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謁見の間に戻るまでの道中、全員言葉を発さなかった。
陛下に同じく呼び出されたのだろう。紗夜達より先に、ミラジュスト家の面々は謁見の間に戻っていた。エリザと何を話したか知らないが、先ほどよりも落ち着いているように見える。相変わらず、紗夜へと何か言いたげな視線は向けたままだが……。
フィロスパードが紗夜を安心させるように傍に寄り添う。
グランツ陛下の前には、ウィリベールとエリザが跪いていた。
――彼らの判決が下される。
「被告人ウィリベール・エスポワ」
「はい」
「被告人エリザ・ミラジュスト」
「はい」
二人は粛々と頭をたれた。
「両名は、禁忌とさせる『身代わり魔法』を企て、これを行使した」
静かな空間にグランツの声が響き渡る。
誰も言葉を発さないし、言葉を発しこの空間を壊す愚か者はいない。
「あまつさえ、異なる世界の者を呼び寄せて巻き込んだ。この罪は重い……」
紗夜はゴクリと喉を鳴らした。緊張によって手も汗ばんできた。
身体を硬くして判決を見守る紗夜の肩を、フィロスパードがそっと抱いた。
紗夜がフィロスパードを見上げると、彼は凪いだ眼差しで紗夜を見下ろし、ゆっくりと頷いて見せた。
「審議の結果、まずウィリベール・エスポワ。魔法使いの杖を封印処分とする」
ウィリベールの杖は、師から一人前と認められた時に作り出されたものだ。魔力量が多いウィリベールに合わせて作られた、この世に二つと無い代物だ。
杖が無くても使える魔法もあるが、魔力のコントロールも担っていた杖が無い場合では使える魔法は限られる。
『身代わり魔法』のような強大な魔法は、二度と使うことが出来ないだろう。
「エリザ・ミラジュスト。家名からの除名処分とする」
貴族社会にとって、家名から除名されることは懲罰の中で最も重い措置となっている。
マルガレーテ夫人がジョルジュ侯爵に縋り付いているのが紗夜には見えた。
「そして、両名共に……魔封じを施し国外追放とする。自らの意思で、この国への立ち入りを一切禁止とする」
魔封じは、生命維持活動出来る範囲以外の魔力を封じられる処罰だ。魔力量が比較的多い者の中には、魔封じを施されても少しの魔法を使える者もいる。しかし、大半は魔封じを施された者は一切魔法が使えなくなる。
グランツ陛下の厳格な声が広間に響き、判決が言い渡された。
「「全て陛下の御心のままに」」
ウィリベールとエリザは全てを受け入れて、深々と頭を下げた。
リベラによってウィリベールとエリザが謁見の間を退室する。紗夜もフィロスパードに連れられて広間を辞した。ミラジュスト家の者達はグランツ陛下によって広間に残っている。
別室に戻りソファに対面して座った、紗夜とフィロスパードの間に沈黙が続く。
「…………」
「…………」
――極刑じゃなくて、良かったと言うべきなのか、けれど……。
「国外追放……」
他にも耳慣れない言葉もあったが、言葉のニュアンスから、なんとなくでも察することは出来る。それらのことから、決して軽い罰ではないだろう。
「禁忌の魔法は総じて大量の魔力を消費する、その為まず扱える者が限られるんだ。極刑を避けたとしても、簡単に野放しにすることは出来ない」
2人の間にあるテーブルの一点を、フィロスパードが硬い表情で見つめる。
「国王陛下が私の意見を参考にしてくれたことは、分かっています。なのでフィロスパード様がそんなに気に病まないで下さい」
最悪2人一緒に幽閉という道も念頭にあった紗夜は、先ほどからずっと難しい顔をしたままのフィロスパードへと、気負わせないように声を掛ける。
「…………」
フィロスパードはおもむろに、片手で目元を隠して俯いた。
「フィロスパード様?」
