冥府の番人
「下ですね」
エレミアと別れ校舎を歩いているとピンクルが俺の胸ポケットから下をのぞき込んだ。
その視線の先には俺の股間しかないが俺のエクスカリバーがどうかしたのだろうか。
「下の口ってか?」
「……? 大丈夫ですか?」
頭のおかしい子に頭の心配をされてしまった。
「私のスキル『探索』によると地下から魔力反応を感じます」
「へぇ。そんなスキル使えるんだ」
「はい。そしてもっと褒めてください。私の好感度をあげてください。早く私を惚れさせてください。私のメンタルが壊れる前に」
そんなに嫌なら運命とか言わなければいいんじゃなかろうか。
そうやって言えば「運命は何人たりとも覆す事はできないのです」とか言い出すんだぜ。
なぜわかるかって?
同じやり取りをもう四回はしたからだ。
「どした?」
押し黙るピンクルに問いかける。
彼女は下へ視線を向けながら首を捻っていた。
「……けど、わざとらしいんですよね」
「お前のキャラの話か?」
「? 魔力の漏れ方がです。あえて探知させて誘い込もうとしているような……」
「へぇ。じゃあ行くのやめとくか」
「けどそこ以外に異常は感じられませんよ?」
「いいんじゃね? エレミアにはあぁ言ったけど、ぶっちゃけ事態解明とかどうでもいいし……。講師復活するまで時間稼げばいいんでしょ? それまでに出る犠牲者を少しでも減らす方向でいこう」
「これはアレですね? 「一人でも多くの人を助けたい!」っていうツンデレって事ですね? 実際がどうかは知りませんがそう判断しますね??? はい! 好感度あがった!! あがったあがった!! ハイ好きになった!!!」
大きな声をあげて必死に自分に言い聞かせてるピンクル。
滅茶苦茶頑張るじゃねえか。
けどここまでされるとちょっと悲しくなるよね。
「ホントか? じゃあ試しにキスする?」
勿論冗談だが面白そうなのでウインクしながら言ってみた。
「あああああああああああああああああああああああ!!! そうやってええええ!!! せっかく無理やり上げた好感度を貴方は下げるうううううううう!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
発狂した。
「はいチュー」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
俺が顔を近づけるとピンクルは乙女の顔とは思えない表情をしながら叫ぶ。
恥も外聞も殴り捨てての絶叫。
マンドラゴラかよ。
ここまで拒絶されると腹立ってくるよなぁ。
仕方ないから本当にキスをしてやろう。
このサイズ差だとピンクルの顔が全部俺の唇に埋まってしまうなぁ……。
とか考えていた時だった。
「アカキ君!?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くまでもないアイレットの物だ。
ちゃんと結界内に入れたみたいだな。
彼女の顔を視界に収め、その顔が怒りに染まっていることに気づいた。
「なんで怒ってんの?」
こうなるのが面倒くさいから学院の生徒を助けてたんだが。
「私はね……嬉しかったんだ」
「ん?」
何か語り始めたな。
聞かないと駄目なのかな?
「君と思わしき人物がこの学院の生徒を助けて回っていると聞いて本当に嬉しかったんだよ?」
「おめでとう?」
「だというのに!!! 小さくして誘拐した少女にキスを迫るなんて!!」
「まて、キスは迫ったが誘拐はしていない」
「もういいさ。一緒に罪を償おう。君を殺して私も死ぬ――ッ!!!」
爆発音が聞こえた。
否、それはアイレットが駆け出した音である。
それだけの力を込めた速度で肉薄してくる剣鬼。
振り抜かれた剣を後ろへ跳んで避ける。
剣先が頬を掠めていたらしく血が滲み出ていた。
「……な、何なのこの女……っ。敵!? 敵なの!?」
胸ポケットのピンクルが騒いだ。
「一応味方だから大丈夫」
「さ、流石ね! こんな個性の強い仲間がいるなんて! す、す、好きになりそうだわ!」
「……おう」
お前も流石だよ。
「アカキ君……! 覚悟………!!」
剣先をこちらへ向けたアイレットが叫んだ。
「いい加減にしろ……!!!」
俺もそれに叫び返す。
結局面倒くさい事になったじゃねえか!!!
――
死体があった。
死体があった。
死体死体死体死体死体死体。
血の臭いで埋め尽くされたこの空間。
入り口には講師室と書かれている。
その中に一際目立つ影がある。
それは巨体だった。
高さ三メートルはあるだろう大きな四足歩行の生物。
最も目を引く特徴はその頭部だろうか。
三つある頭部。
――ケルベロス。
最上位の召喚魔法で呼び出せる冥府の番人。
影の正体はそれだった。
「クソがァァァァァ!!!」
甲高い音を立て、男の振り下ろした剣が弾かれた。
当たったはずのケルベロスの表皮には傷一つない。
「クソ……ッ!! クソクソクソ!!!」
何度も繰り返すが結果は変わらない。
剣を振る彼の名前を『ネコン・マネキン』と言う。
この学院の講師であり元騎士という経歴を持っている。
剣にも魔法にも極めて優秀な騎士だったネコンであるが、怪我により引退。
この学院の講師となったという流れだ。
怪我の影響、全盛期からの衰えはあるもののその戦闘能力は決して低くない。
平均的な兵士と比べても遥かに上だろう。
しかしそんな彼すらも――
「――」
瞬きをした次の瞬間には死体となっていた。
鬱陶しげに繰り出されたケルベロスの前足に吹き飛ばされ、壁に激突。
全身から血を吹き出し、まるで絨毯みたいにぺしゃんこになっていた。
彼だけではない。
一流以上の魔法使いの死体が無数に転がっている。
無論優秀な魔法使い=優秀な戦士ではない。
しかしその誰もが平均とは比べるまでもなく強い。
それが二十数人は簡単に殺されていた。
「グルルル……」
ネコンが死に、この空間に人間はいなくなった。
まるで見計らったように入り口の結界が解かれる。
――こうして、校舎内に冥府の番人が解き放たれた。




