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 ミラジュスト侯爵家のある一室に紗夜はいた。


 色取り取りの質の良いドレスに靴、照明の光に輝きを増す宝飾品の数々が、その部屋には所狭しと並んでいた。

 マルガレーテ夫人を始めクレアと屋敷のメイド達が楽しそうに品を見聞している。

 その中で品を持参した商人達が、あれもこれもと商売魂(たくま)しく数々の品を薦めている。



「どうして、こうなった……」



 紗夜は、椅子に座りながらその光景を他人事のように眺めていた。




 ***


 街で意図せず事件に巻き込まれたあの日。

 心配を掛けることは分かっていたが、報告しない訳にも行かなかった紗夜は、出迎えてくれたマルガレーテ夫人に事件のことを話した。



 ――話しを聞くにつれて、どんどん顔色を悪くしていったマルガレーテ母様には、申し訳なかったけど……。



 マルガレーテ夫人から話しは、ジョルジュ侯爵にいき、紗夜は当分外出を控えるよう言われてしまった。

 その為紗夜は、またもや屋敷での引きこもり生活を余儀なくされたのだ。



 ――クレアとの街観光も遠ざかっちゃったなあ。



 そんな、説明書と本を黙々と読む日々を送っていた紗夜に転機が訪れた。


 それが公爵家からミラジュスト家へと届いた、晩餐会への招待状だ。


 意図せず、屋敷にこもることになってしまった紗夜に思うところがあったのか、ジョルジュ公爵から晩餐会へ行くことを勧められたのだ。

 それを聞いたマルガレーテ夫人が、晩餐会用の仕度に張り切った結果が今、紗夜が目にしている光景だ。


 一緒に選ぼうと誘われたが、晩餐会の正式な装いがなんなのかさっぱり分からない紗夜では、役に立たないので代わりにクレアを差し出した。



 ――まあ、クレアも楽しそうだから正解だったみたい。



 そもそも紗夜は、最初晩餐会への出席に乗り気でなかった。

 考えてもみてほしい、本来ならここにいるエリザならともかく、正式な知識を何一つ知らない紗夜が晩餐会にそのまま参加する。



 ――知らないうちに何かしら、やらかす未来しか見えない……。



 そんなことになったら紗夜だけの問題ではなく、ミラジュスト家自体が問題視されかねない。

 それは紗夜の本意ではない。この優しい家族想いの人達に、迷惑をかけたくない。


 そんな想いもあってどうにか回避出来ないかと紗夜は、不安を抱えながら頭を悩ませていた。

 そんな時、クレアの言葉があっという間に紗夜の意識を変えた。



「サヤ様、もしかしたら街で出会ったあの男性もいらっしゃるかもしれませんよ?」



 ――我ながら単純すぎるでしょ……。



 そこからは、早かった。エリザの身代わりの紗夜は、記憶喪失とされている。なので、礼節などを覚えていないとしてもおかしくないのだ。

 その為晩餐会当日までの間、みっちりと礼儀作法のレッスンを受けることになった。

 慣れない動作にお陰で毎日くたくたである。



 ――まあ、五日間も練習期間があるだけありがたかったけど。付け焼き刃でも形にしないと!



 紗夜が決意を新たにしていると、クレアが両手にドレスを携えて紗夜のところに来た。



「サヤ様こちら二つのドレスでしたら、どちらの方がお好みですか?」



 二つのドレスは、共通して袖の部分がなかった。一つは、真っ赤な赤いドレスで胸元が広く空いている。もう一つは、深みのある青いドレスでこちらは、背中がざっくりと空いていた。



「どちらも露出が多すぎない?」



 ――えっ! それ私が着るの?!



