闘技大会②
最初は憧れだった。
カイン共和国の英雄――剣聖ユウイチロウ。
ウルアン王国の王都に訪れていたその姿を見たのが始まりだったと思う。
カッコよかった。
王国の騎士が束になっても叶わないそんな純粋な強さがただひたすらにカッコよかった。
剣聖は、同じくカイン共和国の聖女を連れて邪神を倒す旅をしていた。
――私もついていく。
危険極まりない旅。
しかし、かつてのまだ幼い私からその言葉が飛び出したのは必然だった。
その言葉に後悔を感じたことは無いし、きっと何度繰り返しても同じ言葉を口にするだろう。
こうして私、アイレットは邪神を狩る旅の一員となったのだ。
「……懐かしいな。もう二十年は前になるのか」
今でも昨日のように思い出せる。
あの時が私の人生で最も楽しい時だった。
「君達の息子は面倒くさいよ。……完璧な善人になれないからって悪人になろうと頑張ってる……。変なとこで真面目すぎるんだ……」
そういえばユウイチロウも真面目だった。
そういう所は父親似なのかな?。
……面倒くさい所は母親に似たのだろうが……。
「どうして……私の前から姿を消しちゃったんだ……。会いたいよ……ユウイチロウ」
消え入るようなか細い声が漏れていた。
切なさを示すように下がった目尻と浮かぶ涙。
かつての情景を思い出すその瞳は恋い焦がれる切ない色を灯していた。
――
『さぁさぁ! やってまいりました二回戦!』
アゲアゲな司会声に呼応して観客達の歓声があがった。
場を盛り上げるのも立派な司会の仕事だ。
現にこうしてうるさいくらいに盛り上がっているわけで。
「ふん……くだらんな」
それを冷めた目で見つめる少年がいた。
俺の対戦相手――ケーボンだ。
控え室で「今年こそは優勝する」と息巻いていた彼である。
ちゃんと一回戦を突破したらしい。万年一回戦負けって聞いてたけどやるじゃん。
俺の感心をよそに、辺りを見回したケーボンは再び冷めた表情で口を開いた。
「俺が求めるのは強さのみだ……。このような茶番……くだらんな……」
……? 何言ってんだこいつ。
万年初戦負けだろ……? 一回勝ったからって調子乗りすぎじゃねえ?
その証拠にケーボンの頬は軽く緩んでいた。必死に隠そうとしているが隠せていない。注目される事の嬉しさが溢れている。
「……」
「……お前もそう思うだろ?」
「えっ」
なんて反応していいかわからなくて押し黙ってたら同類と思われたらしい。
「わかる……わかるぞ……。強者の悩みだよな」
「……?」
彼に何かがはわかるらしいが、あまり関わりたく無いので何も言わない。
いや言えないんだな。本能が拒絶してる。
『もはやこの大会の常連! 奇跡の勝利をとげ、この二回戦へと駒を進めたケーボン選手と、一回戦では去年の準優勝者ザッケン・エレガントを瞬殺したユウキ選手の対決だァァァ!!』
剣先をケーボンへ向ける。
よっぽど二回戦進出が嬉しいらしい。彼の構えは隙だらけだった。心ここにあらずだな。
焦らすように訪れた静寂を破り――
『試合――開始ッ!!』
戦いが始まった。
先手はケーボン。
剣を横に振るってきた。
それを後ろへ飛んで避ける。
彼はすぐに俺を追いかけニ、三、四と連撃を繰り出すが、持っていた剣で全て防いだ。
鳴り響く甲高い交錯音は会場のボルテージを上昇させた。
攻撃を受け止められたケーボンが思わず前のめりに体制を崩す。
「よっと」
それを逃す理由も無く、押し出すように蹴りを放った。
「ガッ!?」
なんて声を漏らしながら吹き飛んでいったケーボンは数メートル飛んだ所で地面へと落下する。
露出した肌の擦れる音がした。
服に覆われていない箇所の肌が地面で削られ、少量ではあるが血を滲ませていた。
痛そうなケーボンの顔が視界に入り、思わず目を逸らした。
「……おまえっ……! やはり強いな……っ!」
彼は痛みに歪んだ顔を無理やり笑みに変えている。
「……」
「やはり俺の目に狂いはなかった……。お前を超えて、俺は更なる強さを得る」
「……?」
いや、何言ってんの?
