13
紗夜は、クレアが選んだドレスを着て、鏡台の前に座っていた。
クレアが櫛で紗夜の髪を丁寧に溶かし、髪飾りを付ける。金の金具に赤い宝石が付いた髪飾りは、まるで誰かを連想しているようだった。
「完成です、サヤ様! お綺麗ですよ!」
後ろから更に鏡を構えたクレアが、鏡越しに紗夜と目を合わせた。
クレアが持つ鏡によって、紗夜にも髪飾りがよく見えた。
「……この色合いは、あからさま過ぎない?」
――赤に金色って、まさにフィロスパード様の色じゃない……。
「何をおっしゃいます! これくらいの気合は入れませんと! 何と言っても今日は、サヤ様のデートなのですよ!」
――そうなのだ。今日は、フィロスパードと紗夜が二人で出掛ける日なのだ。
***
あの晩餐会の日。
フィロスパードは後日ミラジュスト家へ正式に申し込むと言い、王城へと帰っていった。
屋敷へと帰宅する為の馬車に乗っている紗夜とソルラント。
「…………」
「…………」
――沈黙が気まずい……。
紗夜は、俯いたままひたすら自分の手を見つめていた。そうすると今度は、その手を握っていたフィロスパードのことを思い出し頬が熱くなる。
――二人で出掛けるって、あの王子様何を考えてるんだろう。会う度に手を握ってきて、いちいち思わせぶりだし……。
紗夜が悶々と悩んでいると、ソルラントがその空気を破った。
「……サヤ」
「はい!」
「フィロスパードと会うのは、二回目なんだよな?」
「はい、街と今夜の晩餐会で会っただけです」
紗夜とフィロスパードが会ったのは、街の事件の時と今夜の晩餐会だけだ。それ以外は基本的に紗夜は、外出を禁じられていたから会える訳が無いのだ。
「そうか、二回、二回かあ……」
先ほどからソルラントも紗夜と同じように俯いている為、彼がどんな表情をしているか紗夜には見えなかった。
「ソルラント兄様?」
ソルラントがゆっくりと顔を上げた。
「何で、あいつ。あんなにサヤに執着してんの?」
「私が聞きたいです」
――本当にね!
たった二回の邂逅でフィロスパードの中で何があったのか。
「本当に何も心当たりないか? 何かやったとか、言ったとか……」
「そんなこと言われましても……しいて言えば瞳のことでしょうか」
――いや、でもあれくらいで……王子様だったら言われ慣れてるでしょう。
するとソルラントの雰囲気が変わった。目を見開き息を呑んでいる。
「……あいつの瞳のことで、何か言ったのか?」
不穏な空気が気になったが、紗夜は正直に答えた。
「月のようにキラキラ輝いていて、綺麗だと言いましたけど……」
紗夜が答えると、空気が変わった。
ソルラントは、ポカンと口を開けている。
――良い男は、口を開けてても様になるのか……。
「……月?」
「はい、月です。綺麗ですよね、初めて会った時なんて思わず見惚れちゃいました」
――本当に輝いているんだもん。この世界じゃ珍しくないのかな?
紗夜がフィロスパードの瞳を思い出していると、ソルラントが脱力したような声を出し、片手を額にあてると天を仰いだ。
「あー、そうか、そういうことか。そりゃあ、執着もするか……」
紗夜の言葉に納得出来るものがあったのか、ソルラントがしきりにうなづいていた。
***
――あれから何度尋ねてもソルラントは、明確な答えをくれなかった。
しまいには、「フィロスパード自身の問題だから、俺から勝手に言うことは出来ない」とソルラントは、締めくくった。
――そんな言い方されたら聞ける訳ないじゃない……。
「ソルラント兄様のばーか……」
紗夜は、ボソリとつぶやいた。
「何か仰いましたか、サヤ様?」
クレアが不思議そうに首を傾げる。
「ううん、何でもない。ちょっと緊張してただけよ」
――本当に、デートなんて生まれて初めてだよ。しかも相手が王子様だなんて! 大丈夫かな⁉︎ 私の一生分の運、ここで使ってたりしない⁉︎
デートへのドキドキが違うドキドキに変わりそうになった時、外から音が聞こえた。
窓から外の様子を見ると馬車が屋敷の門を潜ったのが見えた。
一角の角を持つ、二頭の馬が引く馬車には、王家の紋章が刻まれている。
――一角獣! えっ! すごい! 初めて見た!
「あっ! フィロスパード王子がいらっしゃったんですね。サヤ様お出迎えしませんと!」
窓から一緒に外を確認したクレアが、紗夜を玄関先へと促す。
「はっ! そうね、お待たせする訳には行かないものね!」
紗夜とクレアが玄関ホールへ行くと、フィロスパードはソルラントと一緒にいた。
「なんで、ここにいるんだソルラント」
「ここは、俺の家だ」
確かにソルラントが自宅にいること自体は、おかしいことではないが……。
「そうじゃない、仕事はどうした?」
フィロスパードは、紗夜とデートをする為に休みを取っているが、ソルラントは王城にて執務予定のはずだ。
「見送りだ!」
「仕事に行け」
――コントかな?
紗夜がタイミングを伺っていると、フィロスパードが紗夜に気付いた。
「サヤ」
名前を呼ばれただけなのに、紗夜の胸が高鳴った。
「ご機嫌よう、フィロスパード様」
紗夜は、習ったカーテシーで挨拶をした。
フィロスパードが近づいてきて、隣に並ぶと紗夜の手を取った。
もうフィロスパードの中で紗夜の手を取ることは、当然のこととなっていた。
「そのドレス、サヤによく似合ってる。それに……」
フィロスパードが紗夜の髪飾りに気づいた。手を取っているのとは、反対の手を伸ばし、髪飾りに触れるか触れないかの位置で手を止めた。
「この髪飾り、俺は期待しても良いのか?」
至近距離でフィロスパードの優しげな笑みを貰った紗夜は、一気に頬を赤く染めた。
言葉を返そうとしても口からは、空気が漏れるだけだった。
フィロスパードは、その様子を見てクスリッと笑っていた。
「なあ、クレア。俺達は、何を見せられてるんだろうか……」
「恐れながら申し上げますと、デート前の男女なんてこんなもんでございます」
ソルラントは、微妙な表情を浮かべ、対照的にクレアは、楽しそうにニコニコと笑っていた。
フィロスパードがソルラント達に顔を向ける。
「それじゃあ、彼女を借りて行くぞ」
「おー、くれぐれも無理だけは、させないでくれ」
「いってらっしゃいませ」
フィロスパードにエスコートされながら紗夜は、玄関ホールを出た。紗夜は、慌てて二人に振り返った。
「行ってきます!」




