22
フィロスパードの案内の元、用意された別室に着いた。
紗夜とフィロスパードが並んでソファに座り、その対面に車椅子から降りたウィリベールとリベラが座った。
「紅茶でいいか?」
「は、はい」
フィロスパードは紗夜に確認すると、いつのまにか出入口に控えていた王室付きメイドへと指示した。
「殿下わたし達には聞いてくれないのか」
リベラが不満そうにフィロスパードへと訴える。
「リベラは、いつも『飲めれば何でもいい』って言うじゃないか。聞くだけ無駄だ」
「まあ、確かに師匠は昔から飲食に無頓着でしたからね」
その間にメイドが各々に、紅茶をセッティングする。
ふわりと紅茶のいい香りが部屋に満ちる。
「いい香り」
「王室御用達の茶葉だ。紗夜にも、気に入ってもらえたら嬉しい」
フィロスパードが目尻を下げながら、紗夜へと微笑む。
「サヤ嬢にはお優しいことで」
リベラが肩をすくめる。
紗夜はカップを手に取り、一口飲んだ。スッキリとした風味が口の中に広がり、強張っていた肩の力が抜けた。。
「美味しい」
「良かった」
フィロスパード達も一口ずつ飲み、カップをソーサーに置いた。
「さて、それじゃあ本題に入ろう」
リベラの言葉に皆、顔を引き締めた。
――本題……。そうだ、ゆっくりお茶をしに来た訳じゃない。
「一先ずウィリベールの体調面に関しては、ほぼ完治した。車椅子は念の為だ」
「そうですか、良かった……」
リベラがウィリベールの肩を、軽く叩きながら教える。
それに紗夜は安心して、胸を撫で下ろした。
「分からないな」
そんな紗夜の姿を真顔で見ていたウィリベールが、思わずと言ったように言葉を発した。
二の句を継げようとしたリベラの言葉が止まる。
その場にいた皆の視線が、ウィリベールへと向く。
「わたしは君に恨み辛みを吐かれることはあっても、心配されるような存在じゃない」
ウィリベールが紗夜を見つめる。
言ってしまえばウィリベールは己の身勝手で、紗夜を無理矢理元の世界から切り離したいわば加害者だ。
被害者である紗夜が、ウィリベールの体調を気遣うことに疑問があるのだろう。
「確かにあなたの行いには、はっきり言って頭にきています」
紗夜は姿勢を正すとウィリベールを見つめ返した。
「勝手に身代わりだとか言ってこの世界に連れてこられて、家族や友人とも引き離されました」
ウィリベールは、じっと紗夜の言葉に耳を傾けていた。周りも口を挟まずやり取りを見守る。
「何も分からない全く知らない世界、なのに周りの人達は私がここにいることが当たり前のことのように接してくる」
思い出されるのは、ミラジュスト侯爵家の人々やクレアのこと。謁見の間を出て行く時の、もの言いたげな視線が忘れられない。
「優しくしてくれて、心配してくれて嬉しかった。でも……同時に怖くなった」
紗夜の視線がだんだんと自分の膝へと落ちていく。フィロスパードが、紗夜の膝に置かれている両手に己の片手をそっと重ねた。
「知らないはずなのに、サヤと名前を呼ばれるたびに私が本来いる場所はここなのか、って錯覚しそうになった。元の世界と思っている場所は、私の妄想なんじゃないかと……」
紗夜の震える手を、フィロスパードは痛みを与えないよう強く握った。
心配性で、過保護気味な侯爵家の方達。優しく、友人のような姉のような存在に思い始めたクレア。
打ち解けて、仲良くしていくと嬉しい反面、この世界にいることを、享受していく自分自信が怖かったのだ。
「私はある意味安心したの、現実世界であなたとエリザに会って。私のこの記憶は妄想なんかじゃなかったって……」
「…………」
ウィリベールは黙ったままだ。
「サヤ嬢」
リベラが静かに紗夜の名前を呼んだ。紗夜は膝から視線を外し、リベラへと顔を向けた。
「今のあなたに言うのは、大変酷なことだと思う。だから落ち着いて聞いてほしい」
「リベラ」
リベラの言葉に反応を示すフィロスパード。リベラが何を告げようとしているのか気付き、名前を呼ぶことで静止を促す。
「殿下、隠していてもいずれ分かることだ」
しかし、リベラはそれをピシャリと跳ね除け、紗夜へと向き合った。
「結論から言うと……わたし達には、あなたを元の世界に戻すことは出来ない……」
リベラの言葉がこの場を支配する。
フィロスパードが心配そうに紗夜を見つめる。
ウィリベールは黙ったまま紗夜の様子を伺っていた。
当の紗夜は……。
「そうですか……」
感情を押し留めるように、瞼を閉じながらリベラの言葉を受け止めていた。
紗夜が真っ先に感じたのは、絶望でも怒りでもない。
――やっぱり……。
納得だった。
紗夜はこの七日間ずっと考えていたのだ。ウィリベールのこと、エリザのこと、フィロスパードのことなど、挙げだしたらきりがない。
そして、勿論元の世界のことを……。
「サヤ……」
フィロスパードの顔は見れなかった。
「何となく……予想はしてたんです。もう、元の世界には戻れないんじゃないかと……」
紗夜は、膨大な魔力が必要な『身代わり魔法』で呼び出された。
――魔力量が多いと言っていたウィリベールが、死にかけるようなエネルギーが必要なら、私を元の世界に簡単に戻せる訳がない……。
「謝って許されるとは思っていない。わたしは君に取り返しのつかないことをした……一生いや、死んでも償いきれない」
ウィリベールが真っ直ぐ紗夜を見て、頭を深く下げた。
「エリザと一緒にいたいという想いが、君を巻き込んだ。本当にすまないことをした、わたしはどんな罰でも受け入れよう」
――罰って……。
「あの、彼らの処罰って!」
――そうだ、フィロスパード様が言ってたじゃない! 処罰は免れないって!
「そのことだが、サヤ嬢の意見を聞きたい」
ほとんど蚊帳の外状態だったリベラが、紗夜に告げる。
「どういうことですか?」
紗夜が困惑を示す。
「ウィリベールが使ったのは禁忌の魔法。本来なら治療期間など設けず、その場で極刑に処されてもおかしくなかった」
リベラの言葉に紗夜は背筋がゾッとして、無意識にブルリッと一瞬震えた。
――極刑、それはすなわち死を表している。彼らは、あの場で死んでたかもしれない……。
「処罰の宣言は陛下が行う。なので、その前にサヤ嬢の意見を陛下に伝えたい。陛下はサヤ嬢の意見を考慮してくれる」
リベラが真剣に紗夜へ説明する。
「リベラさんが伝えてくれるんですか?」
――それともグランツ陛下の所に戻るのかな?
「いや、陛下が間接的に聞いてくれる。ちなみに今もだ」
「はい?」
紗夜が首を傾げると、リベラが自分の杖を軽く降った。
「わたしの杖を媒介にして、陛下が持つ水晶玉と繋げている。だから、陛下はこの場の様子も分かるし、声も聞こえている」