「夜会用ですのでマナー上、肌の露出は必須です」



 紗夜の訴えも虚しく、マナーだとクレアに断言されては、紗夜に反論出来るわけがなかった。



「……こっちの青い方かな、元々寒色系の色の方が好きなの」



 紗夜には、諦めて選ぶしか道は残っていなかった。



「青ですね。好みの色についても奥様ともう一度相談してみます。待ってて下さいサヤ様! サヤ様が一等輝くお品を選んでご覧にいれますので!」



 意気揚々とクレアは、マルガレーテ夫人の元に戻って行った。



 ――これ、今日中に決まるのかしら……。



 紗夜の一日は、こうして過ぎていった。





 ***


 アンファングターク王国城内に設けられている、騎士団団長の執務室にソルラントとフィロスパードはいた。



「近隣諸国の影響からか、ますます難民が増えて来てるな。会議でもそれに関しての議題で持ちきりだ」



 ソルラントが手に持っていた資料をフィロスパードに渡す。



「やはり、城下街の警備体制を見直そう。この前のようなことがまた無いとは限らんからな」



 フィロスパードは、資料を見ながら城下街の地図を机に広げた。



「ああ、例の『本は鈍器になる事件』か。」



 ソルラントの言葉にフィロスパードは、思わず持っていたペンを落とした。



「なんだその命名は……」



 フィロスパードがペンを拾いながら、ソルラントへ呆れた眼差しを向ける。



「いやいや、フィロスパードがそう言ったんだからな」



 ソルラントがゆるく片手を振る。



「確かに言った覚えはあるが、わざわざ事件名にするな」



 フィロスパードが拾った、キャップをしたままのペンをソルラントにビシッと向けた。



「はいはい、悪かったって。でも実質、警備体制の見直しは必要だな。前回は、フィロスパードがいたから民衆に怪我人もなく済んだが、また同じような事件が起きないとも限らない」



 ソルラントが真剣な眼差しで城下街の地図を見下ろす。フィロスパードも同じように見下ろすとキャップをしたままのペン先を地図に向けた。



「優先するのは、やはり国境付近の警備強化だろう」



 フィロスパードが該当箇所をペンでぐるりと囲む。



「あとは、城下街への出入りの道も警備の者を増やした方がいいな。ここは、街の衛兵隊とも相談しないとな」



 ソルラントも気になる箇所を指差す。


 その後も二人の話し合いは、長々と続いた。


 一通り意見を出し合ったことで、話し合いも終盤となり二人は休憩することにした。

 城内のメイドにお茶を頼み二人は、応接用のソファに向かい合って腰を下ろした。



「そういえば、フィロスパードも今度の公爵家主催の晩餐会に出席するんだろう?」



 ソルラントは、傾けていたティーカップをソーサーに戻す。王室御用達の茶葉だけあって、味も香りもそこらのものとは、比べ物にならない。



「ああ、父上も兄上も参加できないからな。母上のパートナーとして俺が行く。ソルラントは誰と行くんだ?」



 紅茶一つでも流石王子と言うべきか、動作が洗練されており一々様になる。



「末の妹と出席する。最近は、屋敷で本ばかり読んでいるからな。気分転換も兼ねてるんだ。ちょうどいい、フィロスパードにも紹介するよ」



 ソルラントは、紗夜が街でちょっとした事件に巻き込まれたことは、父であるジョルジュ侯爵から聞いていた。

 その為、屋敷にこもることになった紗夜をソルラントなりに心配していた。


 余談だがソルラントは、紗夜とフィロスパードの事件が同一のものであることに気付いていない。

 ソルラントにとって末の妹は、昔からか弱く病弱なのだ。そんな妹が本を鈍器として扱うなんてあり得ないこと。

 紗夜がエリザの身代わりとなったことでの弊害だ。

 ソルラントが事実を知るのは、もう少し先になることだろう。



「そうか。楽しみにしてるよ」



 そう言いながらフィロスパードは、別のことを考えていた。

 本と聞いて街で会った、両手に本を抱えていた彼女のことを思い出す。

 自身のことを月と評した彼女のことをフィロスパードは、時々思い出していた。



 ――彼女は、どうしているだろうか……。



 二人の再会の日は、近い。






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