍に協力して村の男の位置を教えた。それで多くの人間が死んだのだろう。彼女は罪の意識に駆られてここに来ているのかもしれない。


「忙しくて毎日は来れないのか?」


 クリャラフは俺の質問を聞いて、こちらを向いた。シェオタル人らしい白い肌が人工的なモノクロトーンの服と対称的に映った。


「普通は夜に来るのじゃが、今日はおぬしたちが居なくて暇で学校を出てきたのじゃ。」

「そりゃ、珍しいな。明日には空からきりんでも降ってくるだろう。」


 俺の冗談にクリャラフは無言で答えた。彼女はただただ、大量の墓を前に立ち尽くしていた。何を考えているのか。その表情からは何も読み取れなかった。しかし、そんなクラリャフが今の気持ちを話すのに最適な相手だと思った。そんな彼女に何故か安心できた。


「先生、俺は迷ってるんだ。」


 クラリャフは瞑目する。一応話を聞いているというサインなのだろう。そんな少しのサインでも、俺の心の中には重大な信頼の確証を生んでいた。


「大切なものが二つあって、どちらかを選ばなきゃいけなくて。でも、どっちも同じくらい大切なもので。捨てきれなかったら、どうすればいいんだろう。」


 風が吹く。クリャラフの長い髪が風に舞っていた。黒髪と一房の銀髪が髪の先で絡み合って、風が止むとまた元通りに戻っていった。そんな物音と自分の声以外に何も聞こえなかった。死者も押し黙って聞いている用に感じた。

 クリャラフはゆっくりと目を開いて、こちらに体を向けた。その眼差しは何かを見通すようで、少し怖く感じた。だが、向き合う必要もあるように思えて、俺はクリャラフから目を背けなかった。


「……人間は二つの手で、その手に収まるものを持つことが出来る。じゃが、両手でものを持とうとすればもっと大きいものが持てるのじゃ。その質問はおぬしがどっちを選ぶかでしかないのじゃ。」

「どちらかを選ばければならないという状況は無いっていうことか?」


 クリャラフは頷く。


「ただ、優柔不断に選ぶものは手のひらに収まりきらない砂金を落としていく。両手で一つのものを選んだほうがいい場合もあるのじゃ。」


 彼女は両手で腹の前に手で器を作る。それは話の比喩のようだった。


「……哲学的だな。」

「おぬしの質問が曖昧過ぎるんじゃよ。」


 クリャラフは懐かしそうに微笑む。俺を見るその表情からは遅刻や欠席を咎める先生の面影は全く見えなかった。彼女と見知ってから二年しか経っていないとしても、彼女は自分の家族と同等の存在だった。三良坂が来てから色々なことが変わって、彼女の存在も今薄れようとしている。


「先生。」

「……なんじゃ?」


 クリャラフは俺の声色から、恐れを読み取ったのか優しく微笑みながら答えた。


「先生は俺の味方で居てくれるよな?」

「……そうじゃな。」


 クリャラフはそう短くしか答えなかった。俺はその答えに頷いて墓を後にする。冷たい風がまた俺の髪を荒らげさせた。

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