16
紗夜がフィロスパードにお願いし、なんとかエリザの話を聞くことを許してもらう。
フィロスパードは内心納得出来なかったが、気になる部分があるのも確かだった。
なので、しぶしぶだが紗夜の願いを承知した。
しかし警戒を解くことはなく、紗夜の隣でいつでも動けるように身構える。
敷物の上に紗夜とフィロスパードが並んで座り、その向かいにエリザが座る。
「それで、先も言ったがまず名乗れ」
フィロスパードが、瞳に警戒の色を宿したまま声を掛けると、エリザの肩がビクリッと揺れた。
「エリザ……エリザ・ミラジュストと申します……」
「ミラジュスト? ミラジュスト侯爵家の娘は、オパーレ嬢とサヤの二人のはずだが」
フィロスパードの瞳に鋭さが増す。エリザの一挙手一投足を見逃すまいとしている。
「そ、それはっ! …………」
エリザはその瞳の強さに怯え、ただただ身体を震わせる。
――この子がエリザ……本物のこの世界の侯爵令嬢……。
紗夜は、もしエリザに会ったら言いたいことがいっぱいあった。けれどそれは……。
――今じゃない。それに、こんなガタガタ震えてる状態で言っても、ちゃんと答えてくれるか分からないし……。
「フィロスパード様……」
紗夜の呼びかけに、フィロスパードのエリザに向けられていた眼差しが紗夜に向く。
「どうした?」
優しい声音と瞳は、エリザへと向けられていたのとは雲泥の差だ。
「私に話をさせて下さい」
――彼女には聞かなきゃいけない。例えこの人に、本当の私を知られることになったとしても……。
「だが……」
「お願いします。フィロスパード様」
紗夜は、真っ直ぐな眼差しでフィロスパードを射抜いた。
「……分かった。だが俺はサヤの側にいるぞ」
「はい、ありがとうございます。フィロスパード様」
紗夜は、エリザへと顔を向ける。エリザは、私達のやり取りを呆然と見つめている。
「フィロスパード様って……第二王子様の……」
「はじめまして」
紗夜は、エリザの心情など知ったことではないので話しを進める。
――これでも、私怒ってるんだから。
「霞沢・紗夜です。お話をしましょう、エリザ」
紗夜が名乗るとエリザは、顔色を変えた。フィロスパードは、口を出さなかった。
「あ、その……」
しどろもどろに青ざめるエリザ。
――まどろっこしい。
「ウィリベールに何があったの?」
ハッと、青ざめながらも何を優先すべきか思い出したのだろう。
「貴方にこんなこと頼むなんて、虫が良すぎるし、自業自得だと言われれば否定出来ないわ……でも頼める人が他にいないの!」
エリザは、瞳に涙を溜める。紗夜はじっと話に耳を傾けた。
「ウィル、ウィリベールは、私達にかけた……身代わり魔法によって死にかけてる……」
エリザの涙が彼女の頬をつたう。
「身代わり魔法だと」
フィロスパードが眉間に皺を寄せた。
「フィロスパード様、ご存知なんですか?」
紗夜がウィリベールから夢で言われたのは、エリザと紗夜が同一の魂で、身代わりとしてこの世界に連れてきたということだった。
身代わり魔法というのが、どういう魔法であるのかは知らなかった。
「身代わり魔法は禁忌の魔法だ。膨大な魔力を必要とし、場合によっては術者だけでなく対象となった者まで、命の危険に晒される極めて危険な魔法だ」
フィロスパードが険しい顔でエリザを睨んだ。
「そのウィリベールという者は、それに手を出し差し詰め瀕死といったところか?」
「はい…………」
エリザの顔は、青を通り越して白くなっていた。
「フン、自業自得だな。己の欲の為に他者を巻き込み、挙げ句それによって死にかけてる。救いようがない」
エリザは、フィロスパードの正論に反論も出来ず俯く。膝に置いていた手は、ドレスを掴みブルブルと震えていた。
――フィロスパード様の言葉は正しい……それに魔法の内容を聞くと、私知らない間に命の危機だったみたいだし!
禁忌とされている魔法を使い、その結果ウィリベールは今なお苦しんでいる。エリザの様子からして一刻の猶予もないのだろう。
紗夜は、ウィリベールのせいでいきなり知らない世界で過ごすことになった。暴力などのひどい目には合っていないが、戸惑ったし、いきなり自分の世界から引き離されたのだ。
――怒りを覚える。正直ウィリベールにもエリザにも良い印象はない……だけど……。
紗夜の目は、自然とフィロスパードへと向いた。
――この出来事がなかったら、フィロスパード様と会うことは未来永劫なかった。
フィロスパードは、紗夜の視線に気づくと紗夜の瞳をじっと見つめた。眉が下がり情けない表情をした紗夜が、フィロスパードの瞳に映る。
「……フゥー、リスト!」
フィロスパードは、溜め息をつくと凛とした声で誰かを呼んだ。
「ハッ、ここに」
「ファッ!」
「キャッ!」
すると、先ほどまで影も形もなかった場所に片膝をつき、黒い装束を着た青年が現れた。
――えっ! どこから出てきたの⁉︎
青年は驚く紗夜やエリザには目もくれずに、フィロスパードの一歩後ろに控えていた。
「リスト、話は聞いていたな、城まで使いを頼みたい。国家魔法士総統リベラ・シフリールに、禁忌魔法の影響を受けた者の対処方法があるか聞いてきてくれ」
「ッ!」
「ッ!」
それは、紛れもなくウィリベールの助けとなる指示だった。
「行くのは構いませんが、私が戻るまで勝手に件の人の元へ行ったりしないで下さいね」
リストは、無表情のまま目だけでフィロスパードに訴えた。
「……分かっている」
「…………」
「……ああっ! お前が戻るまでここにいるからさっさと行って来い!」
「……その言葉忘れないで下さいよ」
フィロスパードに急かされたリストは、一瞬で姿を消した。
「忍者だ……」
――フィロスパード様が言ってた影護衛の人だよね! なんかすごい忍者っぽかった!
「ニンジャ? あいつの名は、リストだが?」
フィロスパードが不思議そうに首を傾げる。
「あ、いえいえ! 気にしないで下さい!」
――思わず声に出てた……。
「あ、あのウィルを助けてくれるんですか?……」
話が脱線しそうになったところで、エリザがおずおずとフィロスパードに縋るような目を向ける。
「勘違いするな。お前達の為じゃない……サヤの為だ」
「……私?」
――苦しんでいるのは、ウィリベールなのに?
「身代わり魔法は、『術者』と『本人』と『身代わり』の三人で成り立つ魔法だ。術者に影響が出ているんだ、他に影響が出ないとも限らない」
フィロスパードは、紗夜の頬に手を添える。
「何もせず、後にサヤに影響が出てしまったら、俺は行動しなかった自分が許せない」
紗夜は、目を見開く。
――どうして? 私が『身代わり』だと気付いたはずなのに……。
刻一刻と時間が過ぎて行く……。




