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 床に沈められたウィリベールへ必死に呼び掛けるエリザ、そのウィリベールに(さげす)む眼差しを送るリベラ。

 その光景から目を背けるフィロスパード、やはり変わらぬ無表情で微動だにしないリスト。



「フィロスパード様……」



 ――この状況どうしろと……。



 紗夜の訴えが通じたのか、フィロスパードは溜め息混じりに、リベラに向き直った。



「リベラ、いい加減にしろ。痛めつける為に連れてきたんじゃない」


「チッ、殿下に感謝しな」



 ――舌打ちした⁉︎



「どこのヤンキーですか……」



 紗夜が戦々恐々しながら、小さく呟く。



「それで、リベラの見立てでは、彼の様子はどうだ?」



 エリザの呼び掛けもあり、よろよろしながらウィリベールも起き上がった。



「一先ず今、ぶん殴った時に私の魔力を注いだ。あくまで一時的な処置としてな」



 ――ただ、殴ったわけじゃなかったんだ……。



「もう一発入れたいくらいよ……」と、リベラからボソリと呟かれた言葉に、紗夜は聞こえないフリをしといた。


 リベラが杖を振る。すると、本棚から一冊の本がリベラの元へと飛んで来て、空中に浮かぶ。



「治すには、薬の服用と同時に魔力の供給が必要だ」



 杖を振る度に本のページが捲られ、薬の材料だろう薬草のビンが宙を舞う。



「薬は分かるが、魔力供給については?」



 フィロスパードは、その光景に慣れたように疑問点だけを訊ねる。



「其奴の魔力回路は今、ぶっ壊れてるからな、魔力を注いでやらないとあっという間に死ぬぞ」



 エリザが肩を揺らした。ウィリベールは分かっていたのだろう、静かにリベラの言葉を聞いていた。



「……いちいち殴って供給するのか?」



 しかし、フィロスパードのこの言葉には、反応せざるを得なかったのだろう。一瞬にして、ウィリベールの顔が青褪めた。



「そうしたいのは山々だが、そうもいくまい。仕方ないから、胸元の核がある部分から供給する」



 ウィリベールが、あからさまにホッとした様子が紗夜には見えた。



 ――そりゃあ、アレを何発も食らったら、治る前に身が持たないよね。



 フィロスパードと話しながらも、薬の調合に必要な材料を用意したリベラが、不意に紗夜へと振り向いた。



「お嬢さん」


「はい⁉︎」



 紗夜は、突然声を掛けられたこともあるが、リベラの突飛な行動に若干の萎縮をしていた。その為、素っ頓狂な返事をしてしまった。



「そう、怯えるな。別に取って食ったりしない」



 リベラが紗夜に苦笑いを向ける。



「アレを見て、怯えるなというのは無理だよな」


「無理ですね」


「なんか言ったか、そこの男ども?」



 リベラの問いにフィロスパードとリストは首を振ることで答えた。



「全く、話が進まないじゃないか」



 リベラは腑に落ちなかったが、切り替えるように紗夜へ真っ直ぐな眼差しを向けた。

 それを向けられた紗夜は、自然と背筋が伸びる感じがした。



「……こやつの魔法の『身代わり』となった者だな」


「は、はい」



 リベラの問いは、質問でなく確認であった。

 リベラはジッと紗夜を見つめ続ける。



 ――な、何?



「本来お嬢さんには、何の関係もないのに、馬鹿弟子が迷惑をかけた。こんなことに巻き込んでしまい、誠に申し訳ない」



 リベラは紗夜へと深々と頭を下げた。そこには、弟子の不始末を誠心誠意謝罪する師の姿があった。



「あ、いえ、別に貴方が悪い訳じゃないので……」


「こやつに魔法を教えたのは、わたしだ。責任の一端はわたしにもある」



 リベラは頭を下げ続ける。



 ――ええ、これどうしたらいいの?



 紗夜が二の句を告げられずにいると、フィロスパードが近付いて来て、紗夜の肩にそっと手を置いた。



「リベラ、サヤが困ってる。一先ず顔を上げろ」



 フィロスパードが二人の仲介をする。



「しかし」


「上げろ」



 フィロスパードの(めい)にリベラは従い、顔を上げた。



「責任問題や処罰に関しては後だ。まず目下(もっか)の問題が先だ」



 フィロスパードの目線がウィリベールへと向けられる。

 リベラに魔力を注がれたといっても、傍目には違いが分からない。相変わらず、エリザに支えられている姿がそこにあった。



「生死がかかってるんだ。優先順位を間違えるな」


「……分かった。ベッドまで案内する、付いて来い」



 リベラはエリザとウィリベールに声を掛けると、そのままスタスタと部屋を出て行った。

 慌ててエリザが、ウィリベールを支えながら追い掛ける。ウィリベールが部屋を出る直前、紗夜へと声なき言葉を発した。



 ――すまない……。



 部屋には、紗夜達三人だけが残された。



「サヤ、今日は疲れただろう。屋敷まで送ろう」


「フィロスパード様、でも……」



 フィロスパードが紗夜の肩を支えながら促す。



「彼のことはリベラに任せてくれ。口も態度も悪いが、アレでも一流の国家魔法士だ」



 ――確かに私がここにいても、出来ることは何もない。



「……はい、お願いします」



 それから二人は、ミラジュスト家の屋敷に着くまで無言の時間を過ごした。

 紗夜にはそれが有り難かった。何を話せばいいか、分からなかったから。



「近いうちに城から使いの者を寄越す。その時、今後のことを話すことになると思う……」


「お任せします、私には何も出来ませんから……」


「サヤ……」



 何かを言いたそうなフィロスパードを(かわ)して、紗夜は愛想笑いでフィロスパードと別れた。



 クレアがソワソワした様子で、紗夜の帰りを迎えた。



「おかえりなさいませ、サヤ様」


「ただいま、クレア」



 紗夜が力無い笑顔を浮かべる。どう見ても楽しいデートを終えての帰宅、とは思えなかった。



「サヤ様……」



 クレアの声から、心配そうな雰囲気を感じる。



「ごめんなさいクレア、疲れたから部屋で休むわ。しばらく誰も部屋に近付けないで」


「……かしこまりました。お部屋でゆっくりお休み下さい」



 クレアのことを気遣える余裕もなく、紗夜はそのまま部屋へと向かう。


 紗夜は部屋に入ってすぐに、ベッドに身体を沈めた。シーツをギュッと握りしめ、枕に顔を埋めた。陽に当たった、清潔さを感じられる香りがする。



「私、どうなるんだろう……」



 漠然とした不安が、紗夜の胸中を渦巻いていた。




 城から使いの者が来たのは、それから七日後のことだった。




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