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「どんな事情があろうと、禁忌の魔法を使用した事実は変わらない。……処罰は免れないだろう」
ウィリベールとエリザは静かに目を閉じた。
「だからと言って、瀕死の者を今すぐどうこうする気はない。状態を確認し、対処する為にリベラが城で待っている。詳しい話はそれからだ」
フィロスパードの言葉にウィリベールは、静かに頭をたれた。
「殿下のご意向のままに」
紗夜には、その光景を見ていることしか出来なかった。
「では、早速転移する」
フィロスパードが懐から、転移魔法式が組み込まれた魔石を取り出す。その間紗夜は、何か物足りなさを感じていた。
――何か忘れてるような?
「皆、俺の周りに集まれ。はぐれて別の場所に飛ばされては敵わないからな」
ウィリベールがベッドから、エリザと魔法の杖を支えにして立ち上がる。
――別の場所……!
「サヤ」
「ああっ!」
フィロスパードが紗夜に近付いたのと、紗夜が声を上げたのは同時だった。
「一角獣! 一角獣ですよ、フィロスパード様! 私達御者の方に、何も言わずここまで来ちゃいました!」
「あ……」
フィロスパードも思い出したのだろう。間の抜けた声が洩れた。
――ああっ! 確かに予想外の展開に動転していたとはいえ、どうしよう!
あわよくば、帰りにでも撫でさせてもらおうって、思っていたのに!
紗夜の脳裏には、忘れられて寂しそうに鳴く一角獣と、黄昏ている御者の姿が映った。
「今から、馬車まで戻るのは………」
「ああ、それなら心配いりません」
リストがフィロスパードへと顔を向ける。
「総統殿の所から、フィロスパード殿下の所に戻る途中で、御者には先に戻るように伝えておきました。あの状況じゃ、のんびりデートも続けられないと思いまして」
リストは、やはり無表情のまま何でもないことのように答えた。
紗夜の脳裏の一角獣と御者が、生き生きと駆け抜けて行った。
「良かったあ」
「お前なあ、そういうことは先に言え」
「聞かれなかったので」
紗夜がホッとしていると、フィロスパードとリストの気心知れたやり取りが聞こえる。
悪びれることなく答えるリストに対して、フィロスパードが脱力したように文句を言う。それは決して、不快に感じるようなやり取りではなかった。
――仲良いんだなあ。フィロスパード様、信頼してるって言ってたもんな。
紗夜はリストへと向き直る。
「リストさん」
紗夜の声に、フィロスパードへと向いていた顔を、紗夜へと向けるリスト。
「…………」
じっと見られるだけで返答はなかった。
「お気遣い下さって、ありがとうございます」
紗夜は、リストへとお辞儀した。
――リストさんが気付いてくれなかったら、一角獣や御者の方に悪いことするとこだったわ。
紗夜が頭を下げた瞬間、僅かにリストの目が見開く。それも、紗夜が頭を上げた時には元に戻っていた。
「……別にあんたの為じゃないし」
リストは、フイっと紗夜から目を背けた。表情こそ変わっていないが、先ほどの変化をフィロスパードは見逃していなかった。
「良かったな」
フィロスパードがリストの背中を軽く叩きながら、小さく声を掛けた。
「それじゃあ、ひとまずの心配ごとは無くなったし、今度こそ城に転移するぞ」
フィロスパードの言葉にエリザとウィリベールは、お互い離れないように支え合う。
「サヤ、手を」
後ろにリストを従えたフィロスパードも、紗夜へと手を差し出した。
「はい、フィロスパード様」
紗夜も離れないように、しっかりとフィロスパードの手を握った。
「行くぞ」
皆の様子を確認したフィロスパードは、魔石へと魔力を注いだ。すると、魔石が一際光り輝き五人を包み込んだ。光が止んだ部屋には、誰の姿も無かった。
光に驚き目を閉じていた紗夜は、一瞬の浮遊感を感じると、より一層フィロスパードの手を強く握った。
「大丈夫」
耳元でフィロスパードの低く落ち着いた声が聞こえた。
――ヒェー! 色っぽい! フィロスパード様、私にはちょっと刺激が強いです!
紗夜が自分の頬が赤くならないように意識していると、足が地面に着く感覚がした。
「遅かったな」
紗夜の知らない声が聞こえる。
「サヤ、もう目を開けても大丈夫だ」
フィロスパードの声に導かれ、紗夜はゆっくりと目を開けた。
「へ?」
目を開けた先に広がった光景は、全く知らない場所だった。
一つの教室分くらいある室内には、両脇の壁に本や何かの薬草らしきものが、入ったビンが並べられた棚がある。
机には、分厚い本が何冊も乱雑に置かれて積み重なっていた。更に、水場らしき場所には大鍋があり、近くの台には何かの葉を刻んだ痕跡が残っている。
――魔法使いの部屋だ!
そこは紗夜が想像していた、物語の中のような部屋が広がっていた。
「リベラ」
「待ちくたびれたわ、何の為に魔石を渡したと思ってる」
フィロスパードに名を呼ばれたのは、ウィリベールと似たような色の金髪を、高い位置で結った女性だった。
真っ白なローブの背中には、アンファングターク王家の紋章が刻まれている。彼女こそ、アンファングターク王国国家魔法士総統リベラ・シフリールその人だ。
「これでも、急いだ方だ」
「ふーん、で、そいつが例の者か」
リベラの視線がウィリベールに固定される。
ウィリベールは、先ほどから顔を上げず、エリザに支えられながらずっと床を見つめていた。
リベラが背丈を越える杖を手に持ちながら、早歩きでウィリベールに近付く。
「こんのおっ!」
リベラが拳を握りしめる。
「馬鹿弟子がぁぁぁぁっ!」
「ガフッ」
拳は容赦なく、ウィリベールの頭に振り下ろされた。
ウィリベールはそれに耐えきれず、床に沈んだ。ウィリベールを支えていたエリザも釣られて、床に膝をつくこととなった。
「ウィルッ!」
「へ? え? へ?」
――え? 弟子って言った⁉︎ 今、弟子って言ったよね⁉︎
エリザの悲痛な叫びも、紗夜の混乱も無視して、リベラが床に沈んだウィリベールの前に仁王立ちする。しかし、ウィリベールが起き上がる気配はない。
「……フィロスパード殿下」
「言うな」
その光景を黙って見ていた二人の男がいた。何か思うところがあるのだろう、リストが発言しようとすると、フィロスパードがそれを止めた。
しかし、フィロスパードも思うところは同じだったのだろう、それを感じ取ったリストは止められた言葉を発した。
「あれ、トドメさされたんじゃないですか」
「…………」
否定してくれる者は誰もいなかった。




