アネーロン魔法学院
辺りに背の高い木々は無く、開けた視界と生い茂る雑草に開放感を覚えた。
そんな車輪後の残る道を歩く。
辺りとは違い、踏み均された道には雑草の類もあまり生えていない事から頻繁に人が通っているのだろう。
「この道を真っ直ぐ行けばアネーロンだよ」
前を歩くアイレットが言った。
遠くの方に街が見える。
あれがそうか。
歩き通しでかなり疲れたし、さっさと宿で休みたいな。
今度こそベッドで寝たい。
「ん」
道から逸れた所に大きな岩があった。
その前に右手を岩へ伸ばした少女が立っており、何やらブツブツと呟いていた。
やべえ奴かよ。
そっとしておこう。
「感心だなぁ……」
そんな少女を見たアイレットが呟く。
……お?
何かやばい奴同士シンパシーでも感じたのだろうか……。
「アイレット……」
初恋拗らせてそんな風になっちゃったんだね。
「何?」
「なんでもねえよ」
「……何かさ、今のやり取りってなんか恋人みたいだよね」
「……おう」
「ねえユウイ――アカキ君」
「……、……おう」
ぶっちぎりでこいつやべえんだよなぁ。
「あの制服はアネーロンにあるアネーロン魔法学院の生徒だね、君のお母さんの後輩だよ」
何事も無かったかのように言葉を続ける彼女。
こいつ的には本当になんとも無いことなんだろうな。
なおさらやばいんだよなぁ……。
「へえ……」
「魔法学院は世界屈指の名門校なんだ」
「ほーん」
じゃああの少女はさしずめ魔法の練習中だったのかな?
街中でやると被害が出るかもしれないから、外で岩に向かって行っているのだろうか。
偉いじゃねえか。
ごめんね。やばい奴は一人だけだったね。
「因みに君のお母さんと同級生が今学院長をやって――」
「はら、へっ、た!!」
アイレットの言葉を遮ったのはナーリンだった。
何か静かだなと思っていたら空腹だったらしい。
可愛らしい顔をだらしなく歪ませている。
あいにく食料の類は使い果たしてストックがない。八割がたこいつが食ったんだけどさ。
「街に急ぐか」
「う、ん!!!」
元気よく同意してくる彼女の言葉を聞き流しながら、俺達は歩を早めた。
――
上品な雰囲気漂う部屋の中、それをぶち壊すように小うるさいいびきが響いていた。
ナーリンの物だ。
この宿備え付けの食堂で腹いっぱい食べたせいか気持ち良さそうに寝ていた。
アイレットの姿はない。
この街の責任者兼学院長に会いに行ったらしい。
街に繰り出したいけど、部屋に小さな女の子放置して行くのもあれだしな。
俺はやることも無く彼女の寝顔を見ながらぼーっと過ごしていた。
なんだか、俺も眠くなって来たな。
ナーリンの横、三つあるベッドの一つに倒れ込んだ。
久しぶりに感じる心地よさ。
お布団素敵……。
その魅力に囚われて、いつしか俺の意識は睡眠へと切り替わっていった。
――
「やっ」
アイレットは軽快な声をあげ、部屋の中へと入る。
そこに広がるのはなんとも不思議な光景だった。
学院長室というだけあり、ふかふかの絨毯、綺羅びやかなシャンデリア、豪華という言葉では足りない程に贅沢さに溢れた空間。
しかしその上品さを無碍にするように並べられた不気味な研究機器の数々が非常に目立っていた。
「アイレットじゃん。おひさ」
その部屋の主の女は眠たげな表情を向けていた。
気だるげな表情は男の劣情を煽る妖艶さをもっていた。……まあ、彼女は今年で四十になるのだが。
……別に持っていてもいいだろう。いいはずだ。
「また研究? 頑張るね」
「まあね。で、アイレットは何しに来たの? 招集蹴ったって聞いたけど。仮病なん?」
「まさか。れっきとした病だよ。恋の病さ」
「……?」
人は理解できないものを見る時、微量ながらも恐怖を抱く。
彼女の瞳にも恐怖が滲み出ていた。
「ランガリー、君に頼みがあってきたんだ」
アイレットが言った。
「何? 嫌な予感しかしないけど」
「ザンタボルト様の事を調べて欲しい」
「……。……、それはどれの事?」
ランガリーの問に彼女は首を傾げる。
「どれ?」
「うん。クーデターの事? 王女誘拐の事? 魔王復活目指してる事? それとも好みのタイプ?」
「え」
「好みのタイプはヒステリックじゃない女性だって。アイレットは駄目だね。残念でした」
「い、いやそうじゃなくて、クーデターはわかる。今回のも実質的なそれだし。けど王女誘拐……? 魔王の復活……?」
「うん。第一王女を攫って、都合のいい第二王女を女王にしてるよね。巷じゃ嘘か本当かわからない噂話程度で流れてるみたいだけど、本当の事だね」
「……」
押し黙るアイレット。
情報を理解する為に彼女の脳はフル回転していた。
間が開くこと数分。
「後魔王の復活も、めちゃくちゃ頑張ってるみたいね」
「……魔王の復活」
「そそ。アイレットがなんでザンタボルトの事調べたいかは知らないけどさ、私最初からアイツのこと嫌いだから。蹴落としてやる為に部下にスパイして貰ってるんだよね」
「……」
重い沈黙が場を支配する。
「で? どうしてザンタボルトが気になるの?」
「それは……」
ランガリーの言葉にアイレットは躊躇いがちな声を出した。
「ん、あぁ。別に話しにくいなら話さなくていいよ」
「……ごめん」
彼女はユウキの存在を告げるべきかどうか悩んだのだ。
魔王が復活するというのならユウイチロウの持っていたスキルが対抗戦力として必要となってくる。
しかしそのユウイチロウがいないとなれば、同じスキルを受け継ぐ彼に白羽の矢が立つのは道理。
それを敬遠し、話すのを躊躇っていた。
「あーぁ、ユウイチロウいないもんなぁ……。邪神もやばかったけどさぁ、魔王復活したら今度こそ世界終わっちゃうなぁ……。アイレットもせめて死ぬ前に処女捨てときな?」
「……ユウイチロウとじゃないとヤダ」
世界は止まらない。
動き続ける。
その動き続ける情報に、アイレットは揺さぶられていた。




