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「エリザ・ミラジュスト?」
紗夜の記憶には、全く覚えが無い名前だ。
ウィリベールからの言葉の続きを待つ。
「ミラジュスト侯爵家の令嬢さ。君が最初に目覚めた部屋の、本来の持ち主だよ」
思い出すのは、あの天蓋ベッドが置かれている部屋だ。
――やっぱり、お嬢様の部屋だった。予想は当たったけど全く嬉しくない……。
「ここだけじゃない。世界は、大樹の枝葉のようにいくつも分かれている。君の世界もわたし達の世界もあくまで、その一つに過ぎない」
ウィリベールが杖を一振りすると、杖の先端の水晶がキラリと光った。
杖から溢れた光は、ウィリベールと紗夜の、ちょうど中間地点で形を成す。
そこには半透明の、枝葉が大きく広がる一本の木が、紗夜達の目に見える範囲内で映し出されていた。
「ファンタジーだ……」
「繋がりの樹。『はじまりの木』、『世界の全て』など世界によって呼び方は様々ある。君に馴染み深い呼び名は世界樹かな。これは、縮小した姿だけど、君も名前くらいは聞いたことないかい?」
紗夜の一言は流され、ウィリベールの言葉が続く。
――世界樹って、元の題材って北欧神話だったか? 確か……。
「根や葉が、いくつもの世界と繋がっているって、言われている大樹?」
「ほう、概ね合っていますよ。よく知っていましたね」
「ゲームやアニメから得た雑学知識です!」
ゲームでもアニメでも、創作物というのは、大抵何かしら参考にされた題材が存在する。それは、歴史だったり、神話だったり、はたまたスポーツだったりと多種多様だ。
――好きなものについては、知りたくなる。
紗夜は、学校の勉強は、そこまで好きじゃない。宿題が出たらやるけど、普段から積極的に勉強に励むほうではない。
けれど、好きなものについては別だ。普段働かない紗夜の知識欲が刺激されるのだ。
ある歴史上の偉人を題材にしたゲームにハマった時は、図書館で偉人達に関しての歴史書を読みまくったし、ファンタジー系のアニメにハマった時も妖精や魔術について知りたくて、同じように図書館に通った。
――まあ、歴史に関しては、日本史の勉強にもなったけど……。
紗夜は、当時の記憶に思いを馳せた。
知っている言葉や普段の自分のことを思い出すことによって、紗夜の心臓は、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
――まずは、自分に何が起こったのか正確なことを知らなくちゃ。
紗夜は、小さく深呼吸した。
ウィリベールの杖が半透明の木に向けられる。
「枝分かれするいくつかの世界の中で、稀に、同時期に同一の魂を持つ者が存在することがある」
ウィリベールの杖が一つの葉に触れる。葉が大きくなり、紗夜には馴染み深い光景が映った。
そびえ立つビル群、道路を走る自動車、紗夜が通っている高校が順繰りに映し出される。
「あ……」
ウィリベールが違う葉に触れる。
同じように大きくなった葉には、全く違う光景が映る。
荘厳な童話の中から飛び出したようなお城、一角獣がひく馬車、綺麗な光る花畑の上を舞うように飛ぶ妖精。
――明らかに紗夜の世界では、現実に存在しない光景だ。
「同一の魂を持つ者達がいたとしても互いの世界は、基本的に相互不干渉だ。更にそれらの存在を感知出来る者は、極めて少ない。故に同一の魂を持つ者達は、互いの存在を知ることはまずない」
ウィリベールの言葉に紗夜は、最初に目覚めた部屋で見た、写真の少女のことを思い出していた。
ウィリベールが、また杖を振る。映像は、消えて葉の大きさも元に戻った。
「けれどそれは、あくまで基本だ。異なる世界に干渉し、同じ世界に同一の魂を存在させることは、出来ないことではない」
――カァーンー。
ウィリベールの杖の音が響いた。白い空間が歪む。
「君には、悪いことをした。けれどわたしは君を見つけてしまった……後悔したくなかった」
――カァーンー。
杖の音に合わせるように段々と紗夜の瞼が落ちていく。
「わたしを恨んでくれて構わない。君を彼女の身代わりにした、わたしを。君には、その権利がある」
「待って……まだ……話しが……」
――カァーンー。
ウィリベールの声が遠い。
「起きたら、机の上を見てくれ……わたしが言うのは、烏滸がましいが……君の幸せを願おう……」
その言葉を最後に紗夜の視界が真っ暗に染まった。抗うことも出来ず、意識が落ちていく……。