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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている   作者: Fafs F. Sashimi
Вюйумэн 2 : Д'лирзэс, ла малфарно
13/41

#12 Малэфикинао 《逃走》


 朝休み――ホームルームが始まる前の時間は登校を終えて息をつく時間というものだ。今日は珍しく遅刻無しで学校に来れた。先日は休日を潰して登山、遠出までして、クリャラフを説得して酷く疲れていたというのにだ。ただ、いつもと違う生活リズムというのはそれ自身イベントを発生させる要因らしい。

 俺は三良坂に手を引っ張られ廊下を走っていた。引っ張られているから足が絡みそうになる。先を走っている彼女の片方の手にはミューズリーバーがあった。いつも通りと思うべきなのか、連行されながら溜め息をついた。


「こっちだよ、こっち~」

「おい、引っ張るなって」


 小さい体の割に引っ張る力は強い。廊下に生徒がたむろして、雑談している脇を通過していく。彼らの不思議そうに見る目が酷く心を傷ませた。

 三良坂はそんな視線も気にならないようで、アホ毛を揺らしながら先を急いでいた。


「とーうちゃーく!」


 三良坂はそう言って、目の前に現れた教室を指差した。使われていない教室だった。

 いきなり走らされて俺は息が上がっていた。壁に手をついて息を整えて三良坂に顔を向ける。彼女には全く息が乱れた様子は無かった。


「こんな教室……何しに来たんだよ。」

「クリャラフ先生がボク達のために活動場所を用意してくれたんだよ。」


 いつの間に借りてきたのか、彼女は教室の引き戸に鍵を入れ解錠した。開けると使われていない教室の割に小奇麗だった。黒板、教壇、教卓といった設備はそのまま残っている。だが、普通の教室と違うところは本来生徒のロッカーが存在している場所が本棚になっているところだった。

 そこにはキリル文字で書かれた数々の本が置かれている。事前に用意されていたのか数台のパソコンと大きめのディスプレイ、テレビにプリンターやスキャナーまで用意されている。何故か小型の冷蔵庫やコンロなんかもある。

 数々の設備を見て驚嘆していた俺の脇で、三良坂は何故か胸を張っていた。


「活動のためには色々必要じゃろう~とか言って全部一日で用意してくれたんだって!全部学校の備品で揃えたんだよ!本棚にある本はクリャラフ先生の私物らしいけど。」


 なんてことだ、明日は地球が滅亡する――と思うほどに驚いた。

 これだけの学校の備品を一室に集めるのにクリャラフ一人が一日で出来るはずがない。あの策士のことである。倍良月村から帰ってきてすぐ学校内で手回しを始めて、全て揃えたのだろう。引きこもり気味の彼女がそこまで動いてくれるとは逆に気味が悪いほどであった。

 俺は備品のうちの安っぽそうなキャスター付きの椅子に腰掛けた。


「それで、ここに連れてきたのは備品を見せるためか?」

「そんな事無いよ!決めなきゃいけないことがあるんだ。」


 アホ毛が跳ねる。三良坂は教壇に上がって、黒板の下にあるチョークを取った。大きな文字で黒板に「名前」の二文字が書かれる。大きくて、文字もまるで小学生が書いたようで頭が悪そうに見えた。少なくとも彼女にはお似合いなのかもしれないが。


「この活動の名前を決めなきゃいけないんだよ。一応これは部活扱いにしてもらってるからね。クリャラフ先生が顧問扱いなんだけど、適当に活動の名前を決めて欲しいって言ってたんだよね。」


 チョークをタクトのように揺らしながら、三良坂は言う。

 なるほど。クリャラフもただでは備品や教室を借りることは出来なかったということらしい。部活扱いにするくらいしか備品を持ってくる方法も無かったのだろう。あまり目立ちたくはなかったが、彼女と一緒にいる以上もう既に何もかも遅いのかもしれない。


「はあ、ところで先生は来ないのか?」

「それが、今日は用事があって学校に居ないらしいんだよね。」

「そりゃ、珍しい。」

「先生も名前を決めるのに参加してほしかったけど、しょうがないからボクたちたちで決めちゃおうと思ってね。キミをここに呼んだのはそれが理由。」


 そう言って彼女は黒板に書かれた「名前」を手の甲で叩いた。

 名前、名前……。考えてもいいものが頭に浮かんでこなかった。これまで他人にシェオタル語を広めようと組織的に活動することなど全く考えたこともなかったからだ。


「ねえ、『シェオタル文化振興戦線』なんて名前どうかな?かっこよくない?」

「駄目だろ、まるでテロ組織だ。そもそも戦線って、何と戦ってんだよ……」

「じゃあ、『ゴスロリのじゃ先生と愉快な仲間たち』は?」

「もっと駄目だ。」


 俺がため息をつくと、三良坂がぷくーっと頬を膨らませた。どう考えてもふざけているだろうと思ったが本人は本気のようであった。ただ、いくらバカバカしくても対案を出さないで否定ばかりしてたら、確かに不機嫌になるだろう。

