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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 2 : Д'лирзэс, ла малфарно
18/41

#17 Юдисэлэр сэл 《恐れさせる者》


 放課後を知らせるチャイムが鳴った。生徒たちは各々疲れ果てた表情だ。

 文化祭の直前ともあって、教師たちはカリキュラムを終わらせようと躍起になっていた。おかげで授業は無駄話も挟まず、凄い勢いで進んでいく。生徒が内容を理解してようが、してまいが先に進んでいく。そんな授業が続くと頭が痛くなってくる。授業を終えた生徒たちは部活へと走る。それは俺も変わらなかった。

 授業が終わっても憂鬱になりながら早々に帰っていた数週間前には思いもしなかったことだ。三良坂と出会って身の回りのことがどんどん変わっていっている。今では放課後が楽しみになってくるほどだ。そんな感情のまま、部室の戸を開けるとそこには三良坂とサルニャフが折り紙を切っていた。


「折り紙なんか切ってどうするんだ?」

「教室の飾りだよ。サルニャフさんに手伝ってもらってるんだ!」


 切りかけの折り紙を置いて、三良坂は椅子の後ろにある鎖状に繋がれた飾りを拾い上げてみせた。飾り付けとしては一番素朴で、簡素なものだ。しかし、この展示の本筋は飾り付けの美麗さを競うものではない。三良坂もそれが分かってて、あまり手が込んだものを作ろうとは思わなかったのだろう。

 それにしても、サルニャフに言葉が通じないはずの三良坂がサルニャフと一緒に飾りを作っているのは不思議だった。


「言葉が通じないのによくサルニャフさんにお願いできたな。」

「言葉が通じなくても、言葉を通じさせようとすることは出来る――って昔読んだ小説に書いてあったんだよ。」


 三良坂は鼻高々に自慢した。正直に言うと、直情径行娘も小説を読むとはと俺も感心した。しかも、言語に関する小説だったとは思わなかった。そういえば、昔に極東人の作家が書いた別世界に飛ばされて、ゼロから言語学習をするという荒唐無稽な設定の小説を読んだ覚えがある。その作者もまさか別世界《《から》》やってくるとは思いもよらなかっただろう。

 三良坂を見ると、もっと褒めてもいいぞとばかりにこちらを見つめていた。何だか、無性に褒める気が失せる。


「お前みたいなやつでも小説を読むとはな。」

「何それ、ボクをバカにしてるの!?」


 三良坂はぷくーと頬を膨らませる。俺はそんな彼女を無視して、戸を閉めて机に向かっていった。地名語源の展示を作るのは家でも出来る。今は彼らを手伝ってあげた方が良いだろう。そう思って椅子に座ろうとした瞬間、閉めた背後の引き戸が勢いよく開いた。

 部室に居た皆の視線が開けられた先の人物に当てられた。黒色の長い髪の中に背後から差し込む陽の光に当てられて光沢を帯びる銀の一房。モノクロの色彩と、黒いフリルによって飾られた洋服。黒と銀の髪に蒼い目はビスクドールのような容姿を感じさせる。自称、のじゃゴスロリ先生――クリャラフ・フェレニヤ・イェレニユであった。


「大変じゃ、大変なのじゃ……!」


 彼女は急いでいたのか、息が上がった様子で開けた戸の枠に手をかけて半分過呼吸気味に呼吸を荒げていた。だからこそ、言えた言葉はそれだけだった。作業をしていたはずのサルニャフがすぐに部室に備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、彼女に渡した。彼の気遣いには村の有力者と言われるにふさわしい慈悲と威厳があった。

 クリャラフは渡されたペットボトルのキャップを開け、一口飲むとよたよたと部室へと入って椅子へと座った。


Харме() мол эдиша(があった) ?」

Фал панква(まずは彼らに), эл нисс(伝えさせて)


 サルニャフの問に、クリャラフは落ち着いて答えた。サルニャフはそれを聞いて静かに頷く。


「何があったんだ?」

「落ち着いて聞くのじゃ、今年の文化祭には瀬小樽県の知事が来ることになったのじゃ。」

「ち、知事!?」


 三良坂は震えて驚いた。俺には瀬小樽県の知事なんかが何故こんな一高校の文化祭に来るのか理解が回らなかった。


「なんで、知事なんかが?」

「彼の公約じゃよ。瀬小樽の教育政策の刷新は彼の公約の目玉の一つじゃった。今回のはそのパフォーマンスの一つじゃ。知事が来るなら、放送局やラジオ、記者も来るのが明白じゃ。本土ならまだしも瀬小樽の事柄じゃから、来るのは全国ネットじゃろう……」

「なるほどな。」


 瀬小樽の政策は全国から注目されている。分離独立テロリストである瀬小樽独立地下組織が無差別テロを繰り返して、警察によって壊滅させられた後も極東人の瀬小樽に対する関心は強い。その極東人の知事の政策がどう反映しているか、全国の興味を引くものであろう。

 確かに、まだ俺には大勢に注目されるのが怖いという感情が残っていた。だが、そんなことは大きな目標の前には霞んで見える。もはや気にすることは無かったが、そんな自分の感情と鏡合わせになるかのように深刻そうな表情をするクリャラフがとにかく不思議であった。


