魔法
俺がこの村に来てから二週間が経っていた。
仕事にもだいぶ慣れ、今日は休日を貰ったのである。
「ファイアボール!!」
ルリーが言えば、彼女の周りに小さな火球が出現した。
「おー、すげぇ」
思わず拍手をしながらそれを見る。
すげえな。これが魔法か。
「いや、これくらい普通だし。驚いてると馬鹿みたいだよ。あ、アカキは馬鹿か」
「……」
せっかく褒めたのにこの口。
何なんだこの女……。
俺の無言の訴えに気づいたのか、気不味そうに咳払いして、彼女は説明を始めた。
「今のは初歩の初歩魔法。ファイアボール。練習すれば基本誰でも使えるから、使ってみて」
「どうすればいい?」
「魔力を手のひらに込めて」
「……」
魔力ってなんやねん……。
何やねんそれ……。
「魔力ってなんだ」
訳がわからずルリー問いかける。
しかし返って来たのは困惑の顔だった。
俺が困惑したいんだが……。
「魔力って何って……、え? どいうことなの?」
「魔力を込めるっていうのがわけわからん」
「……???」
ルリーは本気で困惑してる。
あれか、俺にとっては呼吸みたいなものか。
普通すぎてわからないみたいな。
マジかよ。魔法、俺にとって難易度クソ高いじゃん。
いや、でも一度だけ、確かに魔力を込めれたはずなんだ。
魔法陣が起動したし。
あの時はなんで魔力が通ったんだ……?
わかんねえ。
「あーそういやよ。魔術と魔法って何が違うんだ? ファイアボールの事を初級魔術言うてる奴が居たんだが」
あの男の事である。
「基本的には同じだよ。地域と人によって言い方が違うだけ。方便みたいな?」
「なるほど」
違いは無いのか。
「よし! 集中しなさい! 魔法覚えたいんでしょ!?」
ルリーに喝をいれられた。
そうである。
俺から頼み込んで魔法を教えて貰ってるんだ。
集中しないとな。
「ファイアボール!!!」
とりあえず手のひらに力を込めて叫ぶ――が何もない。
火球が出たりとかはしない。
「……」
ちくしょう……。情けなくて涙が出てくる……。
心なしか、ルリーの目も哀れみに満ちているようだ。
「……あんた才能ないわ。魔法やめましょ」
「うん……同意」
こうして俺の、異世界での魔法体験は終わりを告げた。
高望みはして無かったけどさ……、使いたかったなぁ魔法。
――
「疲れたぁ!! あるきたくなぃ!!」
ごねるルリー。
「うるせえ死ね」
それを背に俺は進む。
森の中。
今日の晩飯を求めて俺とルリーは森を彷徨っていた。
こんなサバイバル、二週間前には考えられなかった事だな。
というかなんでついて来てんだよこの女。
「つか、文句言うなら帰れよ」
隠し事は良くない。
本音をぶつけてあげた。
「嫌だ。暇だもん」
「友達いないもんなお前」
「……燃えろ」
俺の言葉にキレたルリーは何を思ったのだろうか、ファイアボールを唱えた。
ほんと何考えてるのかはわからない。
わかるのはコイツがバカだって事だけだ。
迫りくる火球の痛みに耐えようとして――
「いた――くねぇ!?」
俺へダメージを与える前に火球が掻き消された。
「何、今の」
俺と同じく、ルリーも驚いていた。
驚いているというよりも、俺に魔法を防がれた事に怒りを感じているようだ。
八つ当たりじゃんね。
「あー……」
そうだった。
俺確かユニークなぺったんにスキル貰ったんだったわ。
使いどころ無くて完全に忘れてた。
「ま、お前が俺より弱いって事さ」
煽るように言ってやれば、再び跳んできたファイアボール。
スキルの効果は一日一回、最初に受けた魔法にのみ。
つまり、二度目であるそれは俺に直撃し
「あちいいいいいいいッ!!!」
転げ回る。
――凄まじく熱かった。
「ざまあみろ」
ドヤるルリーの顔がここまで憎たらしく見えたのは初めてかもしれない。
こんなだから友達いねえんだよ。
ここ二週間俺と親父さんと母親以外のやつといるとこ見たことねえぞ。
そう考えると、中々哀れな奴じゃないか……。
「なに……」
どうやら顔に出ていたらしい。
俺の表情にドン引きしているルリーに「何でもない」と返して立ち上がる。
「さて、狩りするぞ!」
軽く付いた煤を払いながら俺が言った。
可哀想な少女を構ってあげようじゃないか。
それに晩飯の調達もそうだが、とりあえずレベルを上げてみたい。
この二週間丸太運びばっかしてたせいでレベルが上がってないんだ。
異世界に来たならやっぱハンティングっしょ。
なんてことを考えていると、目の前の草むらからホワイトラビットが飛び出してきた。
膝くらいまでのサイズの白いうさぎである。
狩りやすく肉も美味しい。
食卓の定番の動物だ。
ラッキーだな。
