結界
「んだこりゃ」
アイレットを探す事十数分。
学院前に辿り着いた俺は目の前の光景に絶句していた。
よくわかんねえけどやばいのはわかる。
結界って奴かな?
もしかして夜中に魔力を感じたのってこれと関係あったりすんのかな?
良かったぁ。
あのまま宿に帰ってて。
巻き込まれたくないし。
アイレットはこの騒ぎに気づいているのかな?
気づいてないことを祈りたい。
もし知れば確実に首つっこみそうだしね。
「すいません。狂気にまみれた女性を見ませんでしたか?」
集まっている野次馬の一人に問いかける。
「狂気? あー……。さっき結界に斬りかかっている女性がいたね。街の方へ行っちゃったみたいだけど」
「なるほど、ありがとうございます」
アイレットですねぇ……。
けどアイレットの攻撃で壊れなかったのか。
凄いなこの結界。
一応アイレットはこの世界だとトップレベルの実力者なわけで。
「見かけによらず硬いんだなぁ」
好奇心でちょっと触ってみた。
それがいけなかったんだと思う。
「え」
俺が触れたところだけ結界に穴が開く。
いきなりの展開に驚いた俺は前のめりに倒れこんだ。
体が当たったところだけ結界が消え、結果として結界の内側に入ってしまった事になる。
「は……ッ?」
振り返ってみれば結界の穴はもう閉じていた。
再び触ってみるもなんの変化も見られない。
出られない。
閉じ込められたか?
「あー……」
なんとなく状況を理解した。
多分この結界は魔法なんだな。
だから俺のスキルの『魔法無効化』が発動したんだと思う。
『魔法無効化』はスキルの中でも魔法に分類されるものだけ無効化する効果がある。
……マジかよ。
めんどくせえな。
アイレットが一回駄目だったくらいで諦めるとは思えないし、多分何らかの手段を用意して結界内に侵入してくるだろう。
それまで待つか?
思考を遮って野太い悲鳴が聞えた。
「キャアアアアアアアアアッ!!」
男の悲鳴だ。
駆けつけてみると狼に襲われている学生がいた。
あれはアーランド……じゃねえブラッドウルフだな。
あいつと倒した事が記憶に残ってるからこんがらがる。
頭部を手で守りながらうずくまる男に噛み付いている姿が見えた。
戦闘慣れした人間なら大した驚異ではないが一介の学生はそういうわけにもいかない。
「っと」
スキルを発動してブラッドウルフを蹴飛ばした。
「キャン……ッ!!?」
可愛い悲鳴をあげてその体が吹き飛ぶ。
落下したそれは口から血を吐きながら痙攣していた。
内臓が潰れたのだろう。
そういうふうに蹴ったしね。
「え……あ……っ」
男子生徒は思考が追いついていないのか言葉を出せていない。
「さてと」
呟きながら周りを見る。
いたるところで生徒がブラッドウルフに襲われていた。
校舎の前に広がるこの中庭。
いつもなら美しいのだろうがこうなっては見る影もない。
個人的にはこのまま見殺しにしてもいいんだが、そうすると後からくるだろうアイレットがうるさいからなぁ……。
おばさんの小言に付き合うのも厳しいものがあるんだよな。
揉め事に首をつっこむ面倒くささとアイレットに問い詰められる面倒くささ。
その二つを天秤にかけたとき――
「しゃあね。できる範囲で助けるか」
アイレットのウザさが勝っていた。
―
「こんなもんか」
俺が結界内に入ってから十五分程が経過した。
中庭にはブラッドウルフの死体の山が出来上がっている。
これでこの辺りの脅威は無くなったはずだ。
「ひっ……」
聞えた悲鳴の方を向く。
助けた学生達が腰を抜かして地面に座り込んでいるのが見える。
あれ?
これ俺にビビってね?
試しに大きな音をたてて地面を踏みつけた。
「ひっ……ひっ……!!」
彼等は抜けた腰で必死に後ずさろうとしている。
なんか面白いな。
じゃなくて、助けてやったのにな。
ブラッドウルフへの恐怖心が俺へすり替えられてしまったのか。
まあ、仕方ない。
「後は頑張れ」
言って俺は校舎へ向った。
校舎内からも人や獣の気配がするのだ。
中庭のコイツラは……まぁ……。
とりあえず自分でどうにかするっしょ。
差し迫った危険は取り除いたんだし?
名門校の学生なんでしょ?
余裕余裕。
……多分。……きっと!
―
結界の外側。
結界の真ん前には二つの影があった。
「頑張れー! 頑張れボーちゃん!!」
「……」
「あれ……? どした? 返事ないな? ちゃんと頑張ってる!?」
「……」
「頑張ってますかーッ!?!?」
「うっさいなぁ!!? 頑張ってるとも!! 集中したいんだよ!! 黙ってくれ!!」
アイレットの言葉に叫び声をあげたのはボトリク・ボルボだ。
「ごめんごめん。けどボーちゃんがまだこの街にいてよかったよ」
「……」
「ボーちゃん?」
「集中させてくれよ……。その為に呼んだんだろ……?」
「……テヘ♡」
三十路を越えようかという女性の溢れんばかりの愛くるしさを、ボトリクはスルーした。
スルーしてしまった。
それは本能故の行動なのだと思われる。
結界内への侵入に伴う結界の破壊。
自身の攻撃ではそれを行えないと悟った彼女は彼にそれを託した。
アイレットでも成せない破壊をはたしてボトリクができるのか。
結論を言うとできる。
彼の保有する剣術スキル『王国剣技』
それを極限まで昇華させたときに派生する奥義とも呼べるスキル、『時空烈火斬』なら可能だ。
時空ごと対象を斬り裂く、故に物体の耐久値は一切関係ない必殺の剣。
しかし発動には極度の集中が必要だった。
目を閉じて呼吸を整えていたボトリクの目が開かれる。
「――よし、いける。――『時空烈火斬』――ッ!!!」
――抜刀。
きっとアイレットの目には眼前の空間がズレたように見えたはずだ。
「きゃー!! 流石ボーちゃん!!」
斬り裂かれた結界をみてアイレットがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
それを見た彼は鋭い視線を向けた。
「当然だろう俺は十聖剣だぞ。むしろこの技を使わせた術者を褒めるべきだ、とんでもない練度だぞ。――油断するなよ?」
「わかってる。それだけの術者が何かを企んでるって事だもんね。油断はしないよ」
「お前なら病気にでもかかってない限り無駄な心配だったな」
「恋は病気さ」
「は?」
「恋煩い」
「あっそう……」
どう反応したらいいかわからない。
気不味い空気が二人を襲う。
否、襲われているのはボトリクだけだ。
アイレットはいつもどおりあっけらかんとしている。
「まあ、俺は疲れたから宿で休む。後は頑張れ、アイレット」
「待って」
「何だよ?」
「その……ね……。言いにくいんだけど……ね……」
「ん?」
「喋ってる間に結界閉じちゃったみたい……。もっかい『時空烈火斬』
…ね?」
ピタリと静止した彼を笑うように鳥が「アホー」と鳴いた。
「いや……あれは疲れるから……。連発できるものじゃ……」
「次は閉じる前に入るから!! もう一回!! もう一回!!」
「だから――」
「ボーちゃんのぉぉ! ちょっと良いとこ見てみたい!!」
「嘘だろお前……」




