ケロケロ
「あ、ケロちゃんだー」
前を歩くアイレットが楽しそうに言った。
アイレットとの戦闘は「俺を殺したら親父に嫌われるぞ!」の一言で終了した。
親父の事覚えてないから本当に嫌うかどうかは知らないが。
誤解を解いて今に至る。
キス未遂に関してはうまく誤魔化しておいた。
「あんまり疑い深い奴は親父の嫌いなタイプだなぁ」って言ったら一瞬で信じてくれたよ。
本当にピュアで可愛らしい性格だ。しかし三十手前。
おばさんである。誰か彼女に現実を教えてやって欲しい。
「ケロちゃん?」
知り合いか?
アイレットの視線の先を追うと犬が見えた。
頭が三つあるな。多分知り合いではない。
とてもじゃないがケロちゃんなんて可愛らしい呼び方はできない風貌だ。
詳しく聞きたいが今のアイレットは面倒くさいのでピンクルを見る。
「ひっ……ひっ……」
こいつも面倒くさそうな事になってんじゃねえか。
顔面を真っ青にして胸ポケットの中で後ずさろうとしていた。
「何なのアレ」
仕方がないのでアイレットへ問いかける。
「ケルベロ――」
「グルアアァァァァァ!!!」
こちらの事情などお構いなしにケロちゃんは襲いかかってくる。
「っと」
アイレットはそれに驚く事なく剣を抜いた。
一瞬手がブレたかと思えばケロちゃんの三つの頭が切り離され、切断面から血が吹き出ていた。
青色の血だ。
視覚的な違和感が凄い。
「で、なんなこの化物。あっさり殺したけどさ」
剣に付着した血液を拭き取っているアイレットへ視線を向ける。
「ケルベロス、まあちょっと大きなワンちゃんだよ」
「へー」
ケルベロスって強いイメージあったけど、そんな事ないんだな。
所詮犬っころという訳か。
「あぁ……、これは夢よ……夢なのよ……。そうよ夢、学院がこんな風になっているのもケルベロスがいたのも全部夢なの……。だって普通の人間にケルベロスが倒せるわけないじゃないね……うん……夢よ……」
「どうしたお姫様。顔色悪いぞ?」
ピンクルが死にそうな顔でブツブツと呟いている。
「そうよ夢……私の王子様がこんなブサイクなのも……クソみたいな性格なのも夢なの……」
「? どうした大丈夫か? キスするか? 落ち着くかもよ?」
「ゔおぉえええぇぇぇぇぇぇ!!」
今度は白目剥いて嗚咽し始めた。
騒がしい奴である。
「だらしがないねその娘。情けない」
「ん? やけに厳しいな」
アイレットがピンクルを冷たい目で見ていた。
この反応はちょっと意外だ。
どうしたのだろうか。
「まぁ、若いからね。仕方ないよ」
「ん」
「ほら、若い娘って周りの男からチヤホヤされてるから軟弱なんだよね。あー嫌だ嫌だ」
「ん」
おばさん……。
駄目だ。
憐れで見てられない。
「――アカキ君」
アイレットの纏う空気が変わった。
先程までの痛々しいものではない。
もっと重く、冷たく、戦士のそれに変わるのを感じた。
「わかってる」
俺も剣に手を当てて前方を見る。
「――なんだ、剣鬼がいるのか。ついてないな俺は」
それは当たり前のようにそこにいた。
俺とアイレットの目の前に、この距離になるまでなんの気配も感じさせず近づいていた。
恐らく何らかの移動系スキルを持っているのだと思われる。
格好は学生のようだが一体何者だろうか。
漏れ出る魔力でわかる。
普通の学生な訳が無い。
「アキト先輩……! 良かった! 助けに来てくれたんですね!」
ピンクルが安堵の顔を浮かべている。
「味方……なのか……?」
そんな彼女に問いかけた。
「はい! 学院創立以降最高の天才と呼ばれているアキト先輩です! すっごいんですよ!」
「……だろうな」
凄いのは見るだけでわかる。
「ほんとにすっこいんですよ! 直接お話したことはないけど、女子の間じゃアキト先輩の話を聞かない日がないくらい人気なんです!」
「へぇ。お前もそのファン一人?」
「はい!! 勿論!!!」
「俺とどっちが好き?」
「そりゃアキトせんぱ――、……。………勿論王子様です。はい……。はい……、運命……です……運命ですから」
「? 聞こえない。もっかい言ってみ? 大好きなアキト先輩を見ながら言ってみ?」
「わだっ……わだしは……おうじさまが……何よりも……大好きです……はい……大好きなのです……」
泣き始めてしまった。
涙を堪えようとしているみたいだがポロポロと漏れ出し、必死で浮かべている笑顔の口角が痙攣している。
行き場のない彼女の感情が顔を赤く染めていた。
ちょっとやりすぎてしまったか。
「アカキ君……君はどこまで……」
アイレットの視線が冷たい。
話題のアキト先輩とやらは興味がないのかあくびをしていた。
「けどまぁ、味方なんだな? そんな奴が味方なんて頼もしいよ」
そんな彼の元へ手を差し出した。
さっさとピンクルを引き取って返ってもらおう。
スキル使ってるけど、地味に胸ポケットが重いんだよ。
