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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 2 : Д'лирзэс, ла малфарно
19/41

#18 Квунэргэл 《知り方》


 文化祭まで残り二日となった。今日と明日は、各自の設営のために全日授業がなくなる。郷土文化部はクリャラフの手回しで部室より大きい教室を文化祭用に手配することができた。三良坂は少しづつその教室に飾りを付けていっていた。おかげで教室は花畑が徐々に花を開いていくように綺麗に装飾されていった。その前を通る生徒たちの目を引いていたのは間違いない。人が多く来るのも間違いないだろう。

 教室の前で飾りを見上げながら、


「ヴェル……?」


 まるで白昼夢から覚めたかのようにはっとして声を掛けられたほうを向く。そこにはクリャラフが居た。現実から解離しているような気がして、頭を振った。


「動画の作成は進んでいるか、先生。」

「大体は聞き取りは終わったから、後は動画を作成するだけじゃな」


 クリャラフの右手には灰色のプラスチックケースに入ったCDが握られていた。彼女はそれを振ってみせた。残り三日で動画ができるのか心配になってきたが彼女には信頼がある。


「まあ任せておくのじゃ、シェオタル語も極東語もよく分かる者がやったほうがいいじゃろ?」

「まあ、そうかもしれないな。」


 クリャラフは飾られたドアを開けて、教室の中へと入っていた。暗い教室の中は机と椅子が整理されて、プロジェクターと投射幕が設置されていた。彼女は自慢げに胸を張っていた。自分も彼女の背を追って中に入っていく。自分たち以外誰も居ない飾られた教室は文化祭の前だと言うのにも関わらず祭りが過ぎ去ったかのような寂しさを感じた。

 久しぶりに自分とクリャラフで二人っきりになった気がする。三良坂と会って、交友関係が広がっていく前は学校には彼女以外気を許して話せる人間はいなかった。三良坂に振り回されるようになってから、クリャラフとゆっくり話すことが無くなった気がする。


「言葉を守ろうというその第一歩を踏み出すんじゃな。」


 クリャラフは閉じた窓の棧に寄っかかっていた。目を細めて傾いた陽光が照らす学校の裏を見つめていた。そのセンチメンタルな空気には何か懐かしいものを感じる。


「知事が来るのは想定外だったけどな、極東全国にシェオタルがここに存在するということを知らせることができれば、シェオタルの言語や文化に興味を持ってくれる人も現れる。」

「文化祭の後はどうするのじゃ?」

「文化祭の後……」


 クリャラフに問われて急に答えることが出来なくなった。今まで極東に虐げられてきたシェオタルの言語と文化を大衆に知らせて、シェオタル語を復活させるにはその先にどうすべきなのか。全く答えられなかった。窓から差し込む陽光はクリャラフの一房の銀髪を撫でて、オレンジ色の色彩を淡く帯びていた。


「シェオタル語を復活させるには多少手荒な方法が必要じゃ。知らせて、それで終わりでは全てはもとに戻る。」

「戦いは繰り返さない。三良坂もそう望んでいる――」

「極東人が戦ってほしくないと言っているのを飲み込むのじゃな。」


 クリャラフの声は静かに教室に響いていた。その目はこちらを見て、少し軽蔑しているかのように見えた。


「彼女は普通の極東人じゃない。少なくても彼女のような極東人が居れば、意識変革を起こせる。彼女自身がそう言っていたんだ。」

「おぬしの姉の願いがそれで達成できればいいがな。」


 クリャラフは窓の棧から降りて、俺に近づいてきた。俺を睨めつけるように見る。そのささやくような声が頭の中で反響する。答えられるのは根拠のない希望と自信だけだった。


「……やってみせるさ。」


 極東語との衝突の中で死んだ姉も荒っぽいことは望んでは居ない。シェオタルのことを思ってくれる三良坂もそうだ。大戦争で変わったことは、極東がシェオタルを抑圧するようになったということだけだ。暴力で変わることはその程度のことだ。だからこそ、俺たちは知ることと考えさせることで変えていく。その方針を変えるつもりはない。

 それは良いとして、一つ気にかかることがあった。


「そういえばお前、俺の姉の話はいつ聞いたんだ?」


 クリャラフに詳しく姉の話をしたことはなかった。というか、こんな話を軽々しく他人にするものではない。だからこそ、彼女が姉の願いを知っているのはおかしかった。

 クリャラフははっとして、視線を逸した。ばつが悪そうに頬を掻く。


「み、三良坂から聞いたのじゃよ……」

「なるほどな。」


 あの常識のない直情径行娘のことである。俺の姉の話を言いふらすとまでは行かなくても、この部のカールズトークともなれば自然に話すことになった話題なのだろう。クリャラフがガールなのかどうかについては異論がありそうだが。

 クリャラフはこの空気が嫌になったのか、すとすとと小さい足を教室の出口に向けて出ていこうとしていた。出る間際、何かに引かれたかのようにして俺を振り返った。


「ともかく、本気でシェオタルを復活させたいのであれば、争うことは避けられない。おぬしのような未来を作る子供がそんなことに巻き込まれる必要は無いんじゃ。」

「巻き込まれるつもりも、巻き起こすつもりもない。」


 クリャラフは俺の返答を聞いて、何か違うものを感じて反論しようとしていたがその口からは何も言葉が出てこなかった。彼女は頬を両手で叩いて、それまで深刻そうにしていた表情を無理やり笑顔にさせた。


「文化祭、絶対に成功させよう……なのじゃ!」


 言ってからクリャラフは物寂しそうな顔をしていたが、ややあって戸から離れて何処かへ行ってしまった。俺はただ雰囲気の気だるさに任せて、そこから動くことが出来ないまま、開いたままの戸を眺めていた。


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