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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 3 : Фазил элм
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#24 Нуснэво 《排出》


「にしても、デッカイな」


 相棒の警官が言った。巨大な砂像のために周りの住民は避難させられた。砂像はいきなり瀬小樽県との県境に現れた。このために警官たちは緊急警戒のために輪番で砂像を見守っていた。

 いつ、誰が、何のためにこのバカでかい砂像を用意したのかはよくわかっていない。テレビのワイドショーに出てきた胡散臭い大学教授が言うには砂像は計算上では自重で崩れるらしかった。軍や国防省も巨大な砂像の崩壊を危惧して、住民の避難をさせたというわけである。


「なんか動いていないか、あれ?」


 軋むような音が聞こえる。見上げると、砂像の撤去作業を進めるために設置された足場と砂像の固定具が震えていた。相棒は細い目でそれを見上げていた。街灯の光が乏しい道に立つ巨大な砂像に、腰から懐中電灯を取り出して足元の辺りに異常がないか確認した。砂埃が舞っていた。


「風かなんかで揺れてんだろ?そろそろ倒壊するんじゃないか?」

「本部に伝えるべきだろ。」


 相棒が肩にある無線機を取って、本部を呼び出そうとする。電源を入れた瞬間、流れるホワイトノイズに安心を覚える。しかし、そのホワイトノイズは頭の上から鳴り響く轟音に掻き消された。その空気の振動に顔をあげると戦闘機が二機低空を翔けていった。相棒はそれを見て、目を見開いて驚いていた。彼は空軍マニアだった。その機体は相当珍しいのだろう。


「す、Su-57じゃないか。」

「何であんな低空を飛んでんだ、空軍の馬鹿は訓練のついでに観光もするのか?」


 俺の冗談に相棒は答えなかった。その無言が気になって、彼の方を向く。彼は砂像を異様な目で見つめていた。視線の先、砂像の固定具と足場は更に大きく軋んだ音を立てていた。足元の砂埃は濃くなる一方だった。その中に一人の人影が見えた。銀髪のポニーテール、蒼く透き通った宝石のような瞳、白い雪のような肌、瀬小樽人特有の身体的特徴を感じさせる。彼女は砂像を見上げていた。

 相棒は市民がまだ居たということに驚いた表情だった。


「おい、何をしている!倒壊の危険性があるんだぞ!すぐに逃げろ!」


 相棒が叫んでも、その瀬小樽人は気だるそうな目でこちらを振り返って見るだけだった。固定具の軋む音がどんどん大きくなっていく、頭上を翔ける二機の鉄の鳥の羽音も頭が痛くなるほどにうるさかった。

 そんな中、後ろから迷彩服の男たちが何人も現れた。統率の取られた動きで展開し、小銃を砂像に向ける。そのうちの一人が、俺と相棒を車の陰に引っ張った。


「撤退しろ、これからは国防省と陸空軍が後を取り持つ。」

「ど、どういう風の吹き回しですか?」

「時間が無いんだ、あれは倒壊ではなく――」


 小銃を持った軍人が説明を終える前に、何か大きな音が聞こえた。振り向くと砂像の固定具がコンクリートの家屋に刺さっていた。砂像はその手足を動かして、固定具と足場を破壊していた。まるで生きているかのように自由に動き始めた。


「なんだ……ありゃ……」

「第一から第六、巨大砂像、移動中、連射、撃て。」


 軍人の無線機からか、指示が送られてくる。迷彩服の軍人たちは砂像に鉛玉を撃ち込んだ。機関銃の連射音が、弾丸が空気を切り裂く音が聞こえる。幾つもの薬莢が地面に排出されてゆく。それでも砂像の足元には一線のかすり傷程度の傷しか付かなかった。そのうえ、傷は瞬時になめらかな表面へと回復していった。まるで映画に出てくる怪物のようであった。

 回復した瞬間、砂像は崩れた固定具から三本鉄パイプを抜き取って右から左へと振った。一本目鉄パイプは目にも留まらぬ速さで、アスファルトの地面に突き刺さる。二本目は展開していた歩兵を何人もなぎ倒した。三本目は近くのコンビニに突き刺さった。瞬間、電気がショートする音と共に何かに引火して爆発した。


「無理だ、あんな大きいの勝ち目がない。」


 相棒が顔を歪ませて、首を振る。自分たちの他に生き残っているものが少なすぎた。

 この現場の全ての人間の心に満ちていたのは、未知の存在に対する恐怖だった。ただの物であると考えていた存在が、いきなり敵意を剥き出しにして攻撃してきたのだから、反応することが出来なかった。

 次の瞬間、踏み出した砂像の足は目の前の工場を破壊し、爆発させた。強烈な爆風に投げられ、飛ばされてきた瓦礫で何人もの兵士たちが行動不能になって地面でうめいていた。俺と相棒だけは車の陰で爆風と瓦礫から逃れることが出来た。あの爆発では足元近くに居た瀬小樽人も生き延びては居ないだろう。


 燃え盛る工場、地面でうめく兵士たち、破壊された固定具と足場。砂像は更に足を進め、先へと向かっていた。二つの手は手当たり次第に街を破壊し、構造物を投げ飛ばしていた。そのフィクションのような状況が自分には全く飲み込めなかった。パニックで体は動かない。無線機を取る気力すらも完全に削がれていた。


 その日は、極東の全国民の記憶に残る日となった。砂像は極東の中心部へとゆっくりと移動を始め、死者は数百人レベルをとうに超えていた。その破壊と殺戮には極東軍も警察も、もちろん市民も歯が立たず、ただ逃げ続けるだけであった。


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