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アンファングターク王国の王城。広大な敷地の一部では、王国騎士団の者達が国を守護する為の訓練に日夜励んでいた。
ガヤガヤと男達の気合いの入った掛け声が其処彼処から聞こえる。
二人一組で男達は、相手に向き合いながら、相手の隙をつき拳を繰り出す者、足払いをかける者と様々な戦法で対戦相手を翻弄していた。
かの者達から少し離れた場所で、全体の訓練状態を見渡している青年がいた。
衣服に少々の乱れはあるが、他の訓練している者達に比べると、あまり疲れを感じさせない様子だ。
キラキラと輝く特徴的な金色の瞳は鋭く、燃えるような赤髪には、一部分だけ黒髪が混じっている。
フィロスパード・アンファングターク。彼こそアンファングターク王国の第二王子であり、王国騎士団の副長を任されている齢十八の青年だ。
「止めっ!」
フィロスパードの一声に隊士達は、ピタリと一瞬で動きを止めると、当たり前のように、すぐさまフィロスパードの前に綺麗に整列した。
「これから、十五分間休憩とする! 休憩後は、剣術訓練に移行する! 各々水分補給をし、怪我した者は治療を怠るな!」
複数の男達の野太い返事を聞くと、フィロスパードも木陰に向かい座り込みながら、休憩に入った。
「ほらよ」
そこに先ほどまで姿が見えなかった、王国騎士団団長であるソルラントが水筒を二つ持って現れた。一つをフィロスパードに渡し、そのままソルラントは、彼の隣に腰かけた。
本来フィロスパードとソルラントは、王子と王国に仕える者だ。けれど騎士団内では、ソルラントが団長でフィロスパードが副長である。そこには、国を守るという意志を持つ者同志という事実しか存在しない。
「水分補給しろって言った本人が、何も飲んでなかったら示しがつかないだろうが」
「ああ、ありがとう」
フィロスパードは、仰向いて水筒の中身をぐいぐい飲んだ。訓練後の火照った体に水分が染み渡っていく。
「フゥー。ソルラント、戻って来たってことは、会議終わったのか?」
王国騎士団団長でありながら、ソルラントが訓練に参加していなかったのは、連日開かれている会議に騎士団代表として参加している為だ。
「こっちも休憩だ。こう何日も長時間椅子に座り続けるのは、慣れないな。俺もフィロスパード達と一緒に訓練がしたい」
ソルラントは、溜め息混じりにやれやれと言葉をこぼす。
「仕方ないさ。最近イラーザル王国の周辺諸国がきな臭い。それに伴って難民が増えて来ているからな」
「だからと言って、こう連日会議ばかりでは気も滅入る」
「お陰で妹の外出にも同行出来やしない」とソルラントは、浮かない顔だ。
「ああ、例の病弱な妹さんか」
フィロスパードもソルラントに姉と妹がいるのは、知っていた。彼の妹は幼少の頃から身体が弱く、ほとんど家に籠りっぱなしだと以前聞いたことがある。
「そうだ、城に来る前にも少し話してきたんだよ。最近は体調も落ち着いてるからと、久しぶりに街に出ることになったんだ。だから明日は、同行しようと思っていたのに……」
ソルラントは、本日の会議もまだ終わってないのに、早くも明日の会議を憂いた。
「諦めろ。どんなに嘆いても会議は無くならない」
フィロスパードは、きっぱりとソルラントに現実を突きつけた。
「はっきり言うなよ。いいよな、フィロスパードは明日非番だもんなー。また、お忍びで街まで行くのか?」
「ああ、こいつをきちんと手入れしてやりたいからな。いつも通りリストは、付いてくるから心配するな」
フィロスパードは、腰元の愛剣を撫でた。彼は、剣の手入れの為に時折街に下りていた。その際幼少時から影護衛として、フィロスパードに仕えてくれているリストは、影から同行する。
しかし、あくまで影からなので表向きのフィロスパードは、基本的に一人での行動だ。
フィロスパード自身もある程度の護身術を心得ている。その為リストは、フィロスパードが呼ぶか、よほどの不穏なことがない限り滅多に人前に姿を現さない。
「王子なんだから、わざわざ出向かずに職人を城に招けばいいのに、なんでそうしないんだ?」
フィロスパードは、アンファングターク王国の第二王子だ。この国で彼の招待を断る者は、いないと言っていいだろう。
「これには俺の命を託している。大事だからこそ、自分の足で出向いてその過程を見極めたいんだ」
そう言いながらフィロスパードは、愛剣を鞘ごと目前に掲げた。
「さて、そろそろ十五分経つ。団長殿もそろそろ休憩は、終わりじゃないか」
フィロスパードが立ち上がりながら、ソルラントを促す。
「はいはい、大人しく戻りますよ。帰って来たらまた話し聞かせてくれ」
「もうひと頑張りしてくるか」とソルラントは、来た道を戻った。
「整列!」とフィロスパードは、隊士達に声を掛け次の訓練へと気持ちを切り替えた。
この時、二人は、知らなかった。次の日に待ち構える騒動のことを……。