12
先に動いたのは、男の方だった。
「あー、久しいなって、言っても分からないか……」
男の言葉を否定するように紗夜は、首を横に振った。
「わ、分かります! 本屋の前で助けてくれた方ですよね!」
――クレアッー! 本当に会えたよー!
紗夜は、この場にいないメイドへと届かない言葉を送った。
「あの時はフードを被っていたのに、よく俺だと分かったな」
この国でもフィロスパードの赤髪は珍しいので、どうしても目立ってしまう。その為忍んで外出する時は、フードを被って目立つ髪を隠すのだ。
「だって、瞳がキラキラしてたから……」
――今更だけど、キラキラとか子供ぽかったかも!
紗夜の先ほど引いた羞恥心が、すぐ側まで戻って来ていた。
「そうだったな、君にとって俺の瞳は月だもんな」
男は、初めて出会った時を思い出しながら立ち上がった。
「女性だけをいつまでも立たせたままというのもな」
男が初めて出会った時のように、紗夜の片手を取った。
「俺の名は、フィロスパード・アンファングターク。良ければ、貴方の名前を教えていただけないだろうか。」
フィロスパードは、そう言うと恭しく取っていた紗夜の手の甲に口付けた。
フィロスパード・アンファングターク。
ここアンファングターク王国第ニ王子であり王国騎士団副長でもある。騎士団団長である、ソルラントとは主従を超えた同志であり友人だ。
と、【説明書】に記載されていたことを、紗夜は思い出していた。
――正真正銘の王子様の登場とか聞いてな
い! 説明書には、写真も詳しい容姿の説明も無かったし!
「あ、えっと、その」
紗夜は、言葉にならない声を出すしかなかった。
突然の王子様の登場、更にその王子様から手の甲に口付けられるという、予想外の展開の連続に紗夜はいっぱいいっぱいだった。
羞恥心はとっくに戻って来ており、鏡を見なくても紗夜は、自身の顔が真っ赤になっているのを感じていた。
――王子様との接し方なんて習ってないよ! なんて答えればいいの⁉︎ あと王子様いつまで手を握ってるんですか⁉︎
フィロスパードは、紗夜の言葉を待っていた。
あんなに会いたかった恩人であるが、紗夜は今すぐにでもここから去りたかった。
そんな紗夜の葛藤と無意識の助けの声が聞こえたのか、二人の間の空気を一刀両断する声が届く。
「サーーーーヤーーーーッ‼︎‼︎ どこだーーーーっ‼︎‼︎」
紗夜達が立っていた場所から、少し離れた方向からソルラントの叫び声が聞こえた。
「…………」
「…………」
無視出来ない叫びだった。紗夜にとっては仮だが兄の声、フィロスパードにとっては、同志であり友の声。
「……申し訳ありません、王子様。少々外せない用事が出来てしまいました」
「……奇遇だな。俺もだ」
いつのまにか二人の手は離れていた。
それを少し寂しく感じたのは、お互い知らないことだった。
「サヤッ! ああ、良かった! 会場の何処にもいないし、ウェイターに聞いたら庭に出たと言うし、どこかで倒れてるんじゃないかと心配したぞ!」
紗夜を見つけたソルラントは、彼女の肩を両手で優しく掴むと安堵の表情を浮かべた。
「心配掛けてごめんなさい、ソルラント兄様。少し夜風に当たりたかったの」
「あまり大きな声で騒ぐな、ソルラント。他の招待客が驚くだろうが」
紗夜とフィロスパードが二人揃ってソルラントの前に立つ。
「おっ、フィロスパード探したぞ! サヤと一緒だったのか」
フィロスパードの苦言もなんのその、ソルラントは、やっと見つけた友にニコリと笑った。ソルラントは、向き合っていた紗夜を回転させるとフィロスパードの正面に立たせる。
「末の妹のサヤだ。サヤこっちは、フィロスパード。俺の同志であり友だ!」
「ソルラント……」
フィロスパードがソルラントに呆れた眼差しを向けた。
――うん、分かる。明らかに説明不足だもんね。
それでも紗夜に挨拶をしないという選択肢は、存在しない。
ソルラントの態度や、一人じゃないという安心感もあり、紗夜は先ほどよりも落ち着いていた。
「ミラジュスト侯爵家、末娘のサヤと申します」
フィロスパードへと紗夜は、片足の膝を軽く曲げるカーテシーという、習った礼をして見せた。
「先ほども言ったがフィロスパード・アンファングタークだ。俺のことは、フィロスパードと呼んでくれ。……サヤと呼んでもいいか?」
フィロスパードがまたも紗夜の手を取る。
「……はい。フィロスパード様」
――なんで、この王子様いちいち私の手を取るんだろう……。
紗夜は、頬をほんのりと赤らめながらフィロスパードの瞳を見つめた。フィロスパードもそれに答えるように見つめ返す。
「えっ? なんだ、この雰囲気? お前達会うの初めてだよな?」
ソルラントが戸惑うのも当然だ。明らかに雰囲気が甘かった。特にフィロスパードの瞳は、ソルラントも初めて見る熱を灯していた。
「きちんと顔を見て話したのは、今日が初めてだが、会うのは二回目だ」
フィロスパードは、紗夜の手を取ったまま顔だけをソルラントに向けた。
「は? えっ! どこで会ったんだ⁉︎」
屋敷にばかりいる紗夜が、王子であるフィロスパードと会える機会など、こういった場でない限りほとんどない。その為、ソルラントが驚くのも無理はない。
「ソルラントには話しただろう? 難民から襲われそうだった、どこかの令嬢を庇ったと」
「えっ! あの『本は鈍器になる事件』ってサヤのことだったの⁉︎」
「待って」
――何その事件名⁉︎ アレか! 思いっきり本で殴ったからか⁉︎
まさかの事実を聞かされたソルラントは、ポカンとしていた。
「……サヤ」
「はい……」
「……うん、まあ、怪我がなくて良かったよ……」
「はい……」
ソルラントが言いたいことを飲み込んだことを察したが、紗夜は掘り下げることはしなかった。
ちなみにこのやり取りの間もフィロスパードは、紗夜の手を取ったままだったのは、言うまでもない。
「でっ、フィロスパード、お前はいつまでサヤの手を握ってるんだ!」
ソルラントは、フィロスパードの手だけを狙って軽く叩き落とした。
「ソルラント兄様!」
――えっ! 大丈夫⁉︎ 王子様にそんな無礼なことして大丈夫⁉︎
紗夜はハラハラと成り行きを見守るが、二人は全然問題視していないようだった。
「痛いだろうが」
「妹に文字通り手を出されて、黙ってるだけの兄がいるかよ」
ソルラントは、フンッと態度を大きくして腕を組む。
「ふむ、一理あるな。なら理由を作ろう」
「待て、嫌な予感がする」
ソルラントの制止も虚しく、フィロスパードは二人に向き合うと姿勢を正した。
「サヤ」
「はい!」
――何? 何? 何を言われるの?
紗夜もフィロスパードに合わせて、自然と姿勢を正した。
「ミラジュスト侯爵家へ、正式にサヤと二人での外出許可を申し込もう」
「へ?」
「は?」
「「エッーーーーーーーー‼︎‼︎」」
***
森の中を青いフード付きローブを纏った少女が進む。
フードを目深に被り、時折来た道を振り返っていた。
けれど少女は、後ろ髪引かれる思いを断ち切るように前へと進む。
「急がないとっ!」
少女は、駆ける。彼の者の安否を願いながら……。