腰に携えていたナイフを逆手に構える。
「おいルリー。こいつは俺がやる」
「ん、わかった」
悪いけど、今晩の食卓になってもらうぜ。
じりじりとゆっくりホワイトラビットへ近づき、数メートルの距離まで詰めたところで駆けた。
瞬時に近づいた俺に、獲物が反応するより早くナイフを振り下ろす。
「ピギィィィィ!!!」
鮮血が飛び散り、断末魔が鳴り響く。
これで終了。
うん。流石狩りの定番。
余裕で狩れた。
「よし! 次行くぞ次!!」
この調子でどんどん狩ろう。
晩飯を豪華にしようじゃないか。
――
結果として、五体のホワイトラビットを仕留めた俺はレベルを上げていた。
今のステータスはこうである。
―
紅木 結城 18歳 男
Lv1→Lv2
体力 30/30→45/45
魔力 60/60→100/100
筋力 2→3
魔法攻撃力 48→65
守備力 3→4
魔法防御力 7→12
敏捷力 2→2
意外性 1→5
スキル 〈??????〉 〈魔法無効化〉
―
魔力の上がり具合がエグい。
魔力が60から100に。
魔法攻撃力が48から65に。
魔法使えねえのにこのステータス上がりすぎだろ。
絶対おかしい。
配分考えろと言いたい。
ちなみにルリー曰く、1から2にはすぐ上がるらしいが、2以降は凄く上がりにくいらしい。
普通に生活する分だと、レベル5くらいが平均らしい。
つまり俺は未だ平均以下なのです。
夕暮れのやや湿った空気を頬に感じながら帰還する。
労働後というのも合って中々心地良い。
後ろで荷物持ちじゃんけんに負けたルリーが、ホワイトラビットの死体を引きずっているのを見ると更に心地良い。
「そこそこ取ってきたな」
家につくなり親父さんに労いの言葉をもらった。
ハゲに褒められてもねぇ……。嬉しくないねぇ……。
「親父さん痛いです」
どうやら顔に出ていたらしい。
頭を軽く叩かれた。
「お袋さん。これお願いします」
厨房にいるルリーの母親の元へホワイトラビットを持っていく。
まあ持ってるのはルリーだが。
五体分縄に巻きつけてひきずっている。
実に重そうで苦しそうだ。
いい気味だぜ。
人にファイアボール食らわせるような女、もっと痛めつけるべきかもしれない。
「あ、はーい。わかったわ。おつかれ、ルリー」
長い金髪を後ろでまとめた優しそうなご婦人。
この人は美人なのに、ルリーがブ――愛嬌のある顔立ちなのだから、父親の遺伝子が強かったんだろうな。
そんな彼女の言葉を受けて、荷物持ちから解放されたルリーは、だるさを隠さない。
「あーーーだるぃ!! だるかったぁー!! ママ! 私シチューがいい」
「塩焼きのつもりだったのだけど……」
「シチュー!! シチュー!!」
子供のように甘えるルリーだが、彼女今年で十五歳である。
年を考えるべき年齢じゃないだろうか。
「仕方ないわねぇ……。シチューにしてあげるから、洗濯物取り込んでおいて」
ルリーはベタ甘なお袋さんの言葉に「わーい!」とアホみたいにはしゃぎながら部屋を出て行く。
そして親父さんと楽しげに雑談している声が聞こえてきた。
洗濯物を取り込む気配はない。
あ、これ。俺がやるパターンですね。
いやまあ、居候だし? やるけどね?
パンツガン見しながら取り込むけどね?
不可抗力である。
……。
「……」
そんな日常を過ごしふと思う。
……なんか、こういう生活も悪くない。
こんな感じでわいわい一年間暮らしてさ、そこから死ぬのも悪くないんじゃないかな。
なんて柄でも無い事を考える自分に気づき、一人苦笑いをしてしまった――。
――
「ワ……たしは……」
私は何者なのだ。
私は誰なのだ。
私は私という存在がわからない。
気がついたらここにいた。
のどかな――そう。のどかな森の中にいた。
目の前に広がるのは白いうさぎ――ホワイトラビットを狩る青年と少女の姿。
「――なければ」
何もわからない私だが、一つだけ分かることがあった。
それは、私という存在が一辺残らず魔王様の為にあると言う事だけ。
「殺さ――なければ」
なぜだろうか。
ぼやけた頭の中で、ただ、人を殺戮せねばならない。そういう強迫観念が、徐々に強くなっていた。
「まだ、足りない」
自分には力が足りない。
そう自覚すると、ありとあらゆる知識が頭の中に流れてきた。
――そうか。
私は魔物と言われる存在。
魔王さまから漏れ出る魔力で生まれた魔力生命。
なら蓄えよう。
動物を殺し、肉を喰らい、レベルをあげよう。
人を殺すのはそれからで充分だ。
私はそう決め、目の前の彼らに背を向け歩き始めた。
一歩、一歩と、歩むたび、グロータル村の危機がその分近づいていた。