忘れ物
「ばい、ばーい!」
ナーリンが門の兵士に元気よく手を振る。
実に可愛らしい。
「ゆういち……ろう……」
寝ぼけたアイレットがあくび混じりに呟いた。
実におぞましい。
大丈夫かこいつ。
アネーロンを出た俺達は、次の目的地バラソの街へと向かっていた。
不穏な雲が空を埋め尽くしているがかえって好都合。
暑いと疲れるからね。
これくらいが涼しくていいよ。
ふと視線をナーリンに向けると、お腹に手をあてていた。
「はら、へ、た」
「お前ふざけんなよ……」
街出たばっかじゃねえか。
食いしん坊が過ぎるだろ。
「私もお腹空いたよぉ」
アイレットの甘えた猫なで声に背筋が震えた。
指輪をくわえながら顔をすりすりと肩に擦り付けてきている。
駄目だ完全に寝ぼけてやがる。
……寝ぼけているのだと信じたい。
「ほらとりあえずパンでいいな」
カバンから取り出してナーリンに渡した。
「さん、きゅ」
一瞬だった。
俺の手から離れた瞬間にパンは彼女の胃袋の中に消えていた。
「私もなにか食べたい〜ぃ」
「太るぞ」
アイレット、普通に朝飯食ってたじゃん。いやナーリンも食ってたけどさ!
間食は良くないよ。
そろそろそういうのを気にする歳なんじゃないかなって僕は思う。
「幸せ太り……きゃっ♡」
「……」
駄目だこいつ。
早く目を覚ましてほしい。
眠気からも親父からも。
「嘘でしょめんどくさ」
つい声を出していた。
どうやらアイレットが忘れ物をしたらしい。
「すまない……部隊章のついたナイフを忘れてしまった……」
寝ぼけてるから……。
まあ引き返さないという選択肢はない。
俺達は来た道を戻り、再びアネーロンへ向った。
「めしや、か!?」
「うんそうだね。飯屋だね」
ナーリンは嬉しいみたいだな。
――
アネーロンについた。
前方に大衆食堂の看板が見えた。
そしてナーリンとも目があってしまった。
「…………」
「……め、し……?」
「……俺はここの定食屋でナーリンに飯食わせてるわ」
「やっ、たああああああ!!」
「了解。じゃあ私はさくっとナイフを回収してからこの店に来るね。ゆっくりしてて」
「おけ」
アイレットに返して店に入る。
昼前だからか店内は少し空いていた。
「いらっしゃい!」
店主の元気のいい声と
「めし、めし、めし!!」
ナーリンのうるさい声に挟まれ思わず顔をしかめた。
耳がキーンとしたのである。
――
「あれ……? おかしいな……宿屋に無いなんて」
首を傾げながら街を歩くアイレット。
「隊長の形見なんだけどなぁ……」
無くした(かもしれない)物の価値に思わず肩を落とした。
(……ごめんなさい隊長。ナイフ無くしちゃったかも……。……それと、……あなたを殺した少年に私は今力を貸しています。……許してくださいね)
隊長とはカイン共和国の洞窟でアカキが倒したアイレットの仲間の事である。
本来ならばアカキはアイレットにとって許しようのない仇なのだ。
彼女はどこを探せばいいかもわからず、ふらふらと街を彷徨う。
(あ、そうだ。もしかしたら魔法学院のランガリーの部屋に落ちてたりするかな……?)
可能性は低い。低いが心当たりは他にない。
自然、その足は学院の方へと向かっていた。
(なんだ……?)
そして違和感を抱く。
(妙に騒がしいな)
学院に近づく程、その騒がしさは大きくなった。
アイレットは騒然とした空気を肌で感じながら歩く。
そして目的地にたどり着いた時、その理由を知った。
「何だ……これは……ッ」
『結界魔法』。
恐らくそれによって学院が覆われていた。
結界の周りに野次馬沢山集まっている。
騒がしいのはそのせいだろう。
薄黒い結界のせいで内部はよく見えない。
が、異常事態な事は確かだった。
「――はッ!!」
剣鬼の剣が結界を襲った。
横凪に払われた一閃。
それは軽い音をたてて弾かれる。
本来なら鉄すら容易に斬り裂く一撃である。
(堅い……。術者はかなりの手練か……)
彼女は痺れる手を振りながら睨みつける。
その顔には汗が滲み出ていた。
(誰がいったいなんの目的で……)
その問いに答える者は、誰もいない。
がやがやと野次馬達の視線がアイレットへと向く。
いきなり抜刀した女がいたのだ。
当然のように奇異の目を向けられている。
(一旦ここから離れようか……)
顔を赤く染めた彼女の姿は、市街地の方へと消えていった。
―
「遅いな……」
アイレットはどこまで探しに言ったのだろうか。
「うん。遅、い。まだ、こな、い!! 肉!!」
「料理の話か? 遅くねえよ。頼んで二分とたってないじゃねえか」
どうやら今のナーリンにはすべての話が料理と結びついて聞こえてしまうようだ。
どうしてこうなってしまったのか……。
ちなみに四回目のオーダーである。
俺の目の前には所狭しと空いた食器が並べられていた。
十人前はくだらないね。
これが一回分。
それを三回。
今から四回目に突入しようとしている。
頭おかしいんじゃねえの。
「私、食べても、太らない!」
「はいはいそうだね」
「肉! 肉! 肉!」
怖い。
ここまで来ると純粋に怖い。
「俺ちょっとアイレット探してくるわ。これお金な」
紙幣や硬貨の入った袋をナーリンに渡す。
「おぉ……、ぉ……」
何やら感嘆そうに呟いている。
そういやお金持たせるの始めてだっけ。
「とりあえず戻ってくるまでここでご飯食べてなさい。もしお店に退店を求められたらそのお金で会計すんだぞ。それで街の入り口で待ってなさい。わかったな?」
まあないとは思うけど、一応ね。
「わかっ、た!」
元気よく手を上げて返事をするナーリン。
実に可愛らしい。
「よし、じゃあ行ってくるわ」
「て、ら!」
背中越しに手を振りながら俺は定食屋を後にした。
さて、アイレットはどこにいるのかね。




