夜明けの先に
ボトリクが去った後、しばらくしてアイレットが帰ってきた。
珍しく神妙な顔付きだった。
事の顛末を彼女に話す。
「あ、ボーちゃん来てたんだ」
どうやら本当に知り合いだったらしい。
ワンちゃんただの変態説もあったから良かった。
だって臭いがしたから来たって正気の沙汰じゃねえよ。
「愛称呼びって、仲いいのか?」
アイレットに尋ねる。
「ん? 嫉妬?」
「鏡見て年齢確認してこいよ」
自分がどれだけの皺を刻んだ顔で今の発言をしたのかきちんと理解するべきだと思う。
「……ボーちゃんは君の両親や私達と一緒に邪神討伐の旅に同行していた剣士だよ」
「……へぇ」
って事は結構な年なのか。
二十代くらいに見えたけど見た目によらないものである。
「君のお父さんを巡っての恋敵でもあったんだ」
「ん?」
「ん?」
ん?
首を傾げる俺を不思議そうに眺めながら、彼女は言葉を続けた。
「どうする? 王都行くのやめる?」
「やめねえよ。お前はどうすんの? まだついてくる?」
「もちろん。君を放置すると何しでかすかわからないし……、何より王都で何が起きてるのかこの目で見たいから」
「あっそう」
何もしねえよって反論したいけど秒で論破されそうなのでやめておいた。
能ある鷹は爪を隠すのである。
つまりアイレットは馬鹿。
ふと窓の外を見てみればさっきまで明るかった景色が暗くなっていた。
いい感じの静寂だ。
ナーリン? 腹いっぱいになって寝てるよ。
だから静かなんだね。夜は関係なかったね。
「もう用事すんだから朝になったら街を出ようか」
「ん、おけ」
抗う理由も無いので、アイレットの言葉に頷いた。
――
まるで伝統ある校舎を汚すように小汚い雌共が媚びた声を発していた。
よく飽きないものだと、やれ「素敵」だの「かっこいい」だの意味のない言葉を羅列するその蟻のように群がった物たちを見て思う。
なんてことは無い。
俺にとって当たり前の事がそれらにとっては当たり前ではないのだ。
だから本質を理解できない。
理解できないからこそ無意味な言葉を並び立てる。
本来賛美すべきは俺一個人ではなくこのスキルを研磨し続けた先人達なのだ。
スキルは遺伝する。
極限まで鍛え上げられ、次の領域へと昇華したスキルはそのまま子へと受け継がれる。
凄まじいのは俺ではない。
なんの変哲もない人間でもこのスキルを用いるだけで、当たり前のように人の領域を凌駕してしまう程まで鍛え上げた人間達が凄いのだ。
(まぁ、この雌共に言っても無駄か)
理屈では理解できても、きっと本当の意味では理解できない。
哀れな奴らだ。
「アキト君、またなーに気取った顔で黄昏れてんの?」
「エレミアか」
声のした方向をみれば若い女がいた。
俺と同じくこの魔法学院に通う少女だ。
同じクラスで幼馴染でもある。
多少ではあるがこいつは知恵が回る。
俺の力の本質も理解している。
他の有象無象とは違うと言ってもいいだろう。
「そんな見下した顔で私の名前を呼ばないでください」
「見下してない。評価をくだしただけだ」
「はいはい何様目線何様目線。で? なにしてんの?」
何回目のやり取りになるか。
毎朝寮から学院への道でうんざりする程の声援を浴びる。
そして授業までの時間をこの屋上で静かに過ごす。
授業か近づけばこうやってエレミアが呼びに来るのだ。
ありふれた日常。
これから俺が――す日常。
「エレミア。お前は賢い」
「ん、知ってる。けどアキト君はお馬鹿だよ」
「冗談はいい。お前明日からしばらく学院休め」
「割と冗談じゃないんだけど……。で、なんで?」
「それは言えない。が、お前の為だ」
「?」
不思議そうな顔をするエレミア。
けどきっと大丈夫だ。
俺が意味もなくこんな事を言わない事くらいはわかっているはず。
黙示録。
あぁ。
俺が俺になる。
やっとだ。
借り物の俺から本物の俺になる日が近づいている。




