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 リストは、思ったよりも早く戻って来た。正確に測った訳ではないが、体感にして三十分も経っていないだろう。

 丘から見えると言っても、それなりの距離がある王城を往復し、かつ対象人物を探して対処方法を聞いて来るなんて、もっと時間が掛かってもおかしくなかった。



 ――すごい……移動忍術みたいなのあるのかな?



 第一印象から紗夜には、リストが忍者にしか見えなかった。



「リベラはなんと?」


「総統殿の話では、実際に症状を見てみないことには、なんとも言えないと。けれど出来る限りの対処はするので、本人を連れてきてほしいと」


「……よく俺が行くことを了承したな」



 フィロスパードは、一国の王子だ。影護衛のリストは付くが、弱っているとはいえ禁忌の魔法を使う輩がいる場所に進んで行かせようとは思わないだろう。



「『止めたら止めたで、勝手に行きかねないからな。下手な問答するよりもいい。時間がないなら尚更だ、さっさと行って来い』と、総統殿のお言葉です」


「…………」


「フィロスパード様……」



 ――もしかして、フィロスパード様って思ったよりもやんちゃな方?



「リベラのやつ……」



 フィロスパードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「それと、総統殿からこちらを預かって参りました」



 リストが懐から何かを取り出して、フィロスパードの掌に乗せた。掌には、紐付きの布袋があった。フィロスパードが中身を取り出すとピンポン玉ほどの透明な赤い石が出てきた。



「綺麗……」


「これは?」


「転移魔法式が組み込まれた魔石です。それに魔力を込めることで対象者を特定の場所に移動させることが出来るとのことでした。」



 この世界には、魔力を込めることで効果を発動させる魔道具が数多く存在する。魔石もその一つだ。



「なるほどな、これを使って城まで来いということか」



 フィロスパードが魔石を陽にかざす。透明な赤がキラリと輝いた。



「……サヤ」


「行きますよ」



 リストが戻った今、一刻も早くウィリベールの元へ向かうべきだ。フィロスパードはもちろん、影護衛としてリストも向かう。エリザは案内人として必要だとしても、紗夜がこの同行に必要かと言われると否だろう。

 未知の場所に行くのだ、何も出来ない紗夜は足手まといになる可能性が高い。


 けれど……。



「私は当事者です。何が起こっているのか知る権利があります。黙って、大人しく待ってなんていられません」



 ――絶対! 付いて行きますよ!



 紗夜は、フィロスパードの上着の裾をギュッと掴んだ。

 紗夜は気が付いていなかったが、フィロスパードは、上目遣いで必死な紗夜の姿に不覚にもときめいていた。



「…………」


「付いて行きますからね」


「……フィロスパード殿下」



 唯一フィロスパードの心境に気付いたリストが、呆れた眼差しを主人へと向けた。



「コホンッ、サヤの言い分は分かった」



 フィロスパードは、わざとらしい咳払いをした。



「それじゃあっ!」


「ただし! 俺の側を決して離れるな。それが守れるなら連れて行く」



 フィロスパードが真剣に紗夜に言い聞かせる。何が起こるか分からないのだ、警戒するに越したことはない。



「はい! もちろんです! お側から離れません!」



 紗夜は、フィロスパードの裾を掴んだまま頷いた。



「なら、良い。おい、件の者の所に案内しろ」



 それまで黙って成り行きを見守っていたエリザが、フィロスパードの言葉にビクリッと反応する。



「は、はい! こちらです」



 エリザは、出て来た繁みへと歩みを進める。その後をフィロスパードと紗夜が続き、最後にリストが後ろを守るように付いて行く。




 ***


 森の中の道なき道を四人は、無言で歩いていた。



 ――そりゃあ、誰も喋れる訳ないよね。



 先頭を歩くエリザは、先ほどよりもマシな顔色だがウィリベールが心配なのだろう。自然と早歩き気味だ。フィロスパードも周囲を警戒しながら進んでいる為、楽しくお喋りなんてしていられない。フィロスパード以外に言葉数が少ない、最後尾のリストは言わずもがなだ。



 ――でもこの機会を逃したら、次にいつ聞くことが出来るか分からない。



 紗夜は、ギュッと胸の前で手を包むように組んだ。



「サヤ?」



 その様子に一番近くにいたフィロスパードが気付いた。



「ねえ……なんでこんなことしたの?」



 紗夜の問いかけにエリザの足がピタリと止まる。



「…………」



 薄暗い森の中に沈黙が続いた。



「……ウィルとずっと一緒にいたかったの……」



 エリザは沈んだ声で俯いた。



「小さい時から身体が弱くて、外でまともに遊んだこともない。学び舎にすら通えない。いつもお兄様やお姉様が羨ましかった……」



 エリザの独白を紗夜達は、じっと聞いていた。寂しそうな彼女の背中は、小刻みに震えていた。



「そんな時、夢でウィルに出会ったの」


「夢だと?」



 夢という曖昧な単語にフィロスパードは、訝しむ。



「はい、夢渡りといって催眠魔法の一種だとウィルは言っていました」



 エリザが振り向き、紗夜のことを眩しそうに見つめた。



「ウィルは、魔法使いの弟子として修行の毎日。お互いに同年代の友がいなかった私達は、すぐに仲良くなったわ。夢の中では疲れもなく、走り回ることも出来た」



 当時のことを思い出しているのだろう。エリザは、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。



「何年もウィルと夢で会って交流して、彼のことがどんどん好きになっていった。このままずっと一緒にいられると思っていた。でも……」



 先ほどまでの幸せそうな笑みは、一瞬にして飲み込まれた。



「そんなのは、幻想だった。」



 エリザは、紗夜達に背を向け歩みを進める。紗夜達は、置いていかれないように続く。



「幻想って……?」


「ウィルは、民間の魔法使い。私は、ミラジュスト侯爵家の娘……」



 エリザは、歩みを止めることなく険しき道を進む。



「何か駄目なの?」



 ――侯爵令嬢は、魔法使いと結婚出来ないとか?



「この国には、国に仕える国家魔法士と民間の魔法使いがいる。試験を受け才能が認められると国家魔法士となる。そして功績を積んだ者は、貴族同等の身分を与えられることがある」



 フィロスパードが、紗夜に枝葉が当たらないように自身の手で遮る。



「しかし民間の魔法使いは、一般の民衆と身分は変わらない。まず侯爵令嬢との婚姻は、叶わないだろう」



 光が見える。繁みから足を踏み出すと開けた場所に出た。



「着きました」



 エリザの言葉につられて正面を見据えると、そこにはログハウスのような建物が建っていた。



「ここに……ウィルがいます」





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