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リベラは何でもないことのように杖を振っている。
「…………」
紗夜は口をポカーンと開けるしかなかった。
「サヤ、大丈夫か?」
フィロスパードが紗夜の肩に軽く手を置く。
「大丈夫じゃないです……」
――待って! 待って! 陛下が見てる⁉︎ ずっと見られてたの⁉︎
「フィロスパード様! 私変なこと口走ったりしてないですよね⁉︎」
紗夜はグリンッと音がしそうな勢いで、フィロスパードへと顔を向けた。
「変なことなんて何も言ってないから大丈夫だ、落ち着いてくれ」
フィロスパードが宥めるように紗夜の背を撫でた。それでも、紗夜の内心の荒れは治らなかった。
――落ち着くってどうするんだった⁉︎ だって、全部筒抜けだったってことでしょ⁉︎
そこにリベラが火に油を注ぐように、追加の言葉をかけた。
「ちなみに、ミラジュスト家の方々がいる別室にも、同様の水晶玉を置いている」
「え?」
――それって……あの人達に私の内心を知られたってこと?
「サヤ嬢の許可もなく、勝手なことをして悪かった。でもこれは判決を決める上でも、必要なことなんだ……」
紗夜はぐっと口元に力を入れた。
元の世界の裁判でも、色々調査した上で判決を下す。
この国には、この国のやり方があるのだろう。
「分かりました……」
いつのまにか背を撫でていたフィロスパードの手は、肩に添えられていた。
「すまない……改めてサヤ嬢の意見を聞かせてくれるか?」
リベラが落ち着いた口調で問う。
――何を言えばいいの……。
姿は見えないが、この国の最高権力者である国王が今回の件の判決に、紗夜の意見を参考にするという。
先程まで話していた内容は、紛れもなく紗夜の本心だ。真剣に言葉にしたつもりだ。
けれど、見られている事実を知った以上言葉の重みは変わってくる。紗夜の言葉一つ一つが彼らの人生を左右すると思うと……。
――怖いっ!
その場の者達が紗夜が口を開くのを待つ一方で、紗夜は怯えるように口を硬く閉ざした。
「…………」
「サヤ」
そんな紗夜に、フィロスパードが優しく名前を呼ぶ。呼ばれた紗夜は、フィロスパードへと顔を向けた。その顔は眉尻が下がり、瞳は不安を表すようにユラユラと揺れていた。
「難しく考えなくていい、先程のようにサヤの正直な気持ちを教えてくれ」
フィロスパードが両手で紗夜の頬を包み込み、目を合わせる。紗夜の視界には、フィロスパードのキラキラと輝く瞳だけが映っていた。
「怯えなくていい、サヤを否定したりなんかしないから」
フィロスパードの言葉が紗夜の中に溶け込む。
――この人はどうして……私の欲しい言葉をくれるんだろう。
「フィロスパード様……」
「大丈夫」
フィロスパードが安心させるように、優しく紗夜の頬を撫でた。紗夜はフィロスパードと見つめ合うと、コクリと首を縦に振った。その様子を確認したフィロスパードが、頬から手を離す。
温もりが離れていくことに寂しさを感じたが、その気持ちにいったん蓋をする。
紗夜は居ずまいを正し、リベラとウィリベールに向き合った。リベラは静かに紗夜の言葉を待ち、ウィリベールは目を瞑り瞳を閉ざしていた。
「……難しいことは分からないです。私はこの国の法律に詳しい訳でもないので」
紗夜は頭の中を整理しながら、言葉を発する。
「でも、私の意見を参考にしていただけると言うのならば……」
紗夜は心を落ち着かせるように、一呼吸置いた。
「ウィリベールとエリザが一緒にいられるようにしてほしいです」
紗夜の言葉を聞いたその場にいた者達は、皆驚きに目を見開いた。
自分の言葉を言い切った紗夜は、真っ直ぐと前を見据えた。
「……それは、なぜ?」
その中でリベラが冷静に問いかけた。
今までの話の流れから、紗夜が二人の支援をするようなことを言うとは思わなかったのだ。
「……大切な人と離れることはとても悲しく、苦しいことです」
紗夜は自身の手に重ねられている、フィロスパードの手を自らも握った。フィロスパードはそれに答えるように握り返した。
「私は臆病だから、二人の命を背負うことなんて出来ません」
仮に二人に極刑の判決が下されたとしたら、紗夜は一生その事実を引きずるだろう。
「私は、この事件の当事者です。たぶん一生二人のことは許せないと思います……」
それだけ紗夜の失ったモノは大きい。家族、友人、元の世界、サヤにとってかけがえのない存在だ。
「でも、このことが無かったら……私はフィロスパード様に出会えなかった」
「サヤ……」
フィロスパードが思わず、といったように紗夜の名前を呼ぶ。
「フィロスパード様と出会わなかったら、こんな気持ちを知ることもなかったかもしれない」
この世界に来たばかりの頃は、ウィリベールとエリザの気持ちなんて全然分からなかった。
けれど、フィロスパードと出会い恋をして気付いたことがある。
それは実際の、愛し合う二人に出会ったことで確信した。
「この人と、ずっと一緒にいたい」
それは紛れも無い紗夜の心からの本心だった。
「確かに彼らのやり方は間違っていました。
けれど、フィロスパード様と出会わせてくれた事実には感謝してるんです……」
恋は盲目とはよく言ったもので、自分の中にこんなに、溢れるような感情があるとは思ってもみなかった。
「これが、私の本心です。参考になったか分かりませんが、どうかよろしくお願いします」
双方無言の時間が続く。
すると、おもむろにリベラが耳元を飾るピアスに触れる。
「はい、リベラです。はい、はい、ではこれからそちらに向かいます」
傍目から見たら、独り言を言っているようにしか見えない。
リベラはピアスから手を離すと、その場で立ち上がった。
「父上からか」
「はい、殿下。陛下から謁見の間に戻るようにと」
それが意味していることとは……。
「彼らの判決が下されます」




