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豪華絢爛な屋敷。煌びやかな装いの人々は、どの人も見るからに身分の高さが伺える。
テーブルには、見たこともない料理やドリンクが並び、その場の華やかさを彩っていた。
そんな、一般人ならば気後れする空間に紗夜はいた。
袖なしで鎖骨まで見える、サテン生地で作られた深い青のイブニングドレス。
背中と胸元には繊細なレースの刺繍が施され、ウエストの切り替え部分には、白いリボンがサイドにくるようにあしらわれている。
足首まであるドレスは、歩く度にひらりと舞い、裾に施されているレースが一層の華やかさを演出していた。
いつも下ろしているだけの髪は、ゆるく巻かれてハーフアップに結われている。髪飾りにはダイヤモンドが装飾されており、身に付けているイヤリング 、ネックレスとセットだ。照明の光に反射してキラキラと輝いている。
立派な、侯爵家令嬢の姿がそこにあった。
――まさか一生のうちで、ドレスを着る機会に恵まれるとは、人生何が起こるか分からないわ。
紗夜が自分の姿を見下ろしていると、ソルラントが俯く紗夜の顔色を伺う。
「大丈夫か? 具合悪いのか? 無理せず挨拶だけして帰るか?」
それに慌てたのは紗夜だ。
「大丈夫です! 少し場の雰囲気に圧倒されてしまっただけなので、体調も問題ありません!」
ソルラントはミラジュスト侯爵家次期頭首であり、現在王国騎士団団長である。王家筋にあたる公爵家の晩餐会に挨拶だけして帰るというのは、いささか外聞が悪いだろう。
――ソルラント兄様の立場を、私の都合で悪くする訳にはいかない!
内心のこの場を去りたい本心を無視して、紗夜は気合を入れ直した。
「確かに、公爵家の晩餐会だけあって招待客も多いからな。サヤもこういった席は久しぶりだもんな、でも具合が悪くなったらすぐに言うんだぞ!」
紗夜の言葉で引き下がったソルラントだが、やはり心配は尽きないようだ。
「はい、ありがとうございます。ソルラント兄様」
――すいません、久しぶりどころか、初めてです。
まず主催者である公爵夫妻に挨拶をした。紗夜の五日間の練習成果が発揮され、とくに失敗もなく済ますことが出来た。
――ありがとう! マルガレーテ母様、クレア、ご指導してくれた先生方! 紗夜は、なんとかやり遂げました!
その後は、出席者達が代わる代わるソルラントの元に挨拶に訪れた。
王国騎士団団長、ミラジュスト侯爵家次期頭首、少し濃いめのピンク色の髪に若草色の瞳を持つ美丈夫。
肩書きも見た目も良い男に、人が集まらない訳がなかった。
――すなわち、一緒にいる私も注目されるってことね! ヒェー!
ソルラントは、一人一人に丁寧に挨拶を返していた。紗夜はその間笑顔を保ち、ソルラントの隣でひたすらニコニコとしていた。
――あっ! そこのご令嬢方そんな訝しげに睨まないで! 妹ですから! 仮だけど妹ですから!
