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 青空を漂う白い雲、穏やかで心地よい風が吹き、青々と生い茂る木々からは、木漏れ日が降り注いでいる。



「……平和だわ」



 庭に設けられているテーブルセットで紗夜は、優雅なティータイムのひと時を味わっていた。



 ――あの驚きの連続だった日から、もう二週間も経つのかあ……。



 あの日【説明書】を見つけた紗夜は、すぐに読み進めた。そこには、ここアンファングターク王国についてから始まり、ミラジュスト侯爵家のことや主な世界観についてなどと、多岐にわたり分かりやすく説明されていた。紗夜は、何度も繰り返しその説明書を読み込んだ。



 ――まあ、最も説明書を読むしかすることが無かったともいうけど……。



 次の日、老医者が予告通りに屋敷を訪れて紗夜を診察した。そこから、紗夜の経過観察の為に老医者が屋敷に一週間通いつめることになった。


 紗夜としては、精神的に疲れていたのは確かなので、大人しくベッドの住人となることにした。

 そして、医者の通いがなくなり、やっとベッドから解放されるかと思いきや、紗夜のその考えは甘かった。


 普段のエリザは、病弱なお嬢様だ。

 只でさえ紗夜が身代わりとなったことで、倒れている期間が延びている。周囲の者達がすぐに安心する訳がなかった。

 また倒れては大変ということで、更に追加で一週間安静にするようにと侯爵夫妻に言い渡されたのだ。


 何もすることがない紗夜は、その間ひたすら説明書を熟読して過ごすしかなかった。



「まさか、庭に出るだけで二週間も掛かるとは、思わなかったわ……」



「皆様、サヤ様のことが心配なのですよ。勿論私もですよ。」



 そう言いながら、紗夜の(から)になったティーカップに新しい紅茶を注ぐのは、メイドのクレアだ。



「ありがとう、クレア。クレアの入れてくれる紅茶は、本当に美味しいから、何杯でも飲めちゃうわ」


「お褒めいただき光栄です」



 クレアは、紗夜が目覚めて最初に出会った者であり、紗夜の側付きメイドだ。

 正確には、エリザの側付きメイドである。側付きだと聞いた時は、いくら記憶喪失と思われてるとしても、紗夜とエリザとの差異に違和感を感じるんじゃないかとヒヤヒヤした。

 けれど、クレアがエリザの側付きとなったのは、エリザが倒れた日の前日からだったらしい。


 元々のエリザの側付きメイドは、それなりの年配の女性で、それこそエリザを幼少時からお世話していた。しかし年には、勝てず足腰が弱ったこともあり、メイドを引退することになった。そこで、後任として着いたのがクレアだ。クレアは、前任メイドの親戚筋にあたり、その縁から抜擢されたのだ。

 クレアがエリザと会ったのは、初対面の挨拶のみだった。



 ――タイミング良かったと言うのは、複雑だけど助かったのは事実だからなあ。



 この二週間ほぼ毎日一緒にいたクレアとは、それなりに仲良くなれたんじゃないかと思う。

 最初は、お嬢様呼びだったのを名前呼びにも変えてもらった。



 ――だって、お嬢様って呼ばれても反応出来ないからね……。



 紗夜の手元には、美味しい紅茶とお茶菓子、そして()()()の本が一冊だ。



「おーい」



 そこに紗夜達以外の声が掛かった。



 声が聞こえた方向に顔を向けると、一人の青年が片手を挙げながらこちらに歩いてくるのが見えた。

 少し濃いめのピンク色の短髪、写真で見たエリザと同じ若草色の瞳に背丈は、紗夜より頭二つ分高い青年ソルラント・ミラジュスト。

 ミラジュスト家の次期頭首であり、エリザの兄だ。



 ――王国騎士団(おうこくきしだん)団長(だんちょう)を務めてるだけあって、服の上からでも全体的に筋肉が付いてるの分かる身体だよなー。



「ソルラントさん」



 紗夜が彼の名を呼ぶとソルラントは、苦笑いしながら紗夜の対面の椅子に座った。

 クレアがすかさず紅茶を差し出すとソルラントは、一言礼を述べた。



「兄妹なんだから、そんな他人行儀な呼び方じゃなくていいって」



 ――いや、実際他人なんです。



 喉まで出かかった言葉を飲み込んで紗夜は、曖昧な笑みを浮かべた。



「すみません。まだ慣れなくてソルラント兄様(にいさま)


「無理強いしたい訳じゃないから気にすんな。で、貸しといてなんだけどそれ面白いか?」



 ソルラントがそれ、と指差したのは、『アンファングターク王国の建国と成り立ちについて』と題された一冊だ。辞書並みの分厚さと大きさなので、好き好んで熟読する人は、いないだろう。



「何も分からない状態で読むと、結構面白いですよ。興味深い事柄も多々載っていますし」



 ――そう()()()のだ。



 ウィリベールから渡された? 説明書と同様にこの世界の書物も難なく読むことが出来たのだ。言葉が通じて文字が読めるのは、大いに助かった。



 ――これも、たぶん魔法なんだろうなあ。



「そっか、面白いなら良かったよ」



 そう言って、ニッカリとソルラントは、笑った。


 正直、紗夜は最初侯爵家の方達と、どう接すればいいのか分からなかった。

 説明書で名前や歳、立場などの情報が分かったとしても、実際こちらからしてみれば初対面の他人だ。あちらも記憶喪失となった家族への接し方に戸惑うのが当然だろう。


 けれど、紗夜がこの二週間屋敷で過ごして感じたのは、こちらを案じる心だった。


 侯爵夫妻は、どんなに忙しくても紗夜が就寝する前には、必ず様子を見に来てくれた。

 エリザとソルラントの姉であるオパーレは、既に嫁いで家を出ているが、状況を知ると妹の為に週二回の頻度でお茶菓子を持参して屋敷を訪れた。

 ソルラントは、王国騎士団団長とその肩書きの通りの忙しい身であるのに、時間を見つけて訪れては、紗夜に色々な話しを聞かせてくれた。



「物語ばかり読んでいたサヤが、急に歴史書を貸してほしいと言った時は、また熱でも出たんじゃないかと思ったけどな」



 ――確かにエリザの部屋の本棚には、創作小説や絵本の類いが多かったからなぁ。



「今は、色んなことに興味があるんです。なので、またソルラント兄様から本を貸していただけると嬉しいです」


「いいけど、あんまり一気に詰め込むなよ。また倒れたら大変だし、明日は街に行くんだろ?」



 ソルラントは、ティーカップを片手に持ちながら紗夜の体調を心配する。


 そうなのだ。紗夜は、ジョルジュ侯爵から念願の外出許可をもぎ取ったのだ。

 街の様子を確認したかった紗夜は、侯爵に街への外出を毎日お願いしていた。それが功を成し、常時馬車での移動で側付きメイドと一緒、用事が済んだらすぐ帰宅することを条件に許可をもらえたのだ。



「俺が明日非番だったら、一緒に付いて行けたんだけどなあ」


「大丈夫ですよ。クレアも一緒ですし、本屋以外に寄る予定はありませんから。ねっ、クレア」


「はい、サヤ様にはクレアがお側に付いております」



 ソルラントの心配をよそに紗夜は、明日の外出のことを考えて期待に胸を膨らませていた。





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