最悪と出会う
魔物が現れた。
俺の話を聞いてそう判断した村人達は大騒ぎになった。
俺は偶然魔物――アラクネの攻撃が外れ、命拾いした事になっている。
転移だとか神から授かったスキルだとか、そう言うのは話していない。
多分信じて貰えないし、事態を混乱させるだけだろうしな。
そして今、治療院を兼ねている村長宅で治療を受けていた。
魔法は無効化していたが、転んだ拍子に鼻の骨を折ったらしい。
馬鹿みたいだがホントの話だ。
「なんで生きてんの? 死んでこいよ」
ルリーである。
村長宅を一番最初に尋ねて来てくれたから心配してくれたのかと思ったが、それは違い俺が苦しむ様を見たかったかららしい。
大して苦しそうじゃなさそうだから死んでこい。
理不尽な言い分を叩きつけてくる彼女は相変わらず変わらない。
そんなんだから他の子らに嫌われてんだよと言いたくなるが、多分ルリー、そういう他人の評価すげえ気にするタイプだろうしなぁ……。
性格きつい癖にメンタル豆腐そうだし……、言うのを我慢する事にする。
しょぼくれたルリーは見たくない。
しょぼくれブス。絵にならないしね!
「お前……もっと心配しろよ……」
ジト目で訴えながら彼女に言う。
「ばーか」
しかし返ってきたのは罵倒。
それも何故か笑顔で言ってきている。
「わけわかんねぇ……」
何だこいつ……。
ハブられ過ぎて頭おかしくなったか?
「あ、そうそう。お父さんが今王都に行ってるから、仕事はしばらく休みだってさ」
「王都に? なんでさ」
ルリーの言葉に聞き返す。
「魔物が出たって言いに行ったの。多分王都からの派遣部隊連れて帰って来ると思う」
「へー」
王都はこの国――ウルアン王国の首都。
ここから片道一週間だから、往復で二週間くらいか。
その間ニート生活ってわけか!
素晴らしいな。
「その間、トクがあんたを鍛えます」
「誰だよ」
「トクはこの村に派遣されてる兵士なの。魔物が現れると他の動物も凶暴になる傾向があるらしいから、自衛手段が無いあんたをトクが鍛えるの」
ニート生活ってわけにもいかなそうですね。
まあこの村娯楽とかないし。
暇しなくていいかもしれない。
「魔法が使えないからか」
「うん」
この世界。
低級魔法と呼ばれている魔法は使えて当たり前らしい。
代表的なものはファイアボール。
威力は魔力依存で、まあ、普通の人間なら軽く火傷させるレベルの威力はだせる。
それだけでもあるかないかではかなり違ってくる。
俺のスキルは防御だし、攻撃手段が欲しかった所だ。
この申し出はありがたい。
「私が頼んであげたんだからね!」とドヤ顔のこいつは腹立つけど、そこは素直に感謝しよう。
「わかった。頼む」
親父さんが帰ってくるまでの二週間。
死ぬ気で強くなってやろうじゃないか。
―
「私がトクだ」
ルリーに連れられ赴いた村の広場にいたのは一人の男だった。
背はやや低い。
百七十の俺より低いから百六十五くらいか?
そして声が高かった。
声だけ聞いたら女と思うかもしれないが、顔は男だ。
「ほらアカキ。挨拶しなさい」
「いやわかってるよ。紅木 結城です。お願いします」
ルリーこいつ。
いつから俺の保護者になった。
俺のが歳上だからな!
精神年齢も……、多分上だからな!!
「話は聞いてるよ。可愛い男の子だね。好みかも」
「えっ……」
いや落ち着け。
ただの言葉のあやだろう。
まさか本気で思っているわけではあるまい。
ないよな……?
まるで助けを乞うようにルリーに視線で問いかけた。
すると意図が伝わったのだろう。
仕方ない子ねぇ……と言わんばかりの顔をしてきた。
なんかちょいちょい上からなのが腹立つが、まあそれがルリーだ。可愛らしいと思う事にする。
「ん、ちょっとトク。アカキが照れてるじゃん。程々にしときなさいって」
ルリーに言われたトクさんがどこか嬉しそうにはにかむ。
なんの話をしているのだろうか。
俺にはさっぱり理解できない。
「えーごめんねアカキ君。お姉さん変な事言っちゃったね」
「そうそうトク。程々にしないとアカキが惚れちゃうわよ〜」
……ん?
お姉さん……?
きゃー! どうしよー!
とか言ってる男顔を見て俺は首傾げた。
お姉……さん……?
いや、男にしては背が低いなとか。
声が高いなとか思ったけど、女なの……?
その顔で?
そんな感じの事を考えていると、黄色いルリーの声が聞こえてきた。
「トクは可愛いから気をつけないと惚れられちゃうよ!」
「ルリーちゃんの方がかわいいよー!」
き ず の な め あ い 。
何言ってんだこのブス共。
ズンズンラーって知ってる?
鏡みたいなあれらしいよ。
「あの、それで訓練って……」
盛り上がっていた二人の間に割って入った。
これ以上は見るに耐えない。
「あぁそうだったね。それじゃあ――始めようか」
痛い。
全身が痛い。
さっき心の底でブスって思ったのがバレてたのかな?