 自分たちがシェオタルと極東の架け橋となるのであれば、あまり強い名前は使わないほうがいい。もっとも三良坂が提案した二つ目は活動内容と全く関係ないのだが。


「無難に、『郷土文化部』とかじゃ駄目なのか?」

「良いね!かっこいい!」


 三良坂は手を合わせて頷いた。どうやら気に入って貰えたようだ。


「それじゃあ、最初の活動をどうするか決めていこう!」

「……いきなりだな。」

「そりゃそうだよ、活動実績がない部活は学校から登録を抹消されて部費の配分とかがなくなるんだってさ。しかも、年間指定で活動禁止された部活を復活させるペーパークラブだって疑われるらしくてね。」


 三良坂は不安そうな顔になっていた。

 面倒なことにこの学校のシステムは活動実績をいちいち報告しなければいけないらしい。この活動で一体何を報告しようと言うのだろう。


「……むっ?」


 開いたまま閉めてなかった引き戸の先の廊下に木の板を複数枚持って行く生徒が居た。三良坂はそれが気になって、開いた引き戸に手をかけて、教室から顔を出して彼らの様子を見ていた。それを見て思い出したことがあって、うわ言のように誰に言うでもなく言った。


「そういえば、文化祭が近いんだったな。」


 この高校の文化祭はあと一週間に迫っていた。自分とは全く縁がないうえに、興味がないために完全に忘れていた。というのも、遅刻しまくる俺のことをクラスメイトは文化祭の信用できる作業者として組み入れないうえに、委員会や部活にも今まで特別に入っていたわけでもなかったから別に文化祭に行く必要もなかったからだ。端的に言って、ハブられているわけだが、そんなことは気にしない。


 三良坂は文化祭が近いという言葉を聞いて、なにか悩んでいる様子だった。確かに、彼女も引っ越してきてこの高校に転校してきて数日しか経っていない。クラスの人間と仲良く文化祭を通過できるか心配なところなのだろう。俺には関係ないわけだが。


「それだよ、クラン君。」

「あぁ?」


 彼女が小声でいきなり自分の名前を言うのを聞いても、何のことだか全く理解出来なかった。だが、その瞬間、何か虫の知らせで悪寒を感じた。


「文化祭だよ、郷土文化部の最初の活動は文化祭に何か出展することにしよう!」

「……嫌だ。」

「えぇ!?何で!?」


 三良坂は本当に理解できないかのように驚いていた。


「お前、部活とクラスの出し物を両立できるのかよ。」

「うっ……それはどうにか頑張るよ!」

「俺には自信が無いんだがな。」


 嘘だった。クラスの出し物に関わるつもりはさらさら無い。


「そもそも何をするつもりなんだよ。」

「そりゃ……これから考えるけどさあ。」

「だろうな。」


 ため息をつく。本当は目立つのが嫌だったからだ。

 もしシェオタル語や伝承に関するブースでも作って、誰かが「面白くなかった」などと呟いたりしたら?更に、誰も来なかったらどうだろう?そもそも普通は学校に行くことすら無い文化祭の日の過ごし方なんてわからない。全てが怖くて出展なんて出来たもんじゃなかった。だが、そんな気持ちは表には出せない。


「そんな出し物を文化祭に出しても無駄じゃないか?高校生なんか基本的に言葉とか文化に興味のないバカばっかだぞ。」

「無駄なんてこと無いよ!私が絶対に成功させるからね!!」


 根拠ない自身とともに三良坂は胸を張った。目の前のも含めて俺ら高校生という存在はバカなのかもしれない。そんなときに始業時間のチャイムがなった。俺はキャスター付きの椅子から立ち上がった。開いたままの引き戸から教室を出ようとする。


「ホームルーム始まるし、俺はもう行くぞ。この話はまた今度にしよう。」


 出来れば今度が二度と来なければ嬉しいのだが。


「ここが部室だから、放課後また来てよ!!」


 逃げるようにして教室から歩いてゆく俺を見て、三良坂はそう叫んでいた。後ろ髪を引かれるようであったが、俺は振り返らなかった。

 もうとっくに遅刻扱いになるであろう。結局今日も何時も通り始業時間のチャイムの後に教室に入ることになってしまった。

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