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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 2 : Д'лирзэс, ла малфарно
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#15 Нултуркхэлт 《死靈魔術》


 文化祭まで残り5日となっていた。朝休みに三良坂に訊いたところ、今日の放課後は取り扱える伝承をどうするか決めるという話であった。しかし、部室にはまだクリャラフも三良坂も来ていない。俺は暇つぶしをするために、部室の後ろにある本棚のうちに使えそうな伝承の本があるか見ていた。


「何だこれ、Нултур(死霊)кхэлт(魔術)?」


 背表紙が気になって、本棚から手にとった。表紙に印字されたそのキリル文字は古さを感じさせる。装丁も相まってとても不気味な雰囲気がしていた。ましてや、その題名が『死霊魔術』ときている。そんな題名に思い出すことが一つあった。


 中二病患者が喜びそうな話題だが、シェオタル人の伝承には魔術使いが出てくることが多い。昔はシェオタル人は二つの人種――魔術が使える者と使えない者に分かれていて、前者はもっぱら戦闘を生業としていたらしい。魔術が使えるものには個人それぞれに『シェオタルの血統』と呼ばれる固有能力のようなものが存在していて、それを使って戦う伝承が多く伝えられている。

 まあ、いつもゴスロリ趣味の服に身を包んだクリャラフのことを考えれば、彼女の趣味にも合いそうな本だ。しかし、彼女はどこからこれだけのシェオタル語の本を手に入れたのだろう。シェオタル語のキリル文字転写は基本的に姉が考えたものだと思っていたが、大戦争直後は他の人も考案していたのかもしれない。今やシェオタル語の出版物なんかが店頭に並ぶことは無くなった。しかし、大戦争直後当時、シェオタル人は伝統の保存に独立地下組織も合わせて意欲的だったのだろう。


「ごめん、遅れたよ!」


 そんなことを考えているうちに視界の端に少女が見えた。三良坂だ。


「遅いな、何をしてたんだ?」

「えへへ、文化祭のために人を連れてきたんだよ。」

「人?」


 三良坂は興奮していた。アホ毛の跳ね具合がいつもの六倍はある。

 手伝ってくれる生徒でも見つけたのだろうか、彼女の熱意は火がつくと止まらないので誰かを説得してきたのかもしれない。一般生徒の協力があれば確かにどんな伝承がウケるのか、調べることも可能だろう。そんな薄っぺらい考えは彼女に手を引かれて後頭部を掻きながら恥ずかしそうにしている彼を見た瞬間に潰えた。


「サルニャフさんだよ!」


 三良坂に引き出されて出てきたのはシェオタルの民族衣装に身を包んだ男だった。倍良月村の有力者にして、ブラーイェ伝承の継承者サルニャフ・グスタフィスである。


「おい、村からここまで連れてきたのか?」

「そうだよ、今日わざわざ村まで行ってここまで連れてきたからね。いやあ、極東語がなかなか通じないから難しかったよ!」

「……今日の授業はどうしたんだよ。」

「サボった!」


 満面の笑みで言う彼女、俺はため息をつくほかなかった。彼女はまだシェオタル語のシェの字も理解出来ていない。倍良月村まで行って、言葉が通じない中サルニャフを連れて来たというのは信じがたい行動力であった。


「この人にどうしてもらうつもりなんだよ。」


 サルニャフは俺と三良坂が極東語で話しているのを黙って鼻を掻きながら聞いていた。さすが村の有力者だけあって、焦ったり、話に割り込むこともない。器の大きい男だと感じた。


「倍良月村はブラーイェ伝承っていう伝承の発端の地なんでしょ?以前村に行った時みたいに暗唱をすればインパクトがあると思ってね!」

「それは……確かにな。」

「でも、そのままじゃ何言ってるかわからないから背後に極東語字幕を写すんだ。あとは部屋を暗めにして雰囲気をいい感じにすれば人が集まりそう!あと、別の部のポップコーンの出店と連携して、映画館っぽく出来たらいいなあ……」


 らしくもなく、割としっかりと考えられている計画にはっとさせられた。目の前でシェオタル語が意味も分からず詠唱されるだけというのは、シェオタル語や文化を他人に認知させていくことを目的としたこの部としては相応しくない。そこで極東語字幕を写すというのはうまいやり方だと思った。世俗向きの対応も忘れていない。完璧そうな提案であった。

 三良坂はこちらをちらちら見ながら、提案の可否を聞きたそうな様子だ。


「よし、それで行こう。」


 その答えに喜ぶ三良坂は本当に嬉しそうに見えた。絶対に成功させると言った手前、しっかりと案を考えてやってきたのだろう。

 

 サルニャフは結局部室に泊まってもらうことになった。俺が経緯を説明すると、彼は快く協力すると言ってくれた。部室は狭いが、クリャラフが用意したコンロなどある程度生活できる備品を集め、寝袋が幾つか用意されていたのが救いとなった。学校の設備もある程度説明し、分らないことがあったら職員室に居るクリャラフに聞いてくれと言ったところで生活指導の先生に見つかり、俺と三良坂二人はまたも追い出されるように下校することになった。


「クラン君……連れてきた私がいうのも何だけどサルニャフさん大丈夫かなあ」


 校門から出ると、三良坂は振り返って校舎の方を見ていた。


「まあ、大丈夫だろう。」


 正直自分も心配だったが、クリャラフも居ることだし何かあったら彼女が対応してくれることだろう。何時も通りだが、遅くの帰宅に足が急かされた。


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