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 先に動いたのは、男の方だった。



「あー、久しいなって、言っても分からないか……」



 男の言葉を否定するように紗夜は、首を横に振った。



「わ、分かります! 本屋の前で助けてくれた方ですよね!」



 ――クレアッー! 本当に会えたよー!



 紗夜は、この場にいないメイドへと届かない言葉を送った。



「あの時はフードを被っていたのに、よく俺だと分かったな」



 この国でもフィロスパードの赤髪は珍しいので、どうしても目立ってしまう。その為忍んで外出する時は、フードを被って目立つ髪を隠すのだ。



「だって、瞳がキラキラしてたから……」



 ――今更だけど、キラキラとか子供ぽかったかも!



 紗夜の先ほど引いた羞恥心が、すぐ側まで戻って来ていた。



「そうだったな、君にとって俺の瞳は月だもんな」



 男は、初めて出会った時を思い出しながら立ち上がった。



「女性だけをいつまでも立たせたままというのもな」



 男が初めて出会った時のように、紗夜の片手を取った。



「俺の名は、フィロスパード・アンファングターク。良ければ、貴方の名前を教えていただけないだろうか。」



 フィロスパードは、そう言うと(うやうや)しく取っていた紗夜の手の甲に口付けた。



 フィロスパード・アンファングターク。

 ここアンファングターク王国第ニ王子であり王国騎士団副長でもある。騎士団団長である、ソルラントとは主従を超えた同志であり友人だ。


 と、【説明書】に記載されていたことを、紗夜は思い出していた。



 ――正真正銘の王子様の登場とか聞いてな

 い! 説明書には、写真も詳しい容姿の説明も無かったし!