突如思い詰めたように、項垂れるフィロスパードに紗夜は不安になった。
――知らないうちに、何かフィロスパード様の琴線に触れてしまったのだろうか。
紗夜は沈黙の中、フィロスパードの返答を心を騒つかせながら待った。
「……サヤ」
「はい」
紗夜の名を呼んでくれたが、フィロスパードの体制はそのままだ。
「判決はもう覆らない。彼らは国外追放となり、サヤがこの国にいる限り、彼らと会うことはまず無い」
「はい」
紗夜はこれから、この世界で生きていかなくてはならない。紗夜の中で確立している常識が通じない場面も出てくるだろう。知らなか場所で生きるというのは並大抵のことではないのだ。
「不本意かもしれないが、彼らとサヤは『身代わり魔法』を通じて個々の魂に繋がりが出来ている」
「魂の繋がり……」
――言葉の響きだけ聞くと素敵だけど、繋がっている人達を考えると微妙な気分。どうせ繋がるなら……。
紗夜はフィロスパードを見つめる。つらつらと吐き出すように説明をする、フィロスパードの真意が紗夜には分からなかった。
紗夜は座っていたソファから腰を上げると、フィロスパードの隣に寄り添うように座った。
フィロスパードが紗夜に何度もしてくれたように、紗夜はフィロスパードの膝に置かれたままになっていた手に自身の手を添えた。
それでも、フィロスパードは目元を覆っている手を外さない。
「フィロスパード様、こっちを見てください」
紗夜の呼び掛けにフィロスパードは、やっと目元から手を離して紗夜に目を向ける。
「どうして、フィロスパード様がそんな顔をするんですか?」
フィロスパードの露わになった顔は眉尻が下がり、キラキラと輝いていた瞳は不安そうに揺れていた。
紗夜が目元にそっと手を伸ばすと、たどり着く前にフィロスパードが紗夜の手を自身の頬へと添えさせた。
「……俺は彼らに嫉妬したんだ」
「嫉妬……」
思わぬ言葉に紗夜はフィロスパードの言葉を繰り返す。
「そうだ嫉妬だ。紗夜にとって意図したことでないのは分かっているのに、彼らと紗夜に結ばれた繋がりに腹が立った。そして、彼らが国外追放となる事実に喜んだ」
フィロスパードの瞳は、まるで迷子の子供のように、愛する者を求めて揺れていた。
紗夜はフィロスパードの言葉を黙って受け止める。
「サヤにとっては、決して喜ばしいことではないのに俺は……元の世界に戻れないと知った時も喜んでしまった」
フィロスパードに掴まれている、紗夜の手がピクリと動いた。フィロスパードは紗夜の手が離れてしまわないように、握った手に力を込める。
「これでサヤと一緒にいられると……」
フィロスパードは、紗夜の瞳をじっと見つめて告げた。
「サヤを好きになって初めて、自分の中に眠る感情を知った。愛することで知る嬉しい気持ちも、苦しい気持ちもサヤがこれからも俺に教え続けてくれ」
紗夜はフィロスパードの瞳を見返す。
生まれも育ちも、更に世界も違う人。出会うはずのなかった人。依存だと言う人がいるかもしれない。同情だと言う人がいるかもしれない。
――けれども……。
「一緒に……」
――今の私の素直な気持ちは、確かに存在する。
「一緒にいたいです……フィロスパード様が、好きだから」
――この人を愛し続けたい――
紗夜は瞳に涙を溜めながら、フィロスパードの胸元に自ら飛び込んだ。
フィロスパードが紗夜を優しく、しかし決して離れないように抱きしめる。
「サヤ、泣かないでくれ」
「今だけはっ、今だけは泣かせて下さいっ!」
フィロスパードと想いが通じ合った嬉しさ、元の世界に戻れない切なさ、それによっての親しき者達との別れの現実。紗夜の涙には、様々な想いが入り組んで流れ続けた。
フィロスパードは嗚咽交じりに父母達を呼ぶ紗夜を、ただひたすらに抱きしめ続けた。