時折紗夜に話しを振ろうとする者もいたが、そこはソルラントが機転を利かして回避してくれた。紗夜は口角が下がらないように意識しながら、ソルラントの隣に立ち続けたのだ。
挨拶する者の波が引くと、ソルラントは紗夜に紹介したい者がいると言い、その者を探しに紗夜の側を離れた。
紗夜の側から離れることを渋っていたソルラントだが、挨拶の合間合間でキョロキョロと人を探しているような動作をしていたのを、紗夜は気付いていた。
慣れない場にやはり疲れてしまった紗夜は、少し一人になりたかったのもあり、ソルラントに探しに行くことを進めたのだ。
――ソルラント兄様に限らず、ミラジュスト家の方達ってちょっと過保護な部分があるよね……。
もしかしたらエリザがここから居なくなったのは、この過保護も原因の一端を担っているんじゃないかと紗夜は思った。
――優しさなのかもしれないけど病弱だからって、あれもダメこれもダメってなったら気も滅入っちゃうよね……。
紗夜はエリザじゃないので、実際のことは分からない。けれどエリザの立場に不本意だが立たされて、感じることはある。
同じ部屋で過ごす毎日。窓からの景色は季節を変えるだけでほとんど変わらず、病弱な為自由に外を出歩くことも出来ない。
そんなエリザの日常を想像すると、紗夜はなんとも言えない気持ちになる。
「って、ダメダメ暗くなるな」
――今こんなこと考えたってどうしようもないんだから、少しでもこの場を楽しまないと。
「ちょっと夜風にでも当たろうかな」
周りを見渡してもソルラントは、見当たらない。
――少しくらいなら良いよね……。
紗夜は持っていたグラスを近くにいたウェイターに渡すと、外に続くテラスに出た。テラスには紗夜と同じように、涼む為に外に出ている出席者達がチラホラといた。
テラスを抜けて庭に降り立った紗夜は、中央に備え付けられている噴水まで歩みを進めた。ここまで来ると、人気も感じられない。淵に腰掛け一息つくと、会場の熱気により火照った身体を夜風が優しく撫でた。
「ふあぁぁぁぁー、疲れたよー、もう口角は上がりませーん」
一人になり身体の力が抜けた紗夜は、身体の中の空気を全て出すように、盛大な溜め息をはいた。
まさかそれを聞いている者がいるとは、思わず……。
「ふっ、くっ」
抑えきれないような、笑いを圧し殺したような声が紗夜の耳に届いた。
バッと紗夜が振り向くと、噴水の水を挟んだ向こう側に人影が見えた。
――聞かれてたっ!
紗夜が羞恥で顔を赤らめてる間も、人影は笑いが治らないのか動く気配はない。
紗夜は立ち上がり、人影の方に向かった。紗夜がいた位置から、ちょうど真反対に位置する場所にその男はいた。
白に近いグレーの燕尾服をきた男は、腰掛けたまま俯いて顔を抑えている。
顔は見えないが、特徴的な燃えるような赤に一部分黒が混じった髪が小刻みに揺れている。その様子から、まだ笑いが収まっていないのだろう。
「……笑いすぎだと思います」
自然と不貞腐れたような声が出たことは、しょうがないと思ってほしい。
「すまないっ、しばし待ってくれっ」
男が呼吸を整えるのを聞きながら、紗夜は違和感を感じていた。
――この声、どこかで聴いたことあるような……。
「笑ったりして、すまなかった。突然の無礼をどうか許してほしい」
男が頭を上げたことによって、その顔が露わになった。
月の光のような、キラキラとした金色の瞳と目が合う。
「あ……」
「君は……」
どちらも驚きに目を見開き二の句が告げられなかった。
――二人の運命が重なった――
***
喧騒から離れた、とある森の中にその屋敷はあった。周辺一帯に検知不可能な魔法がかけられ、屋敷自体には幾重にも重なった結界・防御魔法がかけられていた。
それはまるで、大事なものを隠し守っているようだ。
屋敷には二人の男女がいた。ピンク色の髪に若草色の瞳を持つ十代半ばほどの少女。少女より歳上と思われる、金髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ青年。
青年は顔色悪くベッドに横になっており、傍らの少女が甲斐甲斐しく世話をやいている。
「ウィル、ウィル、ごめんなさい」
少女の瞳から、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。
「謝らないで、エリザ」
ウィルと呼ばれた魔法使いのウィリベールは、自身の震える手で少女の目元を拭った。
それを見た少女の目にますます涙が溜まる。
「だって、私のせいで! ウィルが! 私がこんなこと望まなければ!」
エリザが子供のようにイヤイヤと頭を振る。
「逆だよ。わたしがどんな対価を払おうと、エリザと一緒にいることを望んだんだ」
ウィルの瞼が閉ざされる。
「ウィルッ!」
エリザが悲痛な声を上げたが、ウィリベールの胸は上下している。どうやら眠っただけみたいだ。
「……待っててウィル。絶対私が、何とかするから……」
エリザがとある決意をしたことを、眠りについたウィリベールは知らなかった……。