言っちゃあれだけど、君すっげえ弱いぜ……?
うんこカスゴミよ?
なんで一回戦勝てたのってレベルだよ?
……でもまあ、丁度いいか。
アイレットと戦って魔力切れ=敗北って事はわかった。
でも、どんなに気を付けてもいざって時はやってくる物で、スキルを使わない戦闘も慣れておきたかったとこなんだ。
このうんこカスゴミ相手なら丁度いいな。
精々練習相手になってもらおうか……!
――
空が眼前に広がっていた。
「はぁ……はぁ……」
自分の呼吸がうるさい。
嗚咽混じりの呼吸をするたび全身が痛んだ。
『勝者――ケーボン選手!!』
うんこカスゴミとかいってごめんなさい……。
スキル使わない俺より全然強かった……。
司会の言葉に、歓声は返されない。
当然だ。
あんな低レベルな争いを見せられて歓声なんて起こりうるはずも無かった。
頑張って盛り上げようと実況する司会者が哀れに思えたもん。
大の字になって倒れ込む俺に「お前のせいでまた大損だ!! ぶっ殺す。今度こそぶっ殺してやる!!」と容赦ない声がかけられた。
視線を向ければ一回戦で俺が勝った時に叫んでた奴と同一人物だった。
……ごめんね。割とマジでごめんね。でも人生ってそんなに甘くないよ。簡単に勝てるような物じゃないよ。
負け組の俺が言うんだ間違いない。
「勝った……勝ったぞ……っ」
拳を握りしめ勝利の余韻に浸っているケーボンの声が聞こえた。
「……」
イヤほんと……弱すぎるだろ俺。
アイレットとかそういうレベルじゃねえよ?
多分チンピラに絡まれても殺されるぞこれは。
スキル様々だな。
「そうか……やはりそうか」
「?」
ケーボンがなんか言ってる。
思わず首を傾げた。
「ザッケンを倒した男を倒した……。やはり俺に眠っていた真の力が目覚めてしまったらしいな……」
真剣な表情で言う彼。
何言ってんだこいつ。
――
闘技大会が行われているからだろうか。
街の裏通りには人っ気が一切無かった。
不気味な程に静かなそこを二人の人影が歩いていた。
そのうちの一人、赤色の髪をツンツンに逆立てた男が口元を歪ませていた。彼の名前をラケリエインと言う。
「ここに標的がいんのか」
「そうよ」
それに答えたのがもう一人の大男。
名をメシルと言い、ボディラインのくっきりと出るインナーの様な服を着ていた。
彼の筋肉は男から見ても惚れ惚れする程たくましく隆起していた。
「おいメシル。標的は俺様が殺るからな? 標的に手を出すなよ?」
「もちろんよ」
ラケリエインの言葉にメシルがウインクをする。
「……わかってんならいい」
「標的には手を出すなって事は、ラケちゃんには手を出してもいいのね?」
もちろん手を出すの意味が違う。が、どちらもおぞましい物である事に違いは無かった。
赤髪の彼はうんざりとした表情を見せていた。
「……俺様は男に興味はねえ」
「皆最初はそう言うの。私もそうだった」
「謎の暴露はやめてくれよ。聞きたくない。割と本気で」
「あらヤダつれないわね」
ばちこーん。
と濃い濃いウインクが再び炸裂する。
しかしラケリエインにとってこんな事は日常茶飯事である。
最初はメンタルをガリガリと削られたこの死眼恋美も今となってはスルーできるようになっていた。
この大男といるという事はそういう事なのだ。
「ボスに託された指令……。ノリス・バライトの命、俺様が頂戴してやるぜ」




