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 紗夜とミラジュスト侯爵家の者達は、城からの使いの馬車に揺られていた。



 紗夜はこの七日間、この世界に来てからのいつも通りを過ごしていた。部屋にこもり、ひたすら本を読み続けた。

 集中している間は、余計なことを考えなくていいからだ。



「一体何があったんだ。俺達だけじゃなく、嫁いだ姉上やクレアまで呼び出されるなんて……」



 紗夜と一緒の馬車に乗っている、ソルラントが訝しむ。


 どうやらフィロスパードは、此度の件についてソルラントに何も話していないみたいだ。



 ――まあ、事が事だもんなあ。



 突然、家族だと思っていた人が『身代わり』にされた者だと言われても、訳が分からないだろう。

 禁忌の魔法だと言っていたし、複雑な事情もあるはずだ。

 そうしたら、きっと……。



「ソルラント兄様」



 窓の外の景色を流し見ていたソルラントが、紗夜の呼び掛けに反応して目を向ける。



「行けば、分かりますよ」



 もうこの人達とは、一緒にいられない。



 ――上手く笑えただろうか……。



「サヤ?」



 困惑したソルラントの声を聞きながら、紗夜は窓の外の景色を目に焼き付けた。




 ***


 紗夜達は、王城の謁見の間へと続く扉の前に立っていた。

 人払いが成されているのか、廊下の少し先に兵士の姿はあるが、扉の前には誰もいない。



 ――この先に……。



 誰も手を触れていないのに、扉がゆっくりと開かれる。


 扉の先には三人の人物がいた。左右に別れて礼服のような装いのフィロスパードと、以前見た真っ白なローブ姿のリベラ。

 そして、その二人に挟まれるように、真ん中には威厳とした態度で玉座に座る者がいた。

 グランツ・ルスト・アンファングターク。今代のアンファングターク王国の国王陛下である。おおらかな人柄の中に慧眼を持つ、民達から慕われる賢君と、【説明書】にあった。



 ――この方が、フィロスパード様のお父様……。



 紗夜は礼儀作法の先生に習ったことを思い出しながら、ドレスのスカートを軽く持ち腰を曲げ、深々と頭を下げた。侯爵家の方々と共に、国王陛下へと最敬礼した。



「急な呼び出しに応えてくれたことに感謝する。此度の件は、ミラジュスト侯爵家の末娘についてだ」



 グランツは()()()名を伏せて、ジョルジュ侯爵へと視線を向けた。



「末娘……サヤのことでございますか?」



 思い当たることが全くないジョルジュは、グランツの言葉に困惑する。


 皆の視線が紗夜へと向く。紗夜はそれを静かに受け止めた。



「いや、違う……リベラ」


「はい、陛下」



 ジョルジュの言葉を否定したグランツは、リベラへと目を向ける。グランツの意を汲んだリベラは、杖を振る。

 すると、リベラの杖に合わせるように先ほどまで何もなかったリベラの横に、二人の人物が現れた。

 車椅子に乗ったウィリベールと、その後ろにエリザが立っていた。


 ミラジュスト家とクレアが息を呑む。



「なっ! エリザ⁉︎ えっ? エリザって?」



 ソルラントが思わずといったように、声を上げた。しかし、違和感を拭えないのだろう、視線が紗夜とエリザとを行ったり来たりしている。



「ど、どういうことなんでしょうか?」



 ジョルジュが果敢に問い掛けた。



「この者達は、禁忌である身代わり魔法を使った」



 リベラが粛々(しゅくしゅく)と説明する。



「エリザ・ミラジュスト。『本物』のミラジュスト侯爵家の末娘だ。そして、そちらのサヤは、この者達の魔法に巻き込まれ『身代わり』とされた、異なる世界から呼び寄せられた者だ」



 それが合図だったかのように、困惑していた者達の目が見開かれた。



「エリザ……」



 マルガレーテ侯爵夫人が、両手で口元を覆いながら震える。

 先ほどまでと明らかに、瞳に乗せている感情の色が違った。はっきりとエリザを認識している。

 しかし、同時に娘の仕出かしたことの重さを痛感したのだろう、一気に顔色を悪くした。



「……別室を用意している、少しだが、話し合え。リベラ、案内を」


「はい、陛下。それでは皆様こちらへ」



 リベラが、ミラジュスト侯爵家の者達とクレアを案内する為、謁見の間を出る。それにジョルジュ達が続くが、皆最後まで紗夜へと視線を向け続けた。

 紗夜は、それに応えられなかった。


 謁見の間には、四人だけが残った。



「サヤ殿でよろしかったか?」


「あっ、はい!」



 ――国王陛下の前なのに、ぼーっとしちゃってた!



「我が国の者が其方に迷惑を掛けた。すまぬ」


「国王陛下!」



 グランツがその場で紗夜へと頭を下げた。

 紗夜にだって、その行為がどれほど重みがあるか分かる。



「頭なんか下げないで下さい! あなたは何も悪くないのに!」



 ――王様に頭を下げられるなんて、恐れ多い!



「私は、玉座に踏ん反り返るだけの王になるつもりはない。民がいてこその私だ。その民が他国の者を巻き込んだ、謝罪はあって然るべきだ」



 グランツは頭を下げ続ける。



「サヤ、受け取ってやってくれ。父上は頑固なんだ」


「フィロスパード様……」



 紗夜はグランツへと目を向ける。



 ――それで、この方が満足するなら……。



「……陛下の謝罪、確かに受け取りました」


「ありがとう」



 グランツが柔らかく微笑む。その笑みは確かに、フィロスパードとの血の繋がりを感じた。



「サヤにも別室を用意している、そこで少し休もう。……ウィリベールからも、話があるそうだ」


「ウィリベール……体調は良くなったんですか?」



 車椅子に乗ったままウィリベールが近付いて来て、フィロスパードの代わりに答えた。



「それも含めての話だよ」


「ああ、それでは父上、俺達も一旦失礼します」


「失礼致します」



 フィロスパードとウィリベールが、グランツへとお辞儀をした。紗夜も慌ててお辞儀した。



「し、失礼致しますっ!」


「ああ、少しの間だが休んでくれ」



 謁見の間を出ると、ちょうど廊下の先からリベラも戻って来た。



「なんだ、お前達も移動するのか?」


「ああ、ちょうど良かった。リベラも来てくれ」



 フィロスパードが先導して、リベラが来た方向とは逆の廊下を進む。リベラはウィリベールの背後に立つと、慣れたように車椅子を押して彼に続いた。



「…………」



 紗夜は、リベラが来た方向の廊下を見つめていた。

 思考を飛ばすように頭を振ると、紗夜はフィロスパード達の後を追った。




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