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 気がつくと紗夜は、真っ白な空間で佇んでいた。

 上下左右、どこを見てもただひたすらに、真っ白な空間が続いているだけの寂しい場所だ。



 ――カァーンー。



 その何も無い空間に、何かを叩きつけたような音が響いた。

 すると音に合わせるように、床に波紋が広がった。

 紗夜は、音の発生源である波紋の中心に目を向ける。


 そこには一人の美しい男が、紗夜からちょうど、人を三人ほど挟んだ位置に立っていた。

 柔らかそうな短い金髪、澄んだエメラルドグリーンの瞳が紗夜を見つめる。

 青いローブを身に纏い片手には、その身と同じくらいの長さの先端に水晶が付いた杖を持っている。



 ――なんか、物語に出て来る魔法使いみたい……。



「えっと……ここは、どこで? あなたは、誰ですか?」



 紗夜が声を掛けると、男は徐に杖を持ち上げて床についた。



 ――カァーンー。



 先程と同じ音が響き、波紋が広がった。



「初めまして、霞沢・紗夜さん。どうも魔法使いです」


「本当に魔法使いだった」



 反射的に返した紗夜だったが、言っている意味がすぐには理解出来なかった。



「えっ? 魔法使い? 魔法使いって、言いました?」


「言いましたね」



 魔法使い。その名の通り、魔法を使える者を指す総称である。古くから小説や童話に登場し、近年は、ゲームや漫画本・アニメ・映画と登場の幅を広げている想像上の存在だ。



 ――そう。……あくまで紗夜にとっては、()()()の存在なのだ。



「そっか! 夢か! こんな夢見るなんて、寝る前の私、そんなにDVD観れなかったのが心残りだったのね!」



 ――だったら、早く目を覚まして、今度こそ心置きなくDVD再上映会を開催しなくちゃ。ジャンルは、ファンタジー系にしよう……。



 紗夜は目を瞑り、覚めろ、覚めろと念じた。



「おーい、確かにここは夢の中ですけど、目を覚ましてもDVDは観れないですよ」



 ――だって、あなたを()()()()に連れてきたのは、わたしですから。



 衝撃的な言葉を告げられたのに、紗夜が先に思ったのは……。



 ――魔法使いの口からDVDとか聞きたくなかった……。



「……この世界って、どういうこと? それに連れてきたって……」



 今更ながら、夢の中なのに紗夜の心臓がドク、ドクと全力疾走した後のようになっている。

 聞いてはいけない。けれど、聞かなければいけない。相反する思いが紗夜の心に芽生えた。

 そんな焦りにも似た心を抱えている紗夜に対して男は、そうそうとしていた。



「そのままの意味ですよ。この夢も含めて、ここは、本来あなたがいた世界とは異なる世界なのですから」



 口元に笑みさえ浮かべている男は、どこか楽しそうだった。



「申し遅れました。わたしは、ここアンファングターク王国でしがない魔法使いを生業としている、ウィリベール・エスポワと申します」



 どうぞお見知り置きをと、ウィリベールは、胸の前に手を添えてその場に似合わぬ優雅なお辞儀をしてみせた。

 綺麗な所作のはずなのに、今の紗夜の心境では、その態度さえどこか態とらしく感じる。



「……そのしがない魔法使いが、私に何のようですか?……」



 紗夜は特に感が鋭いわけではない。

 それなのに、先程から第六感なのか、嫌な予感がしていた。


 ウィリベールは、紗夜のその考えを肯定するように、残酷な言葉を吐き出した。



「あなたは身代わりですよ」



 ――身代わり?



 身代わり。主な意味として、他人の行動や役割を代わることだ。

 話しの流れからして、この場合は、()()の代わりの方だろう。



「私は、誰かの身代わりとして……あなたにこの世界に連れて来られたってことなの?」



 紗夜の答えにウィリベールは、満足そうに笑みを深くした。



「ご名答。あなたには、()()の身代わりとしてこの世界で生きていただきます」



 有無を言わさずウィリベールが断言する。それに慌てるのは、突然理不尽な言葉をかけられた紗夜だ。



「はあっ! いきなりそんな勝手なこと言われて! はい、分かりました。って、誰が了承するのよ!」



 紗夜が至極真っ当の物言いをするのを見ながら、ウィリベールは変わらずニコニコとしている。



「おや? 気に入りませんか、おかしいですね?」



 ――わたしは、あなたの願いを叶えてあげたのに……。



 ウィリベールの決して大きくないはずの囁き声は、確かに紗夜の耳に届いた。



「私の願いって……」


「願ったでしょう、異世界に行きたいと」



 矢継ぎ早にウィリベールから言われた言葉に紗夜は寝る前にふと、考えたことを思い出す。



(せめて夢の中だけでも良いから、好きなキャラクターに会いたいな。それか、異世界行く体験とかしてみたいわ)



 ――確かに紗夜は、願った。けれど、そんなことって……。



「嘘……だって……あんなちょっとした思いつき……」



 紗夜は動揺を隠せなかった。

 だって、そうだろう……紗夜のように創作物が好きで、空想に想いを馳せたことがある者ならば――異世界に行きたいと願ったことはあるはずだ。



「……何で、私だったの?」



 ――そうだ、なぜ紗夜が選ばれたのか。



「彼女……エリザ・ミラジュストと同一の魂を持ち、身代わりになれるのが霞沢(かすみざわ)紗夜(さや)だった……」




 ウィリベールは、そっと一度瞼を伏せた。








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