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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 3 : Фазил элм
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#23 Ла мистулэт 《風化》


 放課後、もはや教室から部室へと向かうことは日常のルーチンとなっていた。だが、そうやって出来た活動の場所が壊されようとしているのが現状であった。

 授業の合間の休み時間は知事の銃撃の話で持ちっきりであった。海外のテロリストだの工作員が極東に入り込んでいるだとか、そんな空想を聞くたびに頭が痛くなった。話を聞く辺り、知事は銃撃されたが死に至らなかったらしい。今では何処かの大学病院で集中治療室に入っているらしい。この状況をどう伝えれば良いのだろうか。


「三良坂……」


 弱々しい声で部室のドアを開けるとそこには彼女が座っていた。相変わらず朝と同じようにサルニャフに絵本を見せて、基礎的な単語を学んでいるらしかった。

 彼女はこちらを向いて怪訝そうに眉を上げた。


「どうしたの、そんな顔して……」

「クリャラフ先生がこの部の活動をやめるって。」


 三良坂は目を見開いて驚いていた。向かい合わせのサルニャフは気恥ずかしそうに俺と三良坂の会話を独特な微笑みと共に聞いていた。彼は目の前で極東語が話されているといつもその顔をしていた。


「やっぱり、知事が撃たれたから心配になったのかなあ。」

「まあ、大体はそんなところだろう。」


 どうやら三良坂はこのニュースを既に知っていたらしい。頭を傾げながら、何か考える表情で唸っていた。

 クリャラフの発言には怪しげなところもあったが、本題とはあまり関係ない。彼女の願いは俺たちが無事で居ることだ。無理をしないという約束をした後も彼女は俺たちのことを心配していた。そういう時に起こったのが知事の銃撃だったのだから、彼女も意を決したのだろう。俺でも彼女の立場ならそう言っていたはずだ。


「私達のところにも殺し屋が来たりするのかなあ。」

「何で俺らが殺されなきゃいけないんだよ。ただ、文化と言語の存在を広めようとしただけだろ?」


 三良坂に向かって反論するも、それは無意味な反論だった。彼女も俺に言い返すことが無意味だと理解していたのか、らしくもないため息とともに頭を振った。

 こんなことを話していても意味がないことは分かっていた。だが、危険が迫っているからといって活動を止めるのはただの馬鹿だ。どうにかして極東政府の魔の手を止める必要がある。そんな事を考えていたが、サルニャフは意味の理解できない話を聞くのに飽きたのかテレビのリモコンを取って電源を入れた。村には無いはずのテレビもクリャラフに教わったのか既に操作はお手の物という感じになっていた。


Ла лэш(あれは)......」


 テレビに映し出されたのは巨大な砂像のようなものであった。高層ビルほどの高さの茶色の砂像であった。クリャラフはそれを見て、瘧に掛かったように体を震わせた。村にSFXなどあるまい、本当のことが映し出されていると思っていたのだろう。右上には『一夜にして!?瀬小樽県境に謎の砂像が出現』と書いてあった。くだらないワイドショー番組の捏造かと思ったが、どうやら本当らしい。

 画面は移り変わり、司会がパカなキャラの芸能人にどう思うかと質問して、瀬小樽の知事が襲われたのと関連があるんじゃないかと答えて笑いものにされていた。確かにそんな陰謀論的な話があるわけがない。だが、俺は暗殺されかけた者をネタにするその出演者たちのセンスについて行けなかった。

 ため息をついて三良坂との話に戻ろうとしたところ、サルニャフは焦った様子でこちらに顔を向けてきた。


Насэ(すまない), кланасти(クラン). Дэлю ми(俺は村に) доснуд(帰らなくては) |бэррагарда'л《ならなくなった》.」

「は、はぁ……」


 いきなりの帰りの挨拶に驚いて極東語で返答してしまう。確かに彼は村の有力者で、本当であればすぐに戻らなければ行けないところを彼が都会の観光を楽しく思ったがためにまだここに居た。部室への食材供給もいつまでも出来るわけではない。部費は創設時点から彼の食う寝るところの確保で大分減っている。この上、活動の先が危ぶまれる現状で部費をせがみ続けるのにも無理があった。

 すぐに荷物をまとめはじめるサルニャフをじっと見つめていたのは三良坂だった。彼女はずっとサルニャフからシェオタル語を教えてもらっていた。その目は名残惜しそうにサルニャフを見ていた。


「ジャア、マタネ」

「うん、また村に遊びに行くよ!」


 サルニャフのたどたどしい極東語に三良坂はとても嬉しそうに答えた。

 サルニャフにとってはシェオタル語を学んでくれたお礼の裏返しなのだろう。彼が背負う荷物の中にはたっぷりとクリャラフが好きそうなアニメのグッズが詰まっていた。そんな背を見送る三良坂は寂しそうだった。彼女も高校生である。彼がどのような立ち位置の人間であるかは理解しているはずである。

 サルニャフはそそくさと何かに追われるようにして部室から出ていった。彼が出ていった部室は完全に静寂に包まれていた。


「今日は……帰るか。」


 三良坂もその言葉に静かに頷く。彼がいきなり去ってしまった喪失感のなかで郷土文化部のこの先の活動の話などしたくなかった。俺と三良坂は静かにお互いの荷物をまとめはじめた。


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