⒈目を覚ましたら知らない世界
目を覚ましたら、知らない世界にいた場合の対処方法を誰か教えて下さい。
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アンファングターク王国。
ここは精霊の加護を受け、四方を緑豊かな森や山に囲まれた王国。森には、動物から植物にかけて生命の息吹が溢れ、野には季節ごとに色鮮やかな花が咲き乱れる。国を取り囲む山々は、その雄大さで王国を守る自然の砦となっており、名実共に強く美しい王国だ。
人々は、精霊の加護のもと大なり小なり魔力をその身に宿しており、日々の生活の中に魔法は当たり前のように根付いていた。
――ミラジュスト侯爵家。貴族の中でも、先祖代々、文官・武官問わずにアンファングターク王家に仕え続けている由緒正しい家柄である。所有する広大な土地の中に建っている白亜の屋敷は、朝日に照らされてまるでキラキラと輝いているように感じる。
玄関先には、季節の花が活けられ、屋敷の中を明るくしてくれている。長い廊下には、柔らかな絨毯が敷かれ、壁には趣のある絵画が飾られている。
――そんな屋敷の一室では、今まさに一人の少女が目覚めようとしていた。
瞼を震わせながらゆっくりと目を開けた少女は、しばらく仰向けのままボーッとしていた。そして、覚醒しきってない掠れた声を洩らした。
「…………ここ…………どこ?…………」
――全く見覚えのない、天蓋ベッドで目を覚ました霞沢・紗夜は、数時間前の記憶に思いを馳せる。
***
『あー、良い、本当に好きだわ!』
夕御飯もお風呂も済ませた紗夜は、自室のベッドに寝転がりながら、好きな漫画本の新刊を手にしていた。
『今回も本当に良いお話でした! 良い作品を生み出し続けてくれる作者様方には、感謝しかないわー』
紗夜は読み終わった漫画本を新たに本棚に加えると、今度はDVDプレーヤーの電源を入れた。
『さてさて、今日は何を見ようかな? どうせ明日高校は、休みだし。撮り溜めてたアニメを一気に消費するか? それとも名作アニメ映画の再上映会を開催するか?』
漫画本やライトノベル本が収められている本棚に並列して、DVDのディスクが収められている棚の前で『どうしようかなあ?』と紗夜は、独り言をつぶやく。
そこに、紗夜の部屋のドアをノックしながら扉を開けて母が現れた。
『ちょっと、いつまで起きてるの。早く寝なさい』
『えー、良いじゃん。明日学校休みだし。というかお母さん、ノックしてても返事する前に開けないでよ。それ、ノックの意味ないからね』
紗夜は、棚の前に立ったまま母に不満そうな顔を向けた。
『はいはい、悪かったわね。でも休みだとしても夜更かしは駄目よ。今日は、もう寝なさい。やりたい事があるのなら明日起きてからにしなさいな』
『さっさと寝るのよ。おやすみ』そう言って、紗夜の返事も聞かずに母は、部屋を出た。
『仕方ない。アニメ鑑賞会は、一時お預けか』
紗夜は、ため息を吐きながら、諦めてDVDプレーヤーの電源を消した。
以前母の忠告を無視して夜更かしをした結果、罰としてDVDプレーヤー・ゲーム機・携帯電話を一週間没収されるという悲劇が起こったのだ。
しかも間が悪いことに、その期間、ハマっている携帯ゲームのイベントでは、紗夜の好きなキャラクターの限定カードが、ログインボーナスで配られていたのだ。
紗夜は、その時の悲しさを今だに忘れられない。
――あの時は、本当に久しぶりに泣いたわ……。
部屋の電気を消して紗夜は、ベッドに横になった。枕元の時計の針は、あと少しで日付を跨ごうとしていた。
――せめて夢の中だけでも良いから好きなキャラクターに会いたいな……それか、異世界行く体験とかしてみたいわ。
紗夜は、ありえない……非現実的なこと考えながら目を閉じた。
まさか、その思いが現実になるとは、この時の紗夜には想像も出来なかった……。
ついぞ、深い眠りについた紗夜に近づく影に気づく者は、誰一人としていなかったのだ……。