それはないだろうけど、俺の体はボロボロだった。
木刀を渡された俺は実戦形式でトクさんと戦ったのだが、もちろんボコボコにされる。
そんな俺を見てケラケラ笑ってたルリーを木刀で叩こうとしたらファイアボールの反撃を受け、痛みは更に加速したのだ。
やばい。
死ぬ気で痛い。
「あー、おもしろい」
ほざくルリーを後で殺すと心に誓い痛みに耐えた。
「アカキ君大丈夫? ごめんね。私教えるの下手だから……。実戦形式が一番だと思って……」
さっきまで阿修羅のように俺を痛めつけていたトクさんがうってかわって心配そうな顔になった。
しかし男顔である。
風が吹くたび傷にしみていたい。
痛い。ほんと痛い。
昔クラスの奴らに悪ふざけで殴られてたとき並に痛い。
アイツラ六人くらいで囲って殴ってくるんだよな……。
なんの遊びなんだよ。
……あれ? 昔の俺いじめられてね?
驚愕の事実……。
「ほらサボらなーい」
悶える俺を楽しそうに見るルリーはさながら悪魔のようだ。
悪魔というより醜悪な何かだな。
顔もそうだし中身もそう。
「うるせえしね」
血の臭いがする。
多分鼻血が出ているんだろうな。
せっかく村長の回復魔法で鼻の骨折治ったのに……。
鼻酷使しすぎだろ。
「まだ……やれる?」
「やりますよ」
トクさんにそう答え、剣を構えた。
やるしかない。
この世界に来てもう三週間。
後十一ヶ月も生きていかないといけないんだ。
死ぬ気で強くなって生きてやる。
「いきますよ――ッ!!」
駆け出し、剣を振るう。
もちろんそれはひらりと躱されカウンターを頂いた。
「ぐぼっ!!」
漏れ出る声。
……。
強く……なれるかなぁ……。
――
時の流れは早いもので、二週間の時が流れた。
トクさん曰く、二週間で出来るのは剣の扱いに慣れる事くらいらしい。
型だとか技だとかは慣れてからの話だそうだ。
だからこの二週間、徹底的に実戦形式で戦った。
そのおかげかな? 剣の扱いも少し慣れてレベルもあがった。
今のレベルはこうだ。
―
紅木 結城 18歳 男
Lv2→Lv3
体力 45/45→50/50
魔力 100/100→200/200
筋力 3→7
魔法攻撃力 65→90
守備力 4→5
魔法防御力 12→20
敏捷力 2→5
意外性 5→5
スキル 〈??????〉 〈魔法無効化〉 new〈刀スキルLv1〉
―
うん。
相変わらず魔力関連上がりがやべえ。
というか案外簡単にレベルあがったな……。
トクさん、レベル三になるのに一年かかったとか言ってたけど……。
まあいいや。
大事なのはこれから親父さんが帰ってくるって事だ。
「二週間、ありがとうございました」
目の前のトクさんに頭を下げる。
この二週間、俺は中々強くなったように思う。
それも全部トクさんのおかげだ。
「生徒が優秀だったから私も楽しかったよ」
「どうも」
褒められるのは悪くない気分だ。
「ルリーちゃんの事ちゃんと守ってあげてね」
「なんすかいきなり……。あいつは魔法使えるし……、俺が守らなくても……」
というか多分俺より強い。
糞腹立つから何回か斬りかかったけど全部ファイアボールで返り討ちにされてるからな。
俺が守る事なんて無いだろう。
「戦いだけじゃないよ。あの娘はああいう性格だから……。傍にいてあげて欲しいな」
「俺が傍にいるとアイツ嫌がりますよ」
「そうかな? まぁ……うん。そうかもね。そうだそうだ。君達は今のままでいいかもね」
何やら嬉しそうというよりは微笑ましそうな、母親のような表情で言ってくるトクさん。
何だ?
何に納得してるんだこの人は。
俺が困惑していると何やら騒がしい音が聞こえてきた。
門の方からだ。
かなりの大人数が移動しているような――そんな音。
「どうやらルリーちゃんのお父さんが帰ってきたらしい。私達も出迎えにいこうか」
「あぁ。この音はそういう……」
トクさんに連れられ、俺は門へと向かう。
村の入り口のそこには、俺達以外にも人がいた。
出迎えの村人が二十人程と、それらの視線にあるのは――
「あれが王都からの派遣部隊だよ」
五十人程の大部隊だった。
「あんなに……ですか」
説明してくれたトクさんに、再び説明を求めて問いかける。
あの数は多いだろう。
兵站とかどうすんだ。
「いや、あれでも魔物を狩るなら少ないよ」
「少ない……マジすか……」
魔物パネェ……。
「少ないと言っても心配しないで。あの部隊の隊長の男は、ほら、あの男」
指さされた先、集団の先頭にいる男を見――
――俺の中の時が止まった。
そう思える程の衝撃が走った。
息遣いがいつもより聞こえる。
他の空間が切り離されたかのように、その男だけが視界に映る。
「あの男はこの国の二英雄の片割れ、ザンタボルトさ。まさかそんな大物が来てくれるなんてね……」
トクさんの声が頭に入ってこない。
俺の頭の中にあるのはただ一つ。
なぜあの男がここにいるんだ?
その男は――その英雄と呼ばれる男は――。
俺を殺した男――。
この世界では禁忌とされる転移魔法を使い俺のいた世界へ訪れていた男――。
そして、もし俺が生きていると知れば口封じに殺そうとしてくるだろう男――。
「――」
間違いない。
あの男は、目の前の男は、間違いなく俺が元の世界でみた男だ。
「――ッ」
そして目があった。あってしまった。
一瞬の驚愕ののち、冷たい瞳へと変わる男――ザンタボルト。
やばい。
間違いなくやばい。
この出会いは間違いなく――想定しうる限りで最悪のものだった。