あとこいつのキャラも重い。正直これ以上付き合いたくない。
アイレットだけで手がいっぱいなのである。
しかしそのアキトはの手を握る事はしなかった。
心底不思議そうな顔で首を傾げていた。
「いや、敵だぞ? 愚鈍過ぎないか」
「は――」
――体を突き抜ける衝撃。
貫かれたかの如きそれに体が吹き飛んだ。
強制的に潰された肺から、空気が嗚咽のように漏れ出し嘔吐感を誘う。
何をされたかは知らないがそれが攻撃だという事に間違いはない。
「きゃあああああああああ!?!?」
すんでの所で放り投げたピンクルが小うるさい悲鳴をあげている。
上空で元のサイズに戻り、ちゃんと足から着地できたようだ。
「――ッ!!」
俺はできなかったが。
背中から落下してその痛みに耐えた。
「何を――」
しやがる。
とアキトへ視線を向け、その言葉が引っ込んだ。
吹き荒れる剣圧。
剣と剣の衝撃波が俺とピンクルの髪を揺らめかせている。
「剣鬼ともあろうに、取り乱すなよみっともない」
どうやらアイレットが俺が攻撃を受けたのと同時にアキトに斬りかかっていたみたいだ。
しかしその彼女の剣もことごとくが防がれていた。
アキト攻撃を防ぐのに用いているのは剣ではない。
否、剣ではあるが俺やアイレットが持つそれとは違う。
恐らく魔力を練る事で剣の形をかたどった物。
アイレットの攻撃を受ける瞬間に生成したのだろう。
さっきまで武器なんて持ってなかったからな。
「君は――ッ!! ありえないぞ!! なぜただの学生が私の攻撃を防げる!?」
攻撃を続けながらも彼女が叫んだ。
「当然だろう。俺と貴様とでは生の重みが違う」
攻撃を掻い潜って振るわれたアキトの剣を避けるためアイレットが後ろへ跳ぶ。
これで両者には数メートルの間合いができた。
「アキト先輩……? え……? 何が……?」
俺の横まで歩いてきたピンクル。
「知らねえよ。てかあいつ何者だマジで。アイレットが圧されるってありえないぞ」
あのおばさん一応この世界のトップクラスじゃねえの。
「知らない……。それにあのおばさんそんなに強いの……?」
「一応元十聖剣? らしいぞ」
「えっ……。剣鬼って、その剣鬼……?? え……? 何? 何……? え……? ん……? ……???」
どうやら情報過多で思考がフリーズしてしまったらしい。
馬鹿みたいに呆けた顔をして動かなくなってしまった。
とりあえずこれはおいとこう。
「……改めて聞くけど、本当に君は敵なんだね?」
「当たり前だ。だから峰打ちなんかしないで本気で殺りにこいよ剣鬼」
「じゃあ遠慮なく――!!」
飛び出すアイレット。
煌めく銀閃。
神速たるそれは、無情にも途中で止まってしまった。
「ぐ……は……っ……」
剣鬼の体を貫く無数の黒いトゲ。
上下左右の何もない空間から生成されたそれが原因だ。
あれも何かしらのスキルか?
俺への攻撃に使用した物とは別物に思える。
何個持ってんだよ。
胴体手足を貫かれ動きを封じられた彼女へ、アキトが剣を振ろうとしているのが見えた。
「っと! やべぇ!! アイレット!!」
全速力で飛び出してそのアキトを叩き蹴る。
剣で防がれてしまったが、元々ダメージよりも衝撃優先で放った攻撃だ。
衝撃を殺しきれなかった彼は、そのまま後ろへ吹っ飛ぶ。
まぁ、何事もなかったかのように着地されたしなんのダメージにもなってないけどな。
今はそれでいい。
「あ……ぁ……っ」
トゲが消え、そのままアイレットが倒れ込んだ。
受け身すら取れていない。致命傷は避けているようだが、相当なダメージのようだ。
改めて目の前の男を見る。
……何だこいつ。
アイレットをこんなに簡単に下すって頭おかしいんじゃねえか。
俺一人で勝てるか……?
強化された状態のスキルなら余裕で勝てるだろう。
けど今の状態で勝てるか……?
……。
「アイレット」
返事がない。
「アイレット!」
ピクリとも動かない。
呼吸の音は聞こえていないから死んではいないはず。
「アイレットッ!!!!」
全力で叫んだ。
後ろのピンクルが小さな悲鳴をあげて耳を塞いだ。
「……なん……だい……。ほんきで……キツイんだけど……」
意識を取り戻したみたいだ。
声はか弱く震えていた。
「立て」
「え……?」
「早く立て。一人じゃキツイ。二人でやるぞ」
「……いや……いや……。ユウイチロウはもっと優しかったよ……? こういうときは「よく頑張ったな。あとは俺に任せろ」って言って頭を撫でてくれてたよ……?」
「残念だったな。俺はユウイチロウじゃない。ほら立て、やるぞ」
俺の言葉を聞いた彼女は何やら溜息を複数回つくと、「よっこいしょ」と言いながら立ち上がった。
所作がおばさんである。
「いいね。ユウイチロウのDNAに激しくされるのも悪くない……! さぁやろう。共同作業だ!」
「え……、あ、おう」
マジでやべえんじゃねえかなコイツ。




