20
床に沈められたウィリベールへ必死に呼び掛けるエリザ、そのウィリベールに蔑む眼差しを送るリベラ。
その光景から目を背けるフィロスパード、やはり変わらぬ無表情で微動だにしないリスト。
「フィロスパード様……」
――この状況どうしろと……。
紗夜の訴えが通じたのか、フィロスパードは溜め息混じりに、リベラに向き直った。
「リベラ、いい加減にしろ。痛めつける為に連れてきたんじゃない」
「チッ、殿下に感謝しな」
――舌打ちした⁉︎
「どこのヤンキーですか……」
紗夜が戦々恐々しながら、小さく呟く。
「それで、リベラの見立てでは、彼の様子はどうだ?」
エリザの呼び掛けもあり、よろよろしながらウィリベールも起き上がった。
「一先ず今、ぶん殴った時に私の魔力を注いだ。あくまで一時的な処置としてな」
――ただ、殴ったわけじゃなかったんだ……。
「もう一発入れたいくらいよ……」と、リベラからボソリと呟かれた言葉に、紗夜は聞こえないフリをしといた。
リベラが杖を振る。すると、本棚から一冊の本がリベラの元へと飛んで来て、空中に浮かぶ。
「治すには、薬の服用と同時に魔力の供給が必要だ」
杖を振る度に本のページが捲られ、薬の材料だろう薬草のビンが宙を舞う。
「薬は分かるが、魔力供給については?」
フィロスパードは、その光景に慣れたように疑問点だけを訊ねる。
「其奴の魔力回路は今、ぶっ壊れてるからな、魔力を注いでやらないとあっという間に死ぬぞ」
エリザが肩を揺らした。ウィリベールは分かっていたのだろう、静かにリベラの言葉を聞いていた。
「……いちいち殴って供給するのか?」
しかし、フィロスパードのこの言葉には、反応せざるを得なかったのだろう。一瞬にして、ウィリベールの顔が青褪めた。
「そうしたいのは山々だが、そうもいくまい。仕方ないから、胸元の核がある部分から供給する」
ウィリベールが、あからさまにホッとした様子が紗夜には見えた。
――そりゃあ、アレを何発も食らったら、治る前に身が持たないよね。
フィロスパードと話しながらも、薬の調合に必要な材料を用意したリベラが、不意に紗夜へと振り向いた。
「お嬢さん」
「はい⁉︎」
紗夜は、突然声を掛けられたこともあるが、リベラの突飛な行動に若干の萎縮をしていた。その為、素っ頓狂な返事をしてしまった。
「そう、怯えるな。別に取って食ったりしない」
リベラが紗夜に苦笑いを向ける。
「アレを見て、怯えるなというのは無理だよな」
「無理ですね」
「なんか言ったか、そこの男ども?」
リベラの問いにフィロスパードとリストは首を振ることで答えた。
「全く、話が進まないじゃないか」
リベラは腑に落ちなかったが、切り替えるように紗夜へ真っ直ぐな眼差しを向けた。
それを向けられた紗夜は、自然と背筋が伸びる感じがした。
「……こやつの魔法の『身代わり』となった者だな」
「は、はい」
リベラの問いは、質問でなく確認であった。
リベラはジッと紗夜を見つめ続ける。
――な、何?
「本来お嬢さんには、何の関係もないのに、馬鹿弟子が迷惑をかけた。こんなことに巻き込んでしまい、誠に申し訳ない」
リベラは紗夜へと深々と頭を下げた。そこには、弟子の不始末を誠心誠意謝罪する師の姿があった。
「あ、いえ、別に貴方が悪い訳じゃないので……」
「こやつに魔法を教えたのは、わたしだ。責任の一端はわたしにもある」
リベラは頭を下げ続ける。
――ええ、これどうしたらいいの?
紗夜が二の句を告げられずにいると、フィロスパードが近付いて来て、紗夜の肩にそっと手を置いた。
「リベラ、サヤが困ってる。一先ず顔を上げろ」
フィロスパードが二人の仲介をする。
「しかし」
「上げろ」
フィロスパードの命にリベラは従い、顔を上げた。
「責任問題や処罰に関しては後だ。まず目下の問題が先だ」
フィロスパードの目線がウィリベールへと向けられる。
リベラに魔力を注がれたといっても、傍目には違いが分からない。相変わらず、エリザに支えられている姿がそこにあった。
「生死がかかってるんだ。優先順位を間違えるな」
「……分かった。ベッドまで案内する、付いて来い」
リベラはエリザとウィリベールに声を掛けると、そのままスタスタと部屋を出て行った。
慌ててエリザが、ウィリベールを支えながら追い掛ける。ウィリベールが部屋を出る直前、紗夜へと声なき言葉を発した。
――すまない……。
部屋には、紗夜達三人だけが残された。
「サヤ、今日は疲れただろう。屋敷まで送ろう」
「フィロスパード様、でも……」
フィロスパードが紗夜の肩を支えながら促す。
「彼のことはリベラに任せてくれ。口も態度も悪いが、アレでも一流の国家魔法士だ」
――確かに私がここにいても、出来ることは何もない。
「……はい、お願いします」
それから二人は、ミラジュスト家の屋敷に着くまで無言の時間を過ごした。
紗夜にはそれが有り難かった。何を話せばいいか、分からなかったから。
「近いうちに城から使いの者を寄越す。その時、今後のことを話すことになると思う……」
「お任せします、私には何も出来ませんから……」
「サヤ……」
何かを言いたそうなフィロスパードを躱して、紗夜は愛想笑いでフィロスパードと別れた。
クレアがソワソワした様子で、紗夜の帰りを迎えた。
「おかえりなさいませ、サヤ様」
「ただいま、クレア」
紗夜が力無い笑顔を浮かべる。どう見ても楽しいデートを終えての帰宅、とは思えなかった。
「サヤ様……」
クレアの声から、心配そうな雰囲気を感じる。
「ごめんなさいクレア、疲れたから部屋で休むわ。しばらく誰も部屋に近付けないで」
「……かしこまりました。お部屋でゆっくりお休み下さい」
クレアのことを気遣える余裕もなく、紗夜はそのまま部屋へと向かう。
紗夜は部屋に入ってすぐに、ベッドに身体を沈めた。シーツをギュッと握りしめ、枕に顔を埋めた。陽に当たった、清潔さを感じられる香りがする。
「私、どうなるんだろう……」
漠然とした不安が、紗夜の胸中を渦巻いていた。
城から使いの者が来たのは、それから七日後のことだった。