「……文化祭への出し物は……中止にしたほうが良いと思うのじゃ。」

「は?」


 疑問の声が無意識に喉から漏れた。どういうことかと三良坂と顔を見合わせるもお互いに当然答えは分からなかった。


「今更何を言ってるんだよ。自由人クリャラフ・フェレニヤ・イェレニユが人が多くて一度決めたことから身を引くってのか。」


 クリャラフは深刻な表情のまま首を振る。


「問題は全国にこれが映し出されるということじゃ。極東人の非極東的シェオタル人に対する態度は知っておろう?独立地下組織に関係しているなどと書かればおぬしたちの身に危険が及ぶのじゃ!」

「そんなの……ただの言いがかりじゃねえか。独立地下組織は十数年前に言いがかりをつけたお前らが潰したんだ、と言ってやればいい。」


 まるで精神を無理やり焼灼されているのを喉の奥から喘ぐようなうめき声が聞こえた。彼女は更に首を振る。


「違う、人間はそう簡単には、理性的には情報を受け入れないんじゃ。極東の人間は私達を半分テロリストだと思っているんじゃぞ。そんなところにセンセーショナルに取り上げられたら最後、おぬしたちは――」


 そこまでクリャラフが言ったところで大きな音が聞こえた。部室のリノリウムの床が悲鳴のように軋む音を上げた。クリャラフも俺もそちらを向くと、そこにはテーブルを平手で叩きつけ俯いている三良坂が居た。こちらを見据えて、いつもの彼女とは違う真剣な雰囲気があった。


「この機会を逃したら、極東の知事も今の状態が正しいんだと信じるんだよ。そうしたら、ボクたちには簡単には変えられない。彼に今がおかしいことを伝えないといけないんだ。正しい方法で。」

「正しい……方法……?」


 クリャラフの口から漏れるように聞こえた疑問に三良坂は頷く。彼女はいつもとは打って変わって饒舌で雄弁であった。


「目標は似ているかもしれないけど、ボクたちはテロリストとは違う。シェオタルの文化と言語を知らせることができれば、それだけでいい。それだけで人々には、意識の変革を起こすことが出来る。だから、マスコミも知事もそれに手伝ってもらう。センセーショナルに報道されるなら、こちらからもあらゆる手を使って真実を伝えるだけだから。」


 三良坂の饒舌さにクリャラフは圧倒されていた。俺も例外ではない。中身が別人に入れ替わったかのように話し始めるのだから、逆にこちらが怖くなってくる。クリャラフはしばらくして彼女を鼻で笑った。


「……おぬし、極東人のくせに本当にシェオタルに肩入れするんじゃな。」

「そんなことないですよ。ボクは二度と、じさ……シェオタルと極東が仲良くなってくれることを望んでいるだけです。」


 いつの間にか口調も話し方もいつもどおりに戻っている。その様子をずっと後ろから静観していたサルニャフも言葉はわからずとも、雰囲気は分かるのか少し引き気味だった。彼女が途中で言葉を切ったのがとても気になる。「時差」がどうかしたのだろうか。

 そんなことを考えているとクリャラフはしょうがないという顔でため息をついた。もう彼女に止める意思は残っていないようだった。


「二人共、無理は禁物じゃぞ。」

「心配しすぎですよ。大丈夫、ボク達には味方も居ますから。」


 そういって、三良坂はサルニャフを指した。言葉が通じなくても、言葉を通じさせようとすることは出来る――彼女が言っていた小説の言葉が脳内に想起される。もし、自分たちのことを分かってくれない人間が居ても、彼女はきっと理解してくれるまで言葉を紡ぎ続けるのだろう。彼女は……全てを背負う覚悟が出来ている。

 そんなこんなでチャイムが鳴り、三良坂は逃げるかのように荷物をまとめて部室を出ていった。これまでの会話はどうやら彼女には負荷が高すぎたようだ。


「クラン君!じゃあ、明日から本気で設営しようね。先生も、動画作成よろしくです!それじゃあ!」


 クリャラフは未だに心配そうな顔をしている。彼女自身、過去のせいで極東人を一切信用できないのだろう。自分も荷物をまとめて帰ろうとするが、最後に彼女に何か言いたかった。


「先生。俺はあいつに会って、これだけ行動的になれた。だから、もうちょっと協力してくれないか?俺たちも身を危険に陥れようと思ってやってるわけじゃない。止め時は自ずと分かる。その時は俺があいつを止めるから。」

「ヴェル……」


 クリャラフは俺の元によって、右手を取った。


「お前のようなまともなやつが先に居なくなっていくんじゃ。最後に残るのは、バカだけなんじゃ。絶対に文化祭を成功させて、わらわを……バカに貶めないでくれるかの?」


 握られた右手を握り返す。


「先生はバカじゃない。つまり、この文化祭は成功するってことだ。」


 クリャラフは俺の言葉を聞いて口元をほころばせていた。陽光が差し込む部室の中、クリャラフの微笑みは俺を安心させた。


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