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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 2 : Д'лирзэс, ла малфарно
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#13 Корлиштэлон изэзо 《自動成功》


 放課後、傾いた日が教室に差し込む中一人椅子に座ったまま悩んでいた。

 三良坂が部室に来てねと言っていたことが頭の中を何回も往復していた。行くか行かないか迷って、既に数分立っている。今更行ってももう彼女は俺が来ないから帰ってしまっているかもしれない。だが、彼女の言葉を無視して帰ることも何だか気に入らない。そんな感情の狭間で悶々としているうちに、教室はいつのまにか二、三人しか生徒が居ない状態になっていた。


「……行くか。」


 静かに独りごちる。さっきから教室に残ったクラスメイトがちらちらとこちらを見ているような気がして苛ついていた。この教室から去りたかった。どうせ素通りして帰るくらいなら、少し様子を見て帰るかどうか決めよう。

 そんなこんなで部室の前に差し掛かるとその引き戸が少し開いているのが見えた。どうやら、三良坂はちゃんと部室に居るようだ。隙間から机の上で何かを開いて、指差しているようであった。俺は戸を開けて、教室に入った。


「よう、何やってんだ?」

「わ、わわわ、わっ!?」


 近くに行って開いている本が何なのか知ろうとしたが、慌てた様子で本を閉じて背中の後ろに隠された。怪訝に思って顔を見ると、彼女は目を背けた。


「なんだよ、隠さなくてもいいじゃないか。」

「別に何でもないよ!」


 俺が少しずつ近づいていくうちに、バサリと彼女の背中の後ろに本が落ちた。本を拾い表紙を見る。題名は……「瀬小樽県地図」。ぴょんぴょん飛んで地図を取り返そうとしていたが、彼女は本を見られて酷く恥ずかしがって、顔を赤くして縮こまってしまった。なんで地図を見ることが恥ずかしいことなのか、俺にはさっぱり理解することが出来なかった。


「どこか旅行にでも行くのか?」


 ぶんぶんと頭を振る。


「無性の地図好きとか?」


 ガーンという効果音でも出るかのようにショックを受けた表情になる。別に地図好きでも俺は幻滅しないが、本人にとってはそうでもなかったようだ。今度は本人が首を振る代わりであるかのようにアホ毛が振れて否定した。


「じゃあ、どうして地図なんか見てるんだ?」


 三良坂は観念した様子で肩を落とした。


「……正直に言うと、シェオタルの地名を覚えようとしていたんだ。シェオタル語が分かるようになったらボクも地名くらいシェオタル語で言えるようになりたいんだ。記憶力が無いなりに頑張ってたんだよ。」


 机には閉じ忘れたと思われるノートがあった。そこにはシェオタルの極東語地名がずらりと並んでいた。先日行った倍良月村の名前もそこにあった。


「なんだ、それくらいのことなら言ってくれれば教えるのに。」

「教えるって……覚え方とか……?」


 三良坂は頭の上に疑問符を乗せたかのような顔をしていた。俺は彼女に頭を振って否定する。


「そんな器用なことは知らないが――」


 本を机に置いて、ノートを良く見る。幾つかの地名は《《由来》》を知っているものだった。


「例えば、倍良月村は"Бэрра(ベーラ)гард(ガード)"っていうシェオタル語地名の音訳だ。"Бэрра(ベーラ)"は『湿った、多湿の』って意味で、"-гард(ガード)"は地名を作る語尾の一つだ。"Бэрра(ベーラ)"には『肥沃な土地によって豊かな、繁栄した』という意味もある。今ではあんな感じの田舎だが、昔は力強く繁栄していたことからこの名前が付けられたらしい。」


 ノートのうちの次の単語を指差す。南部の沿岸地域の地名で、漁獲量がどの近隣の県よりも多いことで有名だった。


小雨場(こさめば)市は"реледэ(リェリェデ)шовал(ショヴァル)"ってシェオタル語地名の意訳だ。"релед(リェリェド)"が雨で、"-шо(ショ)"は小さいものを表す指小辞、"-вал(ヴァル)"は地名語尾の一種だ。気象統計によるとこの地域は雨が振るのが客観的に少ないわけじゃないから、昔のシェオタル人が嵐で海が荒れて漁に出られないことがないように願ってこの地名で呼んだと言われている。それで――」


 解説を続けようとしたところ、三良坂に両肩を掴まれた。先程の陰気もどこへやら、目を輝かせてこちらを見つめていた。


「凄い面白いよ、クラン君!それだったら覚えられる!」

「そ、そうか……」


 俺の両肩を揺すりながら、感動を表現していた。初対面の時といい、人の体に対して扱いが雑だ。彼女は両肩を掴んだまま顔を近づけて溢れんばかりの笑顔になった。


「もっと、色々な地名の語源を教えて!」


 ……。

 三良坂の言葉に調子に乗ってしまった。数時間ぶっ続けでシェオタルの地名の語源を話し、なんと彼女もレクチャーにしっかりついてきていたのが驚きだった。彼女は覚えられなかった地名が、ちゃんとした意味があることを知って非常に楽しんでいた。

 

 すっかり日は暮れていた。部室に残っているのを先生に見つけられて、追い出されるような形で学校から下校する。三良坂と共に最寄り駅まで一緒に下校するのは、もはや習慣になっていた。


「ねえ、クラン君。ボクはシェオタル語の地名の話が聞けて楽しかったんだ。」

「それは良かったよ。」


 暗がりで傾いたオレンジ色の陽の光に当てられた彼女の顔は輝かしく笑顔だった。自分のシェオタル語の知識が人を楽しませることが出来る日が来るなんて全く思ってもみなかった。シェオタル語を広めたい願いに反して、現実では言葉は自分と田舎の中で潰えていくものだと思っていたから、自分自身そんな出来事に感動していた。

 だが、恥ずかしくて素直にそうは答えられなかった。


「ねえ、こんな何も知らない、覚えられないボクでも楽しめるんだよ?」

「そうだな。」


 三良坂は俺の進行方向を塞ぐように前に出てきた。その顔は懇願するかのようであった。冷たい風に短いツインテールがなびく。


「文化祭に出たら、もっと多くの人達がシェオタル語を知ってくれる。もっと多くの人がシェオタルの文化が今までのどこかで繋がっていることを知ってくれる。ボクは今日感じた楽しさを皆に感じて欲しい。だから……文化祭に出展しよう。」


 風は更に強くなっていた。未だに心の中には葛藤がある。文化祭自体が、出し物が、人々が怖い。それでも、彼女が今日感じた楽しさが多くの人に共有できるのであれば、自分が今日感じた感動が更に強くこれからの『郷土文化部』の道を指し示すのであれば、何も怖いものはない。直感的にそう思った。


「……絶対に成功させるって言葉、信じていいよな?」


 部室で三良坂が言い放った言葉、彼女自身忘れているわけではなかったらしく驚きも見せず頷いた。

 その日は夕日がいつもより美しく見えた。

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