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 ――どうして……。



「どうして……会ったばかりの私のことを、そんな風に思ってくれるんですか?」



 ――自惚れでなければフィロスパード様は、私のことを好ましく思ってくれている…….なぜ?



 いくら、紗夜が現時点で侯爵令嬢の肩書きを持っているとしても、一国の王子がたった三回しか会っていない小娘に夢中になる理由が分からない。



「どうしてか……」



 フィロスパードが、何かを思い出すかのように瞼を閉じる。口元は笑っていた。



「嬉しかったんだ」



 フィロスパードの開かれた瞳と紗夜の瞳がぶつかる。心なしか、フィロスパードの瞳の輝きが増しているみたいに見えた。



「嬉しかったですか?」



 ――うん? 何のこと? 



 紗夜は、大人しくフィロスパードの言葉の続きを待つ。



「ああ……紗夜は、初めて会った時に俺の瞳を褒めてくれたろ。月のように綺麗だと」



 紗夜は思い出していた。初めて会った時に、彼のキラキラとした月のように綺麗な瞳に目を奪われたことを。



「確かに言いましたけど……」



 ――まさか、それだけで?



「この瞳は……人では無いモノの血が混じっていることの証明だ」



 フィロスパードは、伏し目がちに自分の目元に手を持っていく。



「何代か前の王が妖精を伴侶に迎えた。彼女は、キラキラと輝く瞳を持っていたと伝えられてい」


「それって……」



 ――フィロスパード様と同じ?



「他種族との婚姻を認めていない訳ではない。しかし、王族ともなると話は別だ。当時は反対意見も多かったらしい」



 この世界では禁止している国もあるが、アンファングターク王国では、手続きさえすれば他種族との婚姻は合法だ。



「家族はそんなことないが、貴族の中にはそのことを知り、俺の先祖返りしたこの瞳を恐れや嫌悪の対象として見る者もいる」


「なっ! そんなのおかしい! フィロスパード様は、何も悪くないじゃないですか⁉︎」



 ――ご先祖様に妖精がいたってだけなのに! それでフィロスパード様が悪く見られるなんて!



(みんな)(みんな)、サヤのような考えじゃないってことさ」



 フィロスパードは、コップに残っていた果実水をグイッと飲み干した。



「貴族令嬢の態度なんて顕著だった。にこやかに話しかけてくるが、目が合った途端顔が引きつる」



 フィロスパードは、自嘲的な笑みを浮かべる。思い出すのは社交界での一幕。王家との繋がりを持ちたい者達が自身に群がり、目が合うと恐れへと変わる表情。



 紗夜は、瞳の話をした時のソルラントの態度を思い出した。



 ――ソルラント兄様のあの反応は、こういうことだったのね……。



「だから、サヤの言葉が嬉しかった」



 フィロスパードが片手で紗夜の手を取る。もう片方の手は、紗夜の頬に添えられた。至近距離で顔を覗きこまれて、紗夜の頬に赤みが増した。



 ――ヒャー! 近い! 近い!



「あ、あのっ、フィロスパード様!」


「サヤにとっては、何気ない言葉だったのかもしれない。でもそれに俺は、救われた」


 凛としたフィロスパードの言葉が、すんなりと紗夜の胸に響いた。

 フィロスパードの瞳に紗夜が映る。キラキラと輝く瞳に吸いこまれる。



「サヤが好きだ。俺の側にいてくれ」



 時が止まる。まるで懇願だ。


 確かに、好ましいと思われているんじゃないかとは考えていた。


 フィロスパードのことは、最初から好印象だった。危ないところを助けられ、別れた後はまた会いたいと思った。再会が叶ったら、今度はもっと話したいと思った。一緒に出掛けてみたら、意外な一面を知りもっと彼のことが知りたくなった。この楽しい時間が続けばいいと思った。でも……。



 ――私は、この世界の人間じゃない……。



 目を覚ましたら異世界で、突然身代わりだと言われ侯爵令嬢の立場になっていた。

 侯爵家の人達は、皆優しかったし、過保護なくらい心配もしてくれた。

 でもそれは、全部『エリザ』に向けられたものだ。『紗夜()』にじゃない……。



 紗夜は、暗く落ち込む思考にだんだんと俯く。



 ――フィロスパード様の気持ちは、正直とても嬉しい……でも…………。



「わ、私は……」



 ガサッ!


 突如空気を裂くように、草を踏みしめるような足音が聞こえた。音は、二人から離れた繁みの方向から聞こえる。



「なんだ? サヤ下がって」



 フィロスパードは、紗夜から手を離すと素早く紗夜を庇うように前へと出た。

 紗夜は、言われた通りフィロスパードの背に隠れるように下がり、繁みを見つめた。



 ――何? 何か近づいてきてる?



 音は、どんどん二人の元へと向かって来ている。二人の間に緊張が走る。


 ガサッ! ガサッ! ガササッ!


 繁みから飛び出してきた何かに、フィロスパードが警戒を強めた。


 飛び出してきたのは、青いローブをまとった人だ。フードで顔は見えないが、ローブの下にドレスを着ているのが見えるので女性だろう。

 彼女はよっぽど急いでいたのか、肩で息をしながら膝に手を置いていた。



「はぁ、はぁ、はぁ」


「……何者だ」



 フィロスパードは、堅い声を出しながら警戒態勢を崩さない。

 そこで彼女は、私達の存在に気付いたようだ。紗夜は顔を上げた彼女と、フード越しに目が合った気がした。



「ッ⁉︎」


「オイッ!」



 すると彼女は、フィロスパードの声など聞こえていないのか、こちらに一直線に向かって来た。フィロスパードは、腰元の剣に手を添えて、いつでも抜けるようにする。

 彼女は、フィロスパード達から少し離れたところで止まると地面にへたりこんだ。



「お願いします! 助けて下さい!」



 そのまま彼女は、紗夜達に頭を下げた。



「え?」


「……突然なんなんだ? まず名乗るのが礼儀だろう」



 フィロスパードは、少なからず突然の乱入者によって、空気をぶち壊されたことにも腹を立てていた。



「お願いします! お願いします! 早くしないと彼がっ!」



 焦っているのだろう、フィロスパードの声にも答えず彼女は、頭を下げ続ける。



「あ、あのどうしたんですか?」


「サヤ」



 見兼ねた紗夜が声を掛けると、フィロスパードが咎めるように紗夜の名前を呼んだ。フィロスパードは、得体の知れない女を紗夜に近づけたくなかった。



 ――先ほどもサヤを見て反応していた……。



 やはり彼女は、紗夜の問いに顔を勢いよく上げた。その際被っていたフードが外れ、彼女の顔が露わになる。二人は驚愕して、彼女の顔を見つめた。

 ピンク色の髪に若草色の瞳を持つ彼女の顔は、紗夜にそっくりだった。



「お願い! ウィルを! ウィリベールを助けてっ!」



 エリザ・ミラジュストの姿がそこにあった……。




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