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 森の緑に映える二階建ての茶色い建物は、三角の屋根を支えるように丸太の壁で出来ていた。二階にはバルコニーが見え、一階の玄関扉へと続く外階段の手すりには、繊細な草木の彫刻が施されている。



 ――うわぁ! 童話作品に登場する家って感じ!



「魔法使いの家というのは、初めて見たな」


「まず、フィロスパード殿下がわざわざ訪ねることはありませんからね。用があるなら、王城にいる国家魔法士で事足りますから」



 紗夜達がまじまじと観察していると、エリザが振り向く。



「私から離れないようお願いします。下手に動くと、家に掛かっている侵入者対策の魔法が発動してしまいますので」



 エリザは外階段を登り、玄関扉の前に立つ。紗夜達もエリザから離れないように後に続いた。

 扉には真ん中に掌くらいの白い窪みがある。エリザがそっと窪みに手を添えた。すると白い部分が淡く光、ガチャリと鍵の開く音がした。



「おぉ、指紋認証みたい……」



 紗夜は、思わずつぶやいていた。



「どうぞお入り下さい。ウィルは、二階の寝室にいるはずです」



 開いた扉を支えながら、エリザが三人を招き入れる。



「お邪魔します」


「失礼する」


「失礼します」



 室内に一歩踏み入ると、リビングのような空間が広がっていた。手前には二階へと続く階段が見え、左右の壁には本棚にズラリと本が並んでいた。真ん中には丸テーブルと椅子が置かれ、テーブルには花が活けられた花瓶が飾られていて、奥には暖炉が見える。



 ――もっと、怪しい薬や材料とか置いてあるのかと思った……。



「こちらです」



 四人は一歩ずつ階段を上がっていく。足を掛ける度に微かにキシリと音がなる。



 二階に上がるとエリザは、一つの部屋の前で止まり扉をノックした。



 ――トン、トン。



「ウィル、入るわね」



 カチャリとノブを回して扉を開くと、一人の青年がベッドに横になっていた。


 短い金の髪が枕に広がり、瞳は固く閉ざされている。けれどその美しい顔立ちは、紗夜が夢の中で出会ったウィリベール・エスポワその人であった。



 ――本当にいた……。



 夢の中で出会った人物が、目の前にいるという事実に紗夜はわずかに戸惑った。


 エリザがウィリベールのベッドに近づく。

 顔は青白く、静か過ぎる寝息がより一層の不安を煽る。



「ウィル……」



 ウィリベールの瞼にかかった髪をエリザが優しくはらうと、彼の瞼が震えた。ゆっくりと目を開けたウィリベールは、エリザと目が合うと微笑む。



「エリザ……おかえり……」


「ウィル……気付いていたの?」



 ウィリベールのことを想って、この家を飛び出したのはエリザの独断だ。止められると思い、ウィリベールに何も言わずに出たのだ。



「結界魔法が揺れたからね、エリザが外に出たことには気付いていたよ。でも……まさか彼女を連れてくるとは思わなかったな」



 エリザが動揺していると、ウィリベールが紗夜達に顔を向けた。



「久しぶり、いや現実では初めまして、と言うべきかな。霞沢(かすみざわ)紗夜(さや)



 紗夜を、この世界に呼び寄せた張本人が目の前にいる。




 ベッドに、上半身だけを起こしたウィリベールが座る。エリザが甲斐甲斐しく、背もたれにクッションを追加する姿を眺める。



「ありがとう、エリザ。さて、せっかく来ていただいたのに、こんな格好で申し訳ない」



 ウィリベールは居住まいを正すと、軽く頭を下げた。



「あ、いえ、体調悪いなら無理しなくていいです……」



 ――なんか調子狂うなぁ。



 夢の中で会ったウィリベールは、ニコニコと紗夜に身代わりだと告げたかと思えば、次には真面目くさった表情で世界の説明をする、どこか掴み所がない男だった。


 今、紗夜の目の前にいるのは青白い顔でベッドに座り弱々しく微笑む、あの時の雰囲気を全く感じられない男だった。



「ウィリベールというのは、お前か?」



 フィロスパードが厳しい眼差しでウィリベールを見る。リストは、そんなフィロスパードの一歩後ろで無表情で控えていた。



「はい、お初にお目にかかります。ウィリベール・エスポワと申します。ご挨拶が遅れ申し訳ありません、フィロスパード・アンファングターク殿下」



 ウィリベールは、胸に手を当てベッドの上で出来る限りの礼をした。



「ああ、それで、その有り様は禁忌の魔法を使った代償か?」



 エリザがビクリッと肩を揺らし、ウィリベールの肩に縋るように手を置いた。



「ウィル……」



 ウィリベールがエリザの手に自身の手を重ねる。



「……おっしゃる通りです。禁忌である身代わり魔法を使ったことにより……わたしの身体の魔力回路が暴走しました。」


「魔力回路?」



 紗夜は聞き慣れない言葉に首を傾げる。



「誰もが魔力の核となるモノを身体に宿している。それと繋がって、身体全体を巡っているのが魔力回路だ」



 フィロスパードが自身の胸に手を当て、そこからもう片方の腕へと手を添わせていく。



 ――心臓と血管みたいなモノかな?



 ふと気付く。誰もが持っているモノということは、この世界ではこの知識は常識なのではないか。それをフィロスパードは紗夜に説明してくれた。

 それが示す意味は……。



「フィロスパード様……」



 紗夜とフィロスパードが見つめ合う。フッとフィロスパードが眉を下げ悲しげに微笑む。

 その微笑みは、何を意味しているのか。



「魔法書によると『身代わり』は、異なる世界から呼び寄せられるとあった。……本当なんだな……」



 フィロスパードは、表情を切り替えると説明を続けた。



「魔力回路は生命力にも関係している。そうだな、蓋がある瓶で例えるとしよう。瓶が核で、それに回路が繋がっている。回路によって注がれた分を核は一定量循環して溜め込み、使わない時は蓋が閉まっている。使う時は蓋が開き、使う分だけ取り出すことが出来る」


「その通りです。わたしの今の状態は回路が狂ってしまい、核に一定量溜めることも出来ず常時魔力が垂れ流されている状態です」



 ウィリベールがエリザから手を離し、その手を胸に持っていく。



「わたしは生まれつき魔力量が多く、今はなんとか持ちこたえていますが、それもいつまで持つか……」


「ふっ、うっ」



 ウィリベールの言葉にエリザが耐えきれず嗚咽を洩らす。



「そんな……」



 ――仮に核を心臓だとしたら、このままじゃウィリベールは……。



「ウィリベール・エスポワ。お前を国家魔法士総統リベラ・シフリールの元へ連れて行く」



 フィロスパードが荘厳とした態度で告げた。





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