「あ、えっと、その」



 紗夜は、言葉にならない声を出すしかなかった。


 突然の王子様の登場、更にその王子様から手の甲に口付けられるという、予想外の展開の連続に紗夜はいっぱいいっぱいだった。


 羞恥心はとっくに戻って来ており、鏡を見なくても紗夜は、自身の顔が真っ赤になっているのを感じていた。



 ――王子様との接し方なんて習ってないよ! なんて答えればいいの⁉︎ あと王子様いつまで手を握ってるんですか⁉︎


 フィロスパードは、紗夜の言葉を待っていた。


 あんなに会いたかった恩人であるが、紗夜は今すぐにでもここから去りたかった。



 そんな紗夜の葛藤と無意識の助けの声が聞こえたのか、二人の間の空気を一刀両断する声が届く。



「サーーーーヤーーーーッ‼︎‼︎ どこだーーーーっ‼︎‼︎」



 紗夜達が立っていた場所から、少し離れた方向からソルラントの叫び声が聞こえた。



「…………」


「…………」



 無視出来ない叫びだった。紗夜にとっては仮だが兄の声、フィロスパードにとっては、同志であり友の声。



「……申し訳ありません、王子様。少々外せない用事が出来てしまいました」


「……奇遇だな。俺もだ」



 いつのまにか二人の手は離れていた。

 それを少し寂しく感じたのは、お互い知らないことだった。




「サヤッ! ああ、良かった! 会場の何処にもいないし、ウェイターに聞いたら庭に出たと言うし、どこかで倒れてるんじゃないかと心配したぞ!」



 紗夜を見つけたソルラントは、彼女の肩を両手で優しく掴むと安堵の表情を浮かべた。



「心配掛けてごめんなさい、ソルラント兄様。少し夜風に当たりたかったの」



「あまり大きな声で騒ぐな、ソルラント。他の招待客が驚くだろうが」



 紗夜とフィロスパードが二人揃ってソルラントの前に立つ。



「おっ、フィロスパード探したぞ! サヤと一緒だったのか」



 フィロスパードの苦言もなんのその、ソルラントは、やっと見つけた友にニコリと笑った。ソルラントは、向き合っていた紗夜を回転させるとフィロスパードの正面に立たせる。



「末の妹のサヤだ。サヤこっちは、フィロスパード。俺の同志であり友だ!」


「ソルラント……」



 フィロスパードがソルラントに呆れた眼差しを向けた。



 ――うん、分かる。明らかに説明不足だもんね。



 それでも紗夜に挨拶をしないという選択肢は、存在しない。

 ソルラントの態度や、一人じゃないという安心感もあり、紗夜は先ほどよりも落ち着いていた。



「ミラジュスト侯爵家、末娘のサヤと申します」



 フィロスパードへと紗夜は、片足の膝を軽く曲げるカーテシーという、習った礼をして見せた。



「先ほども言ったがフィロスパード・アンファングタークだ。俺のことは、フィロスパードと呼んでくれ。……サヤと呼んでもいいか?」



 フィロスパードがまたも紗夜の手を取る。



「……はい。フィロスパード様」



 ――なんで、この王子様いちいち私の手を取るんだろう……。



 紗夜は、頬をほんのりと赤らめながらフィロスパードの瞳を見つめた。フィロスパードもそれに答えるように見つめ返す。



「えっ? なんだ、この雰囲気? お前達会うの初めてだよな?」



 ソルラントが戸惑うのも当然だ。明らかに雰囲気が甘かった。特にフィロスパードの瞳は、ソルラントも初めて見る熱を灯していた。



「きちんと顔を見て話したのは、今日が初めてだが、会うのは二回目だ」



 フィロスパードは、紗夜の手を取ったまま顔だけをソルラントに向けた。



「は? えっ! どこで会ったんだ⁉︎」



 屋敷にばかりいる紗夜が、王子であるフィロスパードと会える機会など、こういった場でない限りほとんどない。その為、ソルラントが驚くのも無理はない。



「ソルラントには話しただろう? 難民から襲われそうだった、どこかの令嬢を庇ったと」


「えっ! あの『本は鈍器になる事件』ってサヤのことだったの⁉︎」


「待って」



 ――何その事件名⁉︎ アレか! 思いっきり本で殴ったからか⁉︎



 まさかの事実を聞かされたソルラントは、ポカンとしていた。



「……サヤ」


「はい……」


「……うん、まあ、怪我がなくて良かったよ……」


「はい……」



 ソルラントが言いたいことを飲み込んだことを察したが、紗夜は掘り下げることはしなかった。


 ちなみにこのやり取りの間もフィロスパードは、紗夜の手を取ったままだったのは、言うまでもない。



「でっ、フィロスパード、お前はいつまでサヤの手を握ってるんだ!」



 ソルラントは、フィロスパードの手だけを狙って軽く叩き落とした。



「ソルラント兄様!」



 ――えっ! 大丈夫⁉︎ 王子様にそんな無礼なことして大丈夫⁉︎



 紗夜はハラハラと成り行きを見守るが、二人は全然問題視していないようだった。



「痛いだろうが」


「妹に文字通り手を出されて、黙ってるだけの兄がいるかよ」



 ソルラントは、フンッと態度を大きくして腕を組む。



「ふむ、一理あるな。なら理由を作ろう」


「待て、嫌な予感がする」



 ソルラントの制止も虚しく、フィロスパードは二人に向き合うと姿勢を正した。



「サヤ」


「はい!」



 ――何? 何? 何を言われるの?



 紗夜もフィロスパードに合わせて、自然と姿勢を正した。



「ミラジュスト侯爵家へ、正式にサヤと二人での外出許可を申し込もう」


「へ?」 


「は?」


「「エッーーーーーーーー‼︎‼︎」」





 ***


 森の中を青いフード付きローブを纏った少女が進む。

 フードを目深に被り、時折来た道を振り返っていた。

 けれど少女は、後ろ髪引かれる思いを断ち切るように前へと進む。



「急がないとっ!」



 少女は、駆ける。()(もの)の安否を願いながら……。






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