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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 3 : Фазил элм
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#22 Ла нотул 《訝しい》


 朝一番にあまり話したことのないクラスメイトから告げられたことはクリャラフが血眼でお前を呼び出していたぞ、ということであった。せっかくの朝休みに部活をさせないで自分のところに呼び出す顧問も珍しい。文化祭の直後で、活動がダレそうな時期だというのに。

 教員室に向かう間に部室に寄る。三良坂は早くから部室に居るために行けば会えるのが定番だった。そんな調子で戸を開ける。


「おはよう、三良坂。申し訳ないんだけど、先生に呼び出されて教員室に行かなきゃいけな……何やってんだ?」


 ミューズリーバーをくわえた顔ふたつがこちらを向く。三良坂ともうひとりは村に帰ったはずのサルニャフだった。二人共アンニュイな表情で示し合わせたかのようなタイミングで同時にこちらを向いた。というか、サルニャフの適応力が高すぎやしないだろうか。


絵本で(えふぉんうぇ)シェオタル語を(へおあうおお)教えて(おひええ)もらってたんだ(おあっえあっあ)!」

「くわえながら喋るな。何で、サルニャフさんがまだいるんだよ。」


 三良坂はミューズリーバーをかじって飲み込んだ。


「先生が言ってたけど、都市が楽しかったからもうちょっと観光してから帰るんだってさ。」

「楽しかったって……」


 そんな適当でいいんだろうか。まあ確かにあの村でシェオタルの伝統的な生活を続けていたら、この都会に来て見るものは全て珍しいものだろう。だが、村の有力者ということで彼は必要とされているはずだ。そそくさと村に帰ってしまうんだとてっきり思っていた。残るほどの余裕があるということなんだろうか、さっぱり分らない。


「それで、先生のところにいくんだって?」


 三良坂は椅子に背を預けて、こちらを向いて問う。


「そうだ、だから多分戻ってくるときには朝休み終わってるかもな。」

「ふーん、そっか。サルニャフさん、極東語分からないから言ってることも良く分からないんだよね。まあ、昔読んだ小説のおかげである程度分かったけど!」

「シェオタル語を取り上げた小説なんかあったのか。」


 シェオタル文化や言語を取り上げる小説や音楽があったとしても今じゃ時代遅れで確実に売れないだろう。存在自体が疑わしい。そんな考えを肯定するように、三良坂は首を振った。


「主人公が異世界に行って言葉を覚えていくんだけど、言語学を知ってるからどんどん解読していっちゃうっていう小説だよ。」

「……そうか、そりゃ面白そうだな。」


 うん、それ俺も読んだことあるやつだわ――とは何故か言いがたかった。散々バカにしたことに心の中で許しを請いながら三良坂とサルニャフに別れを告げた。そうして足早に部室を去る。


 教員室前は人だかりになっていた。メモパッドを片手にスマートフォンで何処かに連絡をとっている記者やカメラマンが押しかけていた。もうとっくに文化祭は終わったというのにこの人達は何をやっているのだろうかと思っていると、誰かが教室の中に自分を強引にひっぱり入れた。

 何が起きたのかと辺りを見渡していると目の前にはクリャラフが居た。


「何だよ、あの人だかり、後後後夜祭の取材か?」

「そんなアニメ映画の主題歌みたいのは高校にはないのじゃ。それよりも――」


 クリャラフは戸の隙間から報道陣の様子を見ながら、顔をしかめる。非常に面倒なことが起こっていると言わんばかりの表情であった。


「知事が何者かに撃たれたらしいのじゃ。事実関係を教員に問い詰めようと報道陣が押しかけている。わらわも必死に逃げてきたのじゃぞ。」

「知事が……撃たれた!?」


 びっくりして大声を出してしまうと、クリャラフは口元を押さえ付けてきた。戸の隙間から、報道陣の姿が見える。皆、声に気づいて辺りを見渡していた。しかし、気のせいだと思ったのか教員室の監視に戻っていった。

 俺はクリャラフの手を押しのけた。


「何故、一体誰が。」

「分からん、分からんがこの流れでいうと極東本土政府の息の掛かった人間じゃろう。記者がこぞって学校に来ているのを見ると、警察や県、市も一向に口を開かないみたいじゃな。」

「それはつまり……」


 知事はシェオタル語の復興に手を貸そうとして、極東政府に暗殺されたということになる。警察や県、市に箝口令が敷かれているのは政府が情報を踏み潰すためだろう。面倒なことになった。


「ヴェル、頼むからもう活動は止めるのじゃ。これ以上は本当に危ない。言語政策に手を入れようとした人物が暗殺されているのじゃぞ。」

「何言ってるんだ、今更止められ――待て、知事が言語政策を推進すると言ったことを何故知ってるんだ?」


 長い髪、黒髪に混ざる一房の銀髪は暗がりの教室では光沢を帯びていなかった。彼女は俺の問を聞いて蒼い宝石のような目を瞬いてから、目線をそらして瞑目した。


「それは……三良坂から聞いたんじゃ。」

「先生。」


 流石に怪しすぎると思った。彼女は二回も知らないことを知っているように話している。

 念を押した呼びかけに、彼女はわなないた。


「何か俺に隠してないか。」

「ふっ、何も隠してなどおらぬ。ともかく、部活ごっこは終わりじゃ。過活動を続ければ、自分たちだけでなく他の人間の命まで危険に晒すのじゃからな。」


 わざとらしい作り笑いが更に怪しさを増幅していた。クリャラフは慌てた様子で、教室から出ていく。止めようとしたが遅かった。彼女は記者に囲まれて質問攻めにされていた。俺はしばらく、ドアの隙間から彼女が慌てふためく様子を見てから、考えすぎだと感じて教室に戻ることにした